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幼馴染だった過去

名前

作者: 遠藤 良一郎

良一郎りょういちろう:好一朗の双子の兄。梗一郎の兄。

好一朗こういちろう:良一郎の双子の弟。梗一郎の兄。


中学生3年。

「ちょっと待って」


 帰ろうとしたら腕を捕まれた。ついでのように、軽くひねられる。


「痛いんですけど」


 僕の腕を掴んだのはクラスメイトの女子。運動部。……陸上部だったか、テニス部だったか、外で日焼けをする系の。長いポニーテールはきっと動くと盛大に揺れて、邪魔になると思うのだけれど彼女は気にならないのか。マネージャーではなく、選手だったと思うのだけれど。


「ああごめん、ついクセで」

「どんなクセですか」


 彼女が鞄を手に持ったので、横に並んで歩き出す。腕はまだ放してもらえない。


「で、聞きたいことがあるんだけど」

「あなたが当てられていた数学の答えなら僕にはさっぱりですが」

「それは明後日までに自分で導くから教えてくれなくていいけどどうせ解ってるんでしょ学年一位」

「いや、前回のはクラス一位だけれど学年三位でした」

「それでも充分すごいけどそうじゃなくて、わたしが聞きたいのは2組の遠藤君と(きみ)が双子って本当かってこと。」

「2組の出席番号23番遠藤好一朗と僕は双子だけれど彼で合っていますか?」

「ふーん」

「似てないってよく言われるけれど二卵生だから別にそれほどおかしいことでもないでしょうよ」

「どっちが兄?」

「兄は僕で好一朗が弟です。ちなみに僕が左利きで視力は同じくらい。」

「聞いてないことまでありがとお。」


「それを聞いてどうしたかったんですか?」


「気になっただけよ」

「で、お母さんが、あなたのクラスの花子ちゃんを今度(うち)に連れてらっしゃいって言っていた花子ちゃんはあなたのことで合っていますか?」

「合ってるけれど、名前で呼ばないで。名字で呼ぶか他の呼び方考えて。」

「では野原(のはら)さん」


 彼女、野原花子さんは頷く。


「今度家にいらっしゃいって言われたことがあって、社交辞令か冗談かと思ってたら本気っぽくて」

「あぁ、うちの母は基本冗談を言いませんからね」

「訪ねるにも口実が何かほしいなと」

「今から来ますか? この(あと)用事が無ければですが」

「……この流れで?」

「この流れだから、話してたらいつの間にかってことでどうにかなるのではないかと。」

「それだと話し込むほど君と仲が良いように思われるじゃない」

「嫌?」

「イヤ。」

「そうですかー。じゃぁ僕か(こう)に誘われたってことで、用事は無いのでしょう?」

「コウ?」

「好一朗だから。いちいち呼んでると長いし、うちの兄弟みんなイチロウですから。」


 話しながら好一朗のクラス──2組の教室の中をのぞくと、もうそこに求める彼の姿はなかった。まだ残っていた生徒に訊ねると、保健室に行っていると教えてくれる。


「ありがとう」

「遠藤君、怪我でもしたの?」


 野原さんが訊ねると、彼女たちは首を傾げ、少し離れた窓際にいる男子にヘルプを出した。


「バンソコもらってくるって」

「紙で切ったんだよ」


「ただいまー」

「おかえり」

「ほら、ここ」


 ちょうど戻ってきた好一朗が、ワイシャツの袖を引いて手首を見せてくる。緑青色の血管を分断するように、ベージュの半透明なフィルムが貼られている。


「リストカットみたいですねー」

「梗じゃないんだし」

「ですね」

「フキンシン」

「ごめんごめん、あ、ヤゲンさんも一緒に帰るの? ちょっと待ってね鞄机のトコだから」


 好一朗はそう言うと僕と野原さんの間を通って教室に入った。


「ヤゲンさん? 野原だから?」

「そう」

「僕もそう呼ぼうかな。」

「どうぞご勝手に」

「ではそうします。」

「さっきの、キョウじゃないんだしって、なに?」

