23話 防波堤は崩れず
試行錯誤しながら書いてます。
結局のところ、ユネチアさんとのお付き合いのお話はお断りした。
こちらにも事情というか心の準備というか、それなりに理由はあるのだ。
次世代の守護者を世話する一族は数も少なく、国外へ出るコトができない――つまり事実上反対されているようなものなのも理由の一つだ。
あと嫁さん探しは、ひとしきりこの世界楽しんでからにしたいのだ。
そう、あれだ、タイミングってヤツだよ、うむ。
まぁ経験上、そんなコト言ってると嫁さんが欲しくなったころには相手がいない可能性が高いが……。
深海竜とタマゴから生まれてきた子供に会い、ついでに深海竜の病気を治してあげられたのでノーパシー深海国での用事は全て終わった。
この国にとって天災とも言える海王龍を倒したコトで英雄とされたのだが、英雄扱いされるのに慣れていない俺はなんとも居心地が悪くなり、歓待を受けるのも早々に陸へ帰るコトにした。
帰りのモキール号を見送るユネチアさんの14の瞳が赤くなっていたのは、思い出の中に留めておことにしよう。
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「やっぱり陸地は落ち着く」
「空があるってのは、気持ちがいいですね」
ナルキスくんとイーシリンくんが、旅行帰りのおばちゃんみたいな感想を述べている。
「僕たちはギルドへ報告に行ってきます。炎竜の件が解決した事を、早く知らせて安心させてあげたいので」
ナルキスくんたち勇者パーティーとは、一旦お別れして後で海猫亭という宿屋で落ち合うコトとなった。
国とかの依頼じゃなかったんだ……。
「あ、ナルキスくん、ちょっと待って――はいコレ、大きい容量の次元収納」
実は帰りのモキール号の中で、ちょちょいと作っておいたのだ。深海は周りが暗くてつまらなかったモノで……。
「ありがとうございます。でも、本当にいいんですか?」
「いいって、いいって。ついでと言っちゃなんだけど、海王龍の素材とお肉も少し持って行ってね」
その為に収納あげるんだから。つーか俺の収納の容量を空けたいんだよね――容量を空けるといえば、あっちの世界で使ってたPCのハードディスクを思い出す……。
そういや集めたけどロクに見もしなかった大量のエロ画像が保存してあったけど、誰かに発見されてないだろなー。こっちの世界に来ると判ってたら、ちゃんと消しておいたのに……。
「あの、もう十分ですので」
海王龍の素材とお肉を受け取っていたナルキスくんが、遠慮し始めた。まだ五千万トンしか渡してないのに。
「まぁまぁ、もう少し持っていきなよ。頭も二つあるんだし、一つあげるから」
「いえ、もう本当に十分ですので……」
「ほら、まだ収納に入るはずだし」
「本当にもう結構ですので」
参ったなー、まだ十億トン近くあるのに……どこかに飢餓で苦しんでる国でも無いかな。
自分たちで消費するには、さすがに量が多すぎる。てか、それ以前に飽きるし。
「もっと持って行って欲しいんだけどなー」
「そんなに余ってるんですか?」
「さっき渡した分の20倍ほど」
「海王龍、巨大でしたからね……」
「ぴゅぴゅー」
「僕も食べたいです」
「そうか、もう昼時かー。それじゃ試食会といきますか、二人とも食べるでしょ?」
…………
さて、料理をするのは良いが、その前に味を確認してみよう。
ピンク色の肉を軽く火魔法で炙って、口の中へ放り込む。そして俺は確信した。
海王龍って、魚だったんだね……。
見た目ちょっと肉っぽさもあったけど、これはお魚だ。鱈に似てるかな? そうと判れば……。
とりあえず、ごはん待ちのヒナ鳥みたいに開けたドラ吉の口に、もう一切れ炙って放り込む。
「ぴゅむぐ」
まずは醤油麹に軽く漬けて焼き、次に天ぷら、試しに刺身も少し、あとは――鍋だな――味噌味にするか。
「海王龍を食べよう♪ 大試食会~」
おおー! と声が上がり、拍手が起こる。まぁまぁ、皆さん落ち着いて。
「焼き・天ぷら・刺身・鍋とご用意しております、どうぞご賞味の上感想など頂きたく……」
お前ら、話が終わる前に食べ始めるんじゃねーよ。
試食会は概ね好評だった――焼きは美味、刺身もイケる、ただ天ぷらには少し脂が強いな――さっきの炙りでちょうど良いくらいか、鍋はとっても美味だけど少し煮崩れしてしまった。次は工夫しよう。
炙りのほうが美味だと気付いたので、炊いてあった米を酢飯にして上に炙りを乗せてみた。
「追加の炙り寿司でーす」
言うが早いか群がってきた。お前らは欠食児童か!
