11話 勇者との邂逅
港町エキムロ編です。
『自由な雲』の面々と別れ、俺達は港町エキムロへと向かう。
順調にいけば、あと2日で到着できるはずだ。
エキムロ方面から何らかの銅を持った冒険者がちょいちょいやって来るので、何か嫌がらせしてやりたいなーと思って、俺は音楽のスキルを使ってやるコトにした。
音楽、オン!
エンドレスのBGMが響き渡る。
あ、急に聞こえてきて驚いてる。
冒険者諸君、そんなに気にするなよ。ただのBGMなんだから。
………………
反応は面白いんだけど、同じ曲ばっかしだとやっぱり飽きるよなー。
冒険者とすれ違うと言っても、1時間に2~3回だし。
「昼飯にすっかな」
「ぴゅい」
平らな土地があったので、椅子とテーブルを出して……。
サンドイッチでも作るか。
急にBGMが変わった……この曲は……あのー、BGMさん? 俺に『3分で作れ』とおっしゃるので?
イヤ、できるけどね。
………………
ハイ、出来上がりがこちらになります。
「王都で買ったパンを薄切りにして、間に自作のチーズ・生ハム、ナリッツ村で買った野菜をはさんでございます」
「ぴゅいぴゅい」
ワインに合いそうだな、コレ。
「ドラ吉、お前も飲むか?」
「ぴゅいー」
ドラ吉にもグラスに注いでやると、両前足で器用にグラスを傾けている。
ひょっとしてこいつ、箸も使おうと思えば使えるんじゃ……。
BGMがいつの間にか、クラシックっぽい曲になっている。
気分は高原ホテルのテラス……優雅ですな。
あ、通りすがりの冒険者に、変な眼で見られた。
だよね、気持は解るわ。
「そろそろ行くかドラ吉。ほら、さっさとワイン飲んでしまえ」
「びゅ~~」
急かされて不満らしい。
ちゃっちゃと片付けて出発、音楽はもう切っておくか。
音楽、オフ!
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次の日の昼過ぎ、俺達は何事も無くエキムロの街へ到着……。
するかと思った直前、再びヤツが現れた。
コケシみたいな胴体がドス黒くて、触手が6本で先端が鋭く、根っこで移動するクリーモに似た魔物。
例の銅を金に替えるアレ。
そいつがいきなり目の前に転移してきたのだ。
「へ?」
「ぴ?」
完全に油断してたので、イマイチな反応しかできんかった。
えっと……どうしよう? 捕まえようか? どうやって?
正直また遭遇するとは思わんかったし、何の準備もしてないんだよね。
そうだ! 従魔にしちゃえばいいじゃん!
従魔化のスキルを使えば俺なら簡単に……。
「テイム!」
ん? 失敗した? もう一回だ。
「テイム!」
あれ? 抵抗されてる……耐性があるのかな?
パッ……
消えた……転移されたか、あいつ何しに出てきた?
………………
ドタドタドタ……
バタバタバタ……
ゾロゾロゾロ……
エキムロの街から冒険者が湧いて出てきた、悪いがもう遅いよ。
「どこだ、どこ行きやがった!」
「くそう、逃げられたか!」
「逃がすんじゃねぇよ!ノロマ!」
「足止めもできねぇのかよ!ボケ!」
「せっかく見つけたってのによ!」
好き放題言ってやがんなコイツら、まとめてボコってやろうか……。
と思ってたら……。
「そんなに遠くには行ってないはずだ! 探せ!」
そう言って1つのパーティーが動き出すと、あっという間にその場の全員がどこかへ散って行った。
……ボコり損ねたか。
その場にポツンと取り残されてしまったので、俺は本来やるべき事をしようと決意した。
「街に入ろっか」
「ぴゅい」
こんにちは、港町エキムロ。
特に何の問題も無く、エキムロの街に入るコトができた。
港町なのだが、門をくぐったこの辺では海は見えないし、潮の香りも特にはしない。
まず海が見たいな……。
どうせ冒険者たちが大勢出払っているはずだから、宿は空いてるはずだ。
なので後回しにしよう。
足早に歩いているうちに、魚の焼ける香りが通りに漂ってくる。
それも後回し。
「ぴゅ?」
くんくんくん
潮の香りがしてきた。
坂を上る。
上りきったそこには……海が広がっていた
「ドラ吉、海だぞ」
「…………」
ドラ吉が目を丸くして、じっと海を眺めている。
そういやこいつ、海を見るの初めてだったな……。
「ドラ吉……おーい、ドラ吉ー。やっとこっち向いたか。もっと良く見たいだろ? 飛んで見に行っておいで」
「ぴゅい?」
「いいよ、気の済むまで行っておいで。でも日が落ちたらすぐに戻れよ」
「ぴゅいー」
ぱたぱたぱた……
楽しんでおいで。
あ、海の水飲むなって言っとけば良かったかな?