「弟の梗一郎のこと。別に梗がリストカットしてるヒトな訳でもないですよ」

「ならどうして――」

「帰ろー」


 好一朗が鞄を背負って立っている。

 二人が出入り口を塞いでいるからだ。


「そうだね帰ろう」


 3人で昇降口まで行き、靴をはきかえて校門を出る。良一郎たちの家までは徒歩だ。


「それで、何で今日はヤゲンさんと?」

「お母さんが誘ったらしいですよ」

「スーパーで、会いまして……。」

「え、うちの母、スーパー行くんだ」


 好一朗は表情では判りにくいが、やや驚いている。


「たまには行くでしょう」

「いつもは行かないの?」


 ヤゲンさんは表情ではっきりと判る驚きようだ。


「野菜はうち、いろんなトコから送られてきたりもらったりしますから」

「肉も肉屋の知り合いが安く売ってくれるし。」

「そんな感じで、たいがい何方かが融通してくださるので買い物自体あまりしていないみたいですね」

「知り合いが多いんだね……」

「まぁ、行く先々で知り合い増やしてくるし」

「お父さんの知り合いもどこで出会ったのか謎な人たち多いですし」

「あの人脈は、どうなってんのかね。」

「仕事だとは思うけれど、深くは知らないほうが身のためでしょうね」

「やっぱり?」


 ヤゲンさんの表情がひきつったように見えるのは気のせいだろうか。


「梗もなんかお母さんについてっていろんなヒトと仲良くなるよなー」

「そうですねー。僕はあまり工場とか好きじゃないけれど」

「ヒトは良いけど、俺も機械油はあんま好きになれないな。アレはなかなか落ちない。」

「そういえば、この間の泥汚れは落とせました?」

「浸けといたら案外楽な。」

「それはよかった。」


「……本当に、兄弟なんだね」


 ヤゲンさんがうんざりといった表情で呟く。


「疑う要素有った?」

「外見()似てないとよく言われるでしょう」

「あぁ。この毛質。」


 好一朗は自分の髪に手をやった。


「顔は別に似てなくもないと言われるのはお世辞かもしれないですが」


 おそらく母方に似たのだろうと思われる強いクセは、弟にあって僕にはないものだった。


「うちみんな顔はお母さんにそっくりって、よく言われるけど」

「お父さんの顔を知っているヒトがそもそも少ないからでしょう。」

「……参観日とか、お母さんは毎回来るけどお父さんの姿を見たことがない気がするんだけど」

「ああ、(いえ)にいないし」

「僕たちでも顔を忘れているくらいですよねー」

「家に写真の一枚も置いてないしさ」


「……生きてる?」


「たまに帰ってきたときには毎回げっそりしてるけど」

「今現在生きているかの確証はないですが、そのうち帰ってくるのではないかと」


「離婚した訳でもないんだ」


「お母さん、お父さんにべったりだから。」

「お父さんもなんだかんだで、お母さんのところに帰って()続けているし」


「……浮気?」


「いやいや、そんな」

「お父さんに女っ気なんて、一生無いと思います」

「それは……」

「言い過ぎでもないでしょう?」


 良一郎は弟に同意を求めるよう視線を送る。

 それを受けて好一朗は深く頷いた。


「だな。そもそも人の気配が」

「知り合いはちゃんといるはずなのですがね……」


「……単身赴任とか?」


「そうなるのか?」

「仕事で遠くにいるという意味では合っているような気も」


 田圃に挟まれた広くない公道を話しながら歩いていると住宅街が見えてくる。住宅街の手前の道を入るとすぐに遠藤家だ。


「まぁ、ほとんど海外にいるらしいですね」

「海外出張……キャリア組?」

「……出世とかはたぶん無いんじゃないか?」

「基本的には単独行動で、仲間と連絡を取り合いながら仕事をするとか聞いたことが……」


「……わたしの知ってる会社員じゃない。」


「自営業に近いか?」

「まぁ、フリーですね。」


「おかえりー(りょう)(こう)