――欠食児童が何だか解らん人がいるとな!?
――イヤ、いいんだよ、気にしないでくれ。自分がおっさんだと改めて自覚しただけだから……。
「美味しかった」
「ぴゅいー」
「僕は鍋が美味しかったですー」
「最後の炙り寿司は絶品でした」
「刺身も美味しかった……」
「ふふふ、腕だよ。う・で」
こうして試食会は好評のうちに閉会となった。
…………
「それでは僕たちはここで一旦失礼します」
「これ、海猫亭の地図です」
イーシリンくんは気が付く男だ。俺も彼が欲しがっていたモノをお返ししよう。
「これさっきの鍋の基本レシピね。アレンジは手持ちの食材で適当に」
勇者パーティーのお食事係は、イーシリンくんの担当なのだ。
「有難うございます。レパートリー増やさないと、さすがにあの量は飽きますからね」
「だよなぁ、俺も頭痛いよ」
あっちの世界なら検索してレシピ増やせるのに――『奇跡』のスキルでスマホ使えるようにしちゃおうかなー、なんかハーレムフラグな気もするけど……。
――よし、止めとこう。
…………
勇者パーティーと別れて、俺たちはコノイドの街の観光だ。
だがまずナルキスくんにもらっておいた紹介状を持って港へ――港の市場に海王龍の肉を卸せないかと思ったのだ。
「てな訳なんですけど。どうでしょうシボラさん、何とかなりますか?」
シボラさんは市場の責任者の一人で、ガタイの良い白髪交じりのおっさんだ。
海の男らしく、声がでかい。
「もちろんなるなる! すげぇじゃねぇか! 海王龍の肉なんて、なかなかお目にかかれねぇ! 早速見せてくれよ」
「いやぁ助かります。ちょっと狭いから、とりあえず屋根の無いところ行きましょうか」
「そうか、海王龍はでかいからな」
…………
「――本当にでかいな……」
「そうなんですよねー。で、コレどんだけ引き取ってもらえます?」
取り出した量は、おおよそ直径300m長さ500mの部位――嵩張るので空中に浮かべてある。
あまりにも目立つので、野次馬に取り囲まれてしまった。
「さすがにこれは多いな、とりあえず厚み5mくらいなら、なんとか今引き取れるが……」
へ? たったそんだけ? 参ったなー。
「今すぐじゃないのなら、もっと引き取ってもらえたりしますか? シボラさん」
「あちこちの港に声かけりゃなんとかね。でもこの一割が限界かなぁ……」
「一割だけですか……」
「保存施設にも資金にも限界があるからな、欲しくても無理なんだわ」
「うーむ、しゃーないか。んじゃせっかく出したんだし、引き取れる分だけでも卸させてもらっていいよね?」
「もちろん! むしろこっちから頼むよ」
「どのくらいのサイズに切り分けとく?」
「そうだな――1m角で頼む。それと冷凍ってできるか?」
「できますよ。で、どこに置いておけば良いかな?」
「あぁー! ちょっと待った! ひとつは冷凍しないで生でくれ、すぐに持って帰って客に生を切り分けたいんだよ」
ギャラリーの中にいたちょい痩せのおっさんが飛び出してきた。
「俺は構わないけど……」
「あんたが構わないなら、俺も構わねーよ。ジリムのほかに生で欲しい奴はいるか?」
シボラさんが大声で呼びかけると、我も我もと手が挙がった。
俺は海王龍の肉を切り分けて、人数分を引き渡したあと残りを冷凍して倉庫に納品した。
手が挙がった人たちの中にいた食べ物屋さんをチェックしておいたのは、言うまでもない。
レシピ増えるかな?
