会話
アキトは震える身体を無理やり魔力で押さえ付ける。
もう逃げ出せない。いや、このピラミッドに入った時から逃げ出せないのだ。
悟ったアキトは砂漠の王に歩み寄る。
ゆっくりゆっくり一歩一歩と慎重に近づく。
一瞬で殺される可能性がある。
邪悪過ぎる殺気がこの空間、いやこの建物全体を埋めつくしている。
『怖がる必要はない。もっと近う寄れ。』
アキトは砂漠の王の10mほど前まで来た。
祭壇は少し高さがあるので見上げる形で、砂漠の王と向き合う。
『よくぞ参ったの、その身体で。歳は幾つじゃ。』
「ろ、ろ、6。。」
アキトは膝間つきそうになる身体を必死に押さえ耐えた。
出せた声は、処刑される前の生きる事を諦めた罪人の声量ぐらいである。
砂漠の王の漆黒の瞳に、心臓を鷲掴みされている様な感覚さえある。
『6つでこの魔力。質も申し分無い。お主はどこから来たのじゃ?』
「ハ、ハマラヤ山の中腹からだ。」
『ホホッ。そうか。そうか。この世界の真理。煌龍王を守護する一族の者か。納得じゃわい。』
聞いた事がない。世界の真理?煌龍王?守護する一族?
『知らぬと見えるな?6つのお主が知らなくても当然じゃわい。』
アキトは未だに震える身体を押さえ考えていた。どうしたらこの状況を切り抜けられるのか?
そもそも、逃げ出せるのか?
絶対に無理である。
おおよそ計り知れない砂漠の王の実力。
初代魔王ゼノにも匹敵するのは間違いないであろう。
聞いた事のない砂漠の王の話は興味があるが、それどころでは無い。
アキトの目の前には絶対の死がぶら下がっているのだ。
『余は9000年もの間この地に眠っておった。その間にも色んな事が世界では起こった。人族は国同士で戦争を繰り返し、その度に力を付け、他種族と関わり、魔族はこの北の大地で孤立し、魔王を生んだ。魔王はハマラヤ山の頂上に居る、この世界の真理である煌龍王を守る為に煌龍王より選ばれた。そこで、ハマラヤ山の中腹に居座る事になったのだ。』
信じられない事実である。
事実であれば砂漠の王は9000年以上の時を生きている事になる。
初代魔王ゼノの3倍であろう長寿。
そしてそもそも、ハマラヤ山の頂上には何人たりとも行辿り着く事は出来ないと聞いている。
ハマラヤ山の頂上付近は、常に雷雲があり、暴風が吹き荒れ、氷の槍が降り注ぎ、イナズマが降り注ぎ、時には山頂のマグマが吹き出し、燃え上がる噴石が飛来する場所なのだ。
そこに、煌龍王と言う者が居て、それを守る為に初代魔王はハマラヤ山の中腹に魔王城を建てた事になる。
「あ、あなたが何故そんな事を知っているんだ?あなたは、ここに眠っていたんだろ?」
消え入りそうな声で、疑問を投げかけるアキト。
どうせ、ここで殺されるのだ。
半ば、生きる事を諦めているので聞いて置いても良いだろう。
『簡単な事だ。眠っていても傀儡を利用して世界を知っておったのだ。この様な虫の傀儡での。』
そこ手に出した生物。
蜘蛛である。蜘蛛を傀儡として世界を見ていたようだ。
「で、でもその煌龍王てのは何なんだよ?じーちゃん。いや、初代魔王からは、何も、何も聞いてない。。。」
『そちは初代魔王の孫とな?これは、これは、良き器。
煌龍王とは世界の真理。この世界の全てを知る者。この世界の要。それ以上は分からん。』
砂漠の王からは不穏な言葉があった様な気がするが、死を覚悟しているアキトはさらに疑問を持っている事を聞いた。
「あ、あなたは9000年以上生きていると言った。それは、信じようと思うけど、何故あなたはここに眠っていたのか?何故この様な土地に居城を建てたのか?何故だ?」
砂漠の王は不気味な笑を漏らす。
『余は古来より、この地の王であった。10000年ほど前、誰よりも強者であった余が王になった時は、この地は栄えておった。緑は溢れ、人々は活気に満ち、村が幾つも点在し、魔物もそれ程強くはなかった。』
砂漠の王は虚空を見上げる。
『余が王になって100年ぐらい経ったある時、この大地が赤く染まり出した。昔はこの北の大地も赤くは無かったのだ。そして、何故かこの地に雨が一切降らなくなった。池や川は枯れ、木や植物は枯れ、不思議と魔物は強さを増していった。その為、多くの者が魔物の犠牲になった。人々は次から次にこの地を去った。残されたのは、余と余の配下達数百人だけとなった。』
アキトはこの北の大地が赤くなり、またこの土地が砂漠になった経緯を知った。昔は赤の大地では無かった。。。
『余はこの地に永い眠りに着くことを決めた。この地で王となったのだ。この地で眠りたいと。
余と配下はこの墓を建造した。魔物から余を守る為に。』
この建物はこの砂漠の王の墓なのか?でも、何故今まで生きている?
『余は配下達に見守られ死ぬ前にこの棺の中で眠った。しかし、配下達は自分の生命と引き換えに、余に永遠とも言える命を与えたのだ。それは、自分達の寿命や力を全て他者に与える魔法であった。』
ゾッとする魔法である。自分の命や力をを他者に与える魔法など。
『余は配下達の生命と引き換えに生きた。この砂漠で。魔力も配下達の物を全て受け継いでいるのだ、余の身体は。
しかし、老いには勝てん。9000年の時は永すぎた。余は自らの寿命を悟ったのだ。余は母体となる身体を待った。眠り続けたのだ。そして、ようやくこの時が来た。』
アキトは背筋が凍る思いがした。先程の母体の話である。
「お、俺の事か?母体って言うのは?」
『そうである。余の母体としては最高であるぞ。喜べ。』
砂漠の王は恐ろしい事を平気で言っている。
「で、でも何故この砂漠にこだわるんだ?あんたほどの力が有れば世界に出てその母体って奴を見つけられたはずじゃないのか?」
『余に永遠とも言える命を捧げた配下達が使った魔法は制約があったのだ。それは、この砂漠の地から出られない事が条件。だから、待つしか無かったのだ。この地でこの墓で。』
条件があったのか。そりゃそうだろう。自分の生命を他者に与えるなんて余程の禁術だったに違いない。
禁術とはその殆どが制約があり、条件があるのはこの世界の常識である。
「今までに、いなかったのかよ。この墓に来た人間は?」
『居るはずもない。砂漠に来た人間は何人かは居たが母体として相応しくなかった。器として母体としてお主ほど大きく無かったのだ。』
アキトは思った。これは、詰んだなと。