 家の前にさしかかると、いつも開け放してあるリビングの窓から母の澄華が手を振ってくる。


「ただいまお母さん」

「あら、花子ちゃんじゃないの」

「話してたらいつの間にかって流れで」

「寄ってって。ちょうどいいから」

「えと、おじゃまします。」

「どうぞいらっしゃい」


 玄関に回って、母がスリッパを用意する。


「お邪魔するなら帰れって言わないんだ」

「ちゃんと相手は考えてるのよ」


 テーブルにはもらいものだというクッキーと饅頭がおかれ、これもまたもらいものだという緑茶を淹れて、延々と長話に付き合わされるヤゲンさんは少し気の毒でもあったけれど、その顔は徐々に楽しそうなものになっていった。


「送ってってくれる?」

「お母さんが行けばいい」


 結局夕飯まで一緒に囲み、日暮れ後に家まで送っていくことになったが、母は車を運転しないから、母とヤゲンさんと好一朗と僕の4人で並んで歩くことになった。彼女の家はさほど離れていない。


「もう夜は寒いわねー」

「昼間は暑いのに」

「温度差にやられますよね」

「布団からなかなかでられない」

「「わかる。」」


 ヤゲンさんの家には、明かりが灯っていなかった。

 母親は夜勤で、父親は帰りが遅いのだという。彼女に兄弟はいない。


「こんな時間まで引き留めちゃってごめんね」

「明日が土曜日だったら泊まらせるくらいの勢いだったけど」

「だから今日連れてきたんですよ」


「今日は本当に、楽しかったです」

「またいつでもいらっしゃいね」

「はい。」


「おやすみなさい」

「また明日ー」


 鞄から家の鍵を取り出して、錠をあけて玄関に足を踏み入れる。


「はい、おやすみなさい。

 遠藤君たちは、また明日、学校で」


 半ば振り向いて、彼女は笑っていた。


 鍵の閉まる音を聞いて、閉じた扉越しに階段を上る音が聞こえてきたら、僕たちも家に戻るべく足を動かす。


「なんで花子ちゃんのこと、ヤゲンさんて呼ぶの?」

「野原だから。」

「音読みしたのね」

「花子ちゃん呼びは嫌がられなかったの?」


 僕は止められたけれど。


「恥ずかしがっているけれど、あの子、その名前が嫌いな訳じゃないのよ。学校だと、ちょっとからかわれるから避けているらしいけれど、結構気に入っているみたい。」

「へー」

「梗も実は自分の名前が気になるらしいのですが、ご存じですか?」

「何故の敬語?」

「キョウって、昨日今日の今日と通じるから、紛らわしいみたいね」

「そっか。知ってたの」

「桔梗の梗だから、女みたいって言われることも気になるみたいだけれど」

「そんなこと言う子はお母さんがこらしめちゃうぞー」

「洒落にならないから止めてください。」

「それが表面に出ないから、深刻に受け止めないんだよ、相手が」

「そこは梗の悪いとこねー」

「僕も実は自分の名前が気に入らないところがあります」


 小さく挙手してみる。と、ずびっと指さされた。


「お母さんに言ってみなさい。」

「良一郎という名前なので、成績が良い、性格が良い、行いが良い、という先入観を勝手にもたれてそれほどでもない。と言われます」

「それは仕方がないけれど、成績はいい方じゃなかったっけ?」

「悪くはないけれど、良くもないです」

「はーい」


 好一朗も、兄に倣うように挙手した。


「はい、好」

「好一朗という名前なので、皆に好かれるようにとの意味ではないかと推測されて、その通りの性格だよなとよく言われます」

「それは不満?」

「じゃなくて、込められた意味はただの思いこみだよなと。」

「そう。ただ、良好って音の響きが好きだったのよ、私。どっちの字もよいって意味で、なんかしっくりきたの。とりあえず、日々をよろしく過ごしてくれればいいかなーと。そのなかに、環境に恵まれる住みよさも含まれてはいるけれど、それがすべてじゃないものね」

「ついでに、一朗だから長男だろうと」

「あ、それは双子ってわかる前にイチロウって名前を考えてた名残ね。」

「雑。」

「雑でごめんなさいねー。本当は順番にイチロウ、ジロウ……ってつけようと思ってたのに、双子で順番つけるのはなんか違うかなと。」

「梗は何でイチロウなの?」

「ジロウにするのは違うし、サブロウにするとジロウどこってなるから、みんなイチロウにしてしまえ、と。」

「テキトー。」

「テキトーでごめんなさい。」

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