「あとは他の港の船が到着してからだな」
「わかった、それまで俺は街にいるとするよ」
「すまねぇな」
「ちょうど観光する予定だったし、問題ないから」
「ぴゅい」
「なぁ、あんた冒険者なんだろ?」
ギャラリーの一人だったおっさん――それでも俺よりは年下であろう――がぷっ込んできた。
「そうだけど?」
「ぴゅいー」
「だったら頼みがあるんだ、指輪を……落とした結婚指輪を探してくれ」
「おいリノーン、いくら腕のいい冒険者でもさすがに無理だと思うぞ」
「で、でもよう……」
シボラさんに言われて、不満そうだ。
「まぁまぁ、とりあえず話だけ聞かせてよ」
「実は昨日の漁をしに行くときに、うっかり指輪外しておくの忘れててよ……」
「すまん、無理だ」
「ぴー」
「まだ話終わってねーよ!」
「どうせ漁の最中に海に落としたって話だろ」
「そうだけどよ」
「イヤ、さすがに海中に落ちた指輪を探すのとか無理だから」
いくらアホみたいな運と直感(極)を持つ俺でも、この広い海から目的の指輪を見つけられるとは思えん。
「だから言ったろ、諦めなリノーン」
「はぁ、やっぱり無理か……」
「一応間違って見つけたら持っていくけど、たぶん無理だから期待はするなよ」
「わかった。はぁ、かあちゃんに何て言おう……」
「悪いな」
「ぴ」
大概のモノは自分の意志とは関係なくうっかり見つけてしまう自信はあるのだが、さすがに今回は無理だろう。
…………
とは言ったものの、一応探してみましたよー。というポーズのために、今俺たちは指輪を落としたとされる場所に小舟を浮かべている。小心者なもんで、格好だけでもついついやっちゃうんだよね。
「よし、できた。っと」
「何作ってたんですか? 主様」
「金属探知の魔道具をね」
「金属探知ですか?」
「そうだよ。使い方は簡単、この棒の先を金属に近づけると……」
試しに銅貨を一枚取り出して近づけると、キンコンキンコンと音が鳴った――よしよし。
「ぴゅー」
「面白そうですね」
興味深そうに、ドラ吉とゴブ太が金属探知の魔道具を見つめている。
「少しでも楽に探したいからねー」
「びゅ?」
「楽になるんですか?」
「たぶんね」
普通に考えたら、なるでしょ?
――と、思ってた時期が俺にもありました。
「何でこんなに色んな金属が落ちてるんだよ、この海は!」
そうなのだ、さっきからやたらと金属探知にガラクタが引っかかっているのだ。溶かして素材として使いまわそうと拾っていたその量は、すでに小舟の積載量の限界に迫っている。
「たくさんありますね」
とゴブ太に言われた俺は、既にドラ吉に頭ポンポンされている。
「もう時間も遅いし、あと一回潜ったら終わりにするか……」
「ぴゅい」
「わかりましたー」
早速キンコンキンコンと音が鳴る――終了だな、たぶんまた鍋か何かだろう。
ゴブ太に掘らせてみると、ずいぶんでっかい箱が――おや? 箱じゃないぞ? 船か?