まぁいいか、何事も経験だ。
海か……あっちの世界でも、しばらく見て無かったな……。
海の景色は、どちらの世界も変わらない。
棲んでいる生き物は違うのだろうが、それは水面には映らない。
何も変わらない景色に、俺は少しだけ郷愁を覚える。
ふと、岩場に人がいるのが目に付いた。
遠目にも老人に見えるその男は、どうやら釣りをしているようだ。
近づいて声をかける。
「釣れますか?」
釣り人に掛ける定番のセリフに、白く長い髭の老人は黙って大きな魚籠をアゴで指す。
中には5~60cmの魚が3匹、見た目ハマチっぽい。
ふむふむ、と見ていたら
「おまえもやるか? ほれ」
と釣り竿を出してきた……次元収納から。
「そうですね、せっかくなんでお借りします。エサは何を?」
次元収納を見ても別段驚きもしない俺を見て、眉をピクリとさせたが
「肉で釣れる、持っとるんだろ?」
彫りと皺の深いその風貌は、人生経験をそのまま表しているのだろう。
静かな口調で言い当てる。
「これにしてみるかな?」
トリケラビットの肉を小さく切って針に付ける。
「糸は竿の黄色い場所を握れば伸びる、赤い場所を握れば縮む。まだ糸が切れたことは無い、大物を狙っても問題無いぞ」
リールみたいな機能が付いてるのか。
「それじゃあ、狙ってみますか。大物より美味いのがいいなぁ」
黄色い場所を握り、竿を振って針を飛ばす。
おぉ~伸びる伸びる……。
それにしても。
竿といい次元収納といい、この人何者だ?
………………
「お、手応えあり」
手応えはあるのだが、大物だか小物だかさっぱり判らん。
今の筋力で釣りをした経験が無いせいだ……まだ自分のパラメータに慣れて無いのを痛感してしまうなー。
糸は切れないと言われたけど、自分の筋力も高すぎるので信用できない。
なので、おっかなびっくり魚を引き寄せる。
釣れた!
タコが釣れた……全長3mくらいのやつ。
うん、大物だね。
「入らんな」
爺さんが魚籠とタコを見比べて、冷静に指摘してくれた。
「そうですね」
さて、どうしよう?
とりあえず収納に仕舞うか。
あっちの世界のタコと急所が同じかどうか判らないので、木刀を抜き真っ二つにする。
内臓を処理して海水を纏わせ、軽く茹でてから次元収納へ仕舞う。
次元収納は様々な事故防止のために、生きていると収納できない仕様にしてある。
だから確実に殺さないといけないのだ、生け造りは収納できないのだよ。
「ほう、お前さんも次元収納持ちか」
木刀でタコを切ったコトは一切気にも留めず、老人が聞いてきた。
今度はこちらが眉を動かす番だ。
「ええ、コレって便利ですよね」
「自分で作ったのか?」
どう答えようかと考えていたら、
「答えにくいなら、べつに答えんでもいい。あぁ、俺のは古い友達から貰ったものだ」
「えっと、すいません」
「謝らんで良いよ。久しぶりに友達を思い出したついでに、聞いたようなもんだ。ふふっ、ゲンモーの奴はまだあいつらと一緒にバカやってるのだろうな……」
……ちょい待ち、ゲンモーと言ったか?
「あのー、ゲンモーってもしかして、賢者のゲンモーで合ってます?」
「合っとるよ……そうか、それで次元収納を……おまえ、ひょっとして弟子か?」
また言い当てられた、直感のスキル持ちだなこの人。
「ひょっとしての弟子です。師匠たちとはお知り合いで?」
「ウハハハハハハハハハ……」
ひとしきり笑い終えると、老人からこんな言葉が出た。
「知り合いも何も、昔あいつらとはパーティーを組んでた仲だ。4人でさんざんバカやった仲だよ」
へ? あの人たちって賢者で、賢者と一緒にパーティーを組んでた人と言うと……。
「まだ名乗って無かったな。俺はケルタニアン、あいつらに聞いてないか? 暇な勇者をやってる釣り好きの爺いだ、よろしくな」
勇者ケルタニアン
釣りが趣味で港町に住み着いていた老人の正体は、過去に悪魔の将を退け、ドラゴンをも倒した勇者その人であった。
………………
三賢者という共通の知り合いがいたという事実は、勇者ケルタニアンと俺を、数年来の知己のような関係にしていた。
「だったら俺んとこ泊まってけよ。爺いの独り暮らしだ、遠慮はいらねぇぞ」
「じゃあ遠慮なく……待てよ、ケルさんの家って広いです? 狭いなら遠慮しときますが」
あ、また俺の竿に何か掛かった。今度は魚がいいなー。
「こらこら、勇者ナメんじゃねーぞ。狭いどころか無駄にだだっ広い屋敷だよ、安心しろ」
こいつはさっきよりも相当に大物だぞ……。
「そうなんですか、じゃ遠慮なく……そうだ、実は従魔のツレがいましてね……っとと」
ザブァァァァ!