金属の入った船――そういやブンレドの街で引き上げた船は、金物積んでたっけ。よし、船ごと引き上げてみよう。何か面白いモノが入ってるかなー。
例によって土魔法で掘り起こし、水魔法で氷を作りながら浮かべる――ほい、引き上げ完了♪
さて、中身は……っと。
昔の貿易船だろうか? たくさん箱があったのだが、中身は腐食したか海水に溶けたかほぼ空っぽで、かろうじて残っていたのは家具とか僅かな装飾品だった。
銀貨・金貨・白金貨の入った、頑丈な小型の木箱もいくつか見つかった。あれ? なんか大きさとか意匠が見たコト無いのばっかしなんだけど……。
帰ったらナルキスくんにでも聞いてみるか。
…………
「これはおおよそ500年以上前に使われていた貨幣です。よくこんな物を見つけましたね」
解説してくれたのはイーシリンくんだ。ちなみに彼は元々神官で、古事や古物に詳しかった――というのは今知ったトコだ。
「なんかさー、漁師さんが落とした指輪探してたら偶然見つけちゃったんだよねー」
「ぴゅいぴゅい」
「500年以上前というと、こっちのはかなりのアンティークになりますね」
ナルキスくんが引き上げた燭台と思しきものを、手に取って興味深そうに眺めている。
「良かったらあげるよ。つかナルキスくん、こんなのに興味あるの?」
「いいんですか? なんかナミタローさんには頂いてばかりですね。実は遺跡でいろいろと見てから、けっこうこういうのに興味が出てきちゃって」
「遺跡なんてあるんだ……」
この世界の遺跡かー、どんなんだろ?
「興味があるなら、今度一緒にどうですか? お礼代わりにご案内しますよ」
「あー、それはぜひお願いしたい」
「ぴゅーぴゅい」
「ドラ吉も行ってみたいってさ」
「お安い御用です。遺跡は国の管理下で入るには許可が必要ですが、ぼくらと一緒なら問題なく入れます。結構面白いですよ」
ナルキスくんの笑顔が、イタズラ小僧になっている。ほう……。
「そりゃ楽しみだ。引き上げた中に欲しいモノあったら、遠慮なく持って行っていいよ」
「でしたら、さっきのテーブルを……」
「ナルキス様」
食いついたナルキスくんを、イーシリンくんが諫めるように抑える。
「いいよ、貨幣だけでもかなりの稼ぎになったんだから、このくらい。それよりアンティーク売るのにいい店知らない? 残り全部売るつもりだからさ」
「それなら僕の行きつけを紹介しますよ、王都に戻ってからでいいですか?」
「助かるよ」
「ぴゅい」
まさかの沈没船の引き上げをした一日は終わった。
なんか海の中が夢に出そうだなー……おねしょに気を付けよう。
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-朝・コノイドの街・港-
早朝の漁を終えた一人の若い男の漁師が、遠くの海を眺めている……。
「なんだ? あれ……」
「どうしたコンハル」
水揚げの積み下ろしを手伝っていた市場の職員が尋ねる。
「あれ――あの遠くの海なんだけど――ザワついて見えないか?」
船の上
から、石積みの防波堤のさらに向こうを指さす。
「ザワついて? うーん、良く判らないなぁ……」
「どうした、お前ら」
「あ、シボラさん――あれなんですけど。海のあっち側、ザワついて見えません?」
通りがかったシボラが、言われた方向へ目を凝らす。
「あっち側?――ん? 確かに何か――ありゃまさか!? おい! メトガフを呼んできてくれ! あとそこらに冒険者がいたら連れてこい!」
…………
「どう思う? メトガフ。目のいいお前なら見えるだろう」
駆け付けたメトガフと呼ばれた漁師は、こう言った。
「岩魚だ――――岩魚が群れになってこっちに来る」
「やっぱりか。だがありゃ、海の上だぞ? どうなってんだこりゃ……」
岩魚とは、頭が岩のように固い魚である。固いのは頭だけで、体は普通の固さであり大きさは30~40cm――赤身の魚で油のノリが鍋に良く合う。
当然だが海中を泳ぐ魚で、海上を飛ぶ魚では決して無い。
「ヤバいぞシボラさん、間違いない! こっちへやってくる! たぶんひと飛びで500mは飛んでるぞ!」
メガトフの叫びは、その場にいた全員を戦慄させた……。
「とにかく警備隊を根こそぎ連れてこい! あとギルドへ行って、冒険者呼んで来い! あと勇者様がいるはずだから絶対連れて来いよ! 勇者様なら絶対なんとかしてくれるはずだ!」
「シボラさん! あたしたちは街の人たちを避難させます!」
三十路と思われる女漁師が、いち早く反応した。
「おう、そっちは頼まぁ! 港からなるべく遠ざけてくれ!」
海を見るシボラ、岩魚はじきに港へたどり着きそうな勢いに見える。
意を決したように、シボラは声を上げた。
「港中の奴らを集めろ! 盾になりそうな物を忘れんじゃねーぞ! 応援が来るまで俺たちが街を守る壁になるんだ!」
おおー! と、声が上がる。
一人の漁師が軽口を叩いた。
「壁じゃねーだろ、ここは港町だぜ」
「ははは、その通りだ。壁じゃねぇな――俺たちはこの港町を守る防波堤だ! 野郎ども覚悟決めとけよ、岩魚なんて波なんぞ跳ね返してやろうぜ!」
うおおぉぉぉ! と、今度は大歓声が上がった――岩魚という波は既に誰の目にも映る距離に迫っていた。
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「ナミタローさん! 起きて下さい、ナミタローさん!」
ドンドンドン! とノックの音とともに大声が聞こえる――なんなんだよ朝っぱらから……。
ガチャリっとドアを開ける。
「どしたの? イーシリンくん」
「ぴゅいー」
ドラ吉も珍しく起きたようだ。
「ナミタローさん大変です! 岩魚が――岩魚が飛んできたんだそうです!」
「――岩魚って飛んだっけ?」
あれ? 俺寝ぼけてる?
「それが、トビウオみたいに飛んできたとか。 今みんなで防いでますが、とにかく数が多いようです」
トビウオって確か自動車並みの速さで飛ぶんだったか? その速さで飛んでくる岩魚……。
「まともに当たったら命にも関わるな……」
「行きましょう! 早く助けてあげないと!」
「ナルキスくんは?」
「先行して港に向かっています。来てくれますよね? ナミタローさん」
「行くよ。ゴブ太も出しとくか……。ドラ吉も行くぞ」
「ぴゅいー」
「あの、何を……」
「窓から飛ぶ」
「ぴゅい」
俺たちは港へ向かって飛んだのであった。
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「もうすごじだ――もうずごじ頑張れ!」
岩魚の群れは途切れない。次々と飛んでくる岩魚は既に漁師たちの盾をボロボロにしており、応援に来た警備隊員や冒険者も数が足りず、倒れた者たちの隙間を埋めるのが精一杯であった。
人間の防波堤は既に限界を超えていたが、街を――人を守ろうとするその思いと僅かな希望が彼らをまだ、街を守る防波堤としての存在たらしめていた……。
「まだだ――ゆうじゃざまが――ナルキス様が、きでくれるまでごの場をもだせるんだ! あのひどなら……なんどがしでぐれる!」
そう叫ぶシボラも既に限界を超えているだろう。その顔は腫れあがり盾代わりの船の渡し板も既に穴だらけで、半ば岩魚を体で受け止めているような状態だ。
…………
「待たせた!」
叫びながら岩魚と人間の防波堤の間に颯爽と登場したのは、勇者ナルキス。
おおおぉぉ! と、叫びとも歓声ともつかぬ声が上がる――皆もう言葉が出る状態では無いのだ。
「くそ! 数が多い!」
いくら勇者と言えども、幅数十メートルに亘って飛んでくる岩魚を一人で全てを防ぐのは無理がある。
「魔法を使おうにも余裕が……」
勇者ナルキスのその端麗な顔は、既に焦りで歪んでいた。
「ナミタローさん! あれです!」
「うおっ! 何つー数だ――広域障壁魔法、展開!――ドラ吉、飛んでくるヤツを落としてくれ」
到着して驚いた、まさかこんな数とは……。
「ぴゅいー」
「イーシリンくんは魔法で、ゴブ太はさっき渡した回復薬で倒れた人たちの介抱を頼む」
「わかりました!」
「頑張りますー」
人間の壁――防波堤になっていた人たちの前に障壁を張りドラ吉に岩魚を処理させたが、街を守っていたその防波堤はまだしっかりと根を張ったようにその場を守っていた。
「みんな、もう大丈夫だ! もう下がれ!」
そのナルキスくんの声に街が守られたと確信したのであろう。
人で作られたその防波堤は、ようやく役割を終えたと膝を落としたのであった……。