巨大な水しぶきと共に現れたソレは、全長20mほどの巨大な銀色のドラゴンであった。
…………
…………
「……こいつなんですけど、いいすか?」
釣り上げたのは、元の大きさに戻っていたドラ吉であった。
何をやっているのかな? 君は……。
さすがに呆気に取られたケルさんだったが、一言「いいぞ」と許してくれた。
ドラ吉、目立つから早く小さくなってくれ……。
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「ハッ」
「ホッ」
「セイッ!」
「なんの!」
俺とケルさんが昼間から何をしてるかというと、剣の稽古だ。
スキルは極めているが実戦経験が皆無な俺は、せっかくなので勇者のケルさんに実戦形式の稽古を付けて貰っている。
「何だよ! 俺より強いじゃねーか! 稽古の意味あんのかよ!」
「ありますよ、すごく参考になってます。もう少しいいですか?」
「もう明日でいいだろうよ、勇者だからボコられるの慣れてねーんだよ」
そう、稽古は俺がほぼ一方的に押していた。
スキルはともかくパラメータの差が圧倒的な上、俺が慣れていないから加減が下手くそなのだ。
ゴリラのなにげない腕の一振りで、プロボクサーが吹っ飛ぶようなものだ。
俺の場合、もっと酷いのだが……。
「じゃあ明日にしますか、厄介になってる身でわがまま言いませんよ」
「抜かせ、稽古なんぞやってる時点で十分わがままだ」
その割にけっこう楽しそうな顔をしてますね。
「でもホント助かります、なんせ今まで稽古できるような相手がいなかったから」
「そりゃそうだろ、レベル上限まで上げた勇者の俺でも無茶苦茶キツいんだから。そんじょそこらの奴じゃ相手にもならんだろ」
その通りでございます。
ちなみにこの世界、元の世界に比べて『女性』と『年寄り』がやたらと強い。
女性の場合は強いというよりも、男と差が無いというのが適切な表現か。
パラメータの数値がそのまま能力の高さなので、デカくてガチムチのマッスルモンスターな筋力100の男など、小柄で細身の筋力200の女性に軽~く捻られるのだ。
何故か筋力の初期数値に関しては男のほうが高いのだが、レベルが上がってしまえば関係無い。
パラメータのある世界では、筋肉など所詮見かけだけなのだ。
年寄りに関しては言うまでもあるまい。
レベルが上がってパラメータも上がる、これが歳をとっても変わらないだけだ。
レベルもパラメータも下がらない、だからずーっと強いまま。
それでも寿命というものはちゃんと在るようで、死ぬ2~3カ月前からパラメータが急激に下がる。
寿命で死ぬ時は、ぽっくりと逝けるそうな。
自分の死期が判るってのは、人によって善し悪しだろうなー。
介護が必要無いのと、ボケないってのはすごく良いが。
付け加えると、レベル上限が高いと長生きするらしい。
青師匠曰く、老化が軽減されるのだそうだ。
勇者ともなると常人の1.4~1.5倍になると言っていた。
レベル11万だと、どんだけ長生きするんだろう……てか寿命、ちゃんと俺にもあるんだよね?
…………
昼を食べてから街の外に出る。
ドラ吉は海で遊びたそうだったので、別行動だ。
狩りもしたい様子だったので、ハエ用に作った次元収納を持たせてやった。
小屋くらいの容量しかないので、あんまり大きな獲物は狙わないように言い聞かせ、遊びに出す。
頭の良い子だから、大丈夫だろう。
……たまにアホなことするが。
俺は人気のない岸壁へと向かっていた。
と言っても身投げがしたいワケでも、サスペンスドラマごっこをしたいワケでもない。
街の中では、少々やりにくいコトをする為だ。
別に悪いコトをするのではない。
タコの燻製を作るのだ。
煙が出るから街中だとちょっとね。
あとついでにハム作り。
その前に塩も作る。
時間がかかりそうだが、そこはほら、時間魔法の出番ですよ。
ホント、マジで時間魔法って便利よ。
料理番組の『○○時間煮込んだものがコレです』とか、食材紹介の『○○年熟成させたのがこちら』なんてのが、せいぜい僅か数分で出来上がるのですよ。
あら、便利。
まず塩。
海水からの塩づくり、やってみたかったんだよなー。
これは、海水を煮詰めて作るだけなので、あっと言う間に終わる。
エキムロの粗塩……うむ、良い味だ。
あとはタコの燻製とハム、ハムは生ハムと燻製ハムの両方作る。
(省 略)
完成!
作る過程を書けって?
そこはネットに繋いでるんだから、自分で調べて妄想してくれ。
さて、細かいコトは気にせず街へ戻ろう。
…………
ケルさんの家に戻ると、ドラ吉も戻っていた。
飽きたのかな? と思ったら収納が満杯になったので、中身を出したかっただけらしい。
出してみたら……出るわ出るわ……
なんでサメ? サメ多くね?
良く見たら腹に穴が開いてるのばっかりだし……。
……ドラ吉、おまえ食われたろ。
サメの腹の穴は、たぶんドラ吉の脱出跡だな。
ハァ、仕方無いヤツだなー。
俺は決心した。
明日はフカヒレ作りしようっと。
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ケルさんの家にやっかいになって早10日。
俺は海産物の大量仕入れをしていた。
あっちの世界では密漁なんだけど、こっちの世界ではどうなんだろ?
一応、漁には向かない危険な場所を選んでるから、漁師さんの水揚げには影響ないと思うけど……。
ドラ吉は今日も思う存分、海中で狩りをしている。
次元収納は、ドラ吉専用に新しく作ってやった。
今度のは100立方km入って、時間経過無しの優れモノだ。
いちいち出すのが面倒くさいので、大容量にしてやった♪
ちなみにもう中身確認するのが、ちょっと怖くなってる……何がどんだけ入ってるコトやら……。
ドラ吉の狩り含めて海産物を大量ゲットしたのだが、残念なのはこの辺の海には昆布が無いんだよなー。
昆布はもっと北へ行かねば無いらしい、そのうち北上するか。
あ、鰹節は大量生産したよ、鰹っぽい魚で。
シイタケも欲しいな、つかキノコ全般欲しい。
美味ければ毒があっても可だ、どうせ毒無効の俺とドラ吉が食べるんだし。
…………
さて、今日は何を仕入れるかな。
と考えながら浜へ行くと、ドラ吉が小船のヘリに乗って海を見ていた。休憩かな?
近くに人もいるが……何やってんだ?
近寄ってみると
「テイム! 駄目か。いいや諦めないぞ、テイム!」
どうやらドラ吉を野生のミニチュアドラゴンと勘違いして、従魔にしようとしているらしい。
イヤ、ムダだから。
すでに主人のいる従魔はテイムできないし、仮に野生だったとしてもパラメータに差があり過ぎて君じゃ従魔にするのはムリだよ。
そもそも従魔化は普通、自分のパラメータより弱い魔物を対象にするものなんだから。
100%ではないけど、ジャンボ宝くじで一等当てるより厳しいんじゃないか?
「あのー、そいつ、ウチの子なんですけど」
テイムしようとしてる若い男に声を掛けた。
「えっ、そうだったんですか。テイムできないと思ったら……すいません、ここいらで見かけたことが無かったもので、てっきり野生かと思って」
「ここに来たのが10日前だし、普段こいつ海の上で遊んでますしね。見慣れないのもムリ無いですよ」
適当に会話を交わし、若い男と別れたのだが……。
なんだ? 何かが引っ掛かってる……
イヤ、釣りの話じゃなくて。
何かが……。
……そうだ!
『主人のいる従魔はテイムできない』
これだ!
俺は例の銅を金に替える魔物を、テイムできなかった。
パラメータを考えれば、失敗の可能性は全く無い。
考えられるとすれば、ひとつは無効かそれに近い耐性を持っている場合……もうひとつは……。
「すでに主人のいる従魔だった場合か……」
『直感スキル』が俺の今のつぶやきを『正解』なのだと教えてくれている……。
そういうコトだったか……と様々な可能性を考え始めた俺だったのであった。
自分で付けたキャラの名前が覚えられない(^^;
……脳活頑張ろう。