誘拐犯と兄弟
そもそも、炭酸飲料を飲みたいが為だけにコンビニに買出しに出たのが間違いだった。
「ありがとうございましたー」
やる気のないコンビニ定員に軽く会釈をし、自宅へ向う。
右手に未開封のペットボトルが入ったビニール袋をぶらさげ、ただ何かを考えるわけでもなく、曇りがかった空を見上げた。
その時だった。季節が冬であり、空気が乾燥していたためか、右目のコンタクトレンズを落としてしまった。
1dayのものであり、家もそんなに遠いわけでもないので、捜索をあきらめ、大きなため息をひとつつきながら、また足をすすめた。
しばらく無心で歩き続けていると、左隣に黒塗りの自動車が停車した。
疑問を持ちつつも、変なことに絡みたくないと無視をしようと思い立った瞬間に運転席に座り、グラサンにマスクといった、不審者の代表のような格好をした男に話しかけられた。
「お前、こいつの兄だろ、こいつを殺されたくなかったら後ろに乗れ」
妹の名前は「由紀」である。いつもなにかにおどおどしており、泣き虫、そして無口だ。
助手席に乗せられた我が妹であろう少女の首元にはナイフが突きつけられていた。
最近自分は母親をなくしており、もう悲しい思いはしたくなかった。
車はゆっくりと発車したかと思うと、少しずつスピードを上げ、どこかへと向かいはじめた。
乗り始めてすぐの時は、無理矢理男を取り押さえることも考えた。しかし、万が一のことがあっても嫌なので、黙っておくことにした。
1時間程車に揺られ、尻が少し痛いと感じ始めた。
なるべく男を刺激しないように、小さな声で、なるべく丁寧な口調で言ってみた。
「あ・・・あの、これから・・・どうするつもりですか・・・」
すると
「ああ!?誘拐したんだぞ!?金要求するに決まってんだろ!?馬鹿か!?」
と、もっともなことを言われると共に小ばかにされてしまった。
母親が亡くなってばかりだ。父親にあまり迷惑をかけたくないと思い、どうにかする策を練った。
しかし、これと言って良い策は思い浮かばなかった。
携帯電話で警察に連絡することも考えていたが、この静かな車内。電話しようものならふたり揃って殺されるに決まっている。
それからしばらくすると、山の中に着いた。少し開けた場所には山小屋のようなものがあり、そこの横に位置する倉庫に入るように誘導された。外から施錠がされ、閉じ込められてしまった。
男は
「お前ら、兄弟仲良くおとなしくしとけよ、騒いだら殺すぞ」
とそう言い残すとどこかへ行ってしまったようだった。
倉庫の中には本当になにもなく、四方をコンクリートに囲まれているだけの単純な構造であった。
気温が低く、呼吸をするたびに白い息が舞って消えた。
スマホを確認したが、電波が通っていないらしく、時計くらいにしか使えない。
いかにしてここから脱出するかを二人で話し合った。
「いいか、まずお前が調子が悪くなったフリをするんだ。俺が奴を呼ぶ。さすがの犯人も人質が死んだら意味ないから介抱してくれるだろう。お前はどこかで隙を見て倒してくれ」
「そんな・・・どこかで隙を見ろなんて・・・無責任すぎ・・・」
「しょうがないな、これをやろう」
左ポケットに入れておいた自宅の鍵となぜか取り上げられなかった炭酸飲料を渡した。
あまり気乗りはしなかったらしいのだが、なんとか無理を言ってその作戦を決行することになった。
男は時々、様子を伺ってくる。そのタイミングを見逃さず、犯人にすがった。
「お願いです!!具合が悪いみたいで、倒れてしまったんです!!たぶん寒いからだと・・・」
男は少しあせりながら自分の横をとおりすぎると、おんぶをし、急ぎ足で部屋から出て行った。
自分の迫真の演技がうまく行ったと思い、思わずほころぶ頬を押さえつけながら、帰りを待った。
あの男が倉庫から出て行き、鍵をかけ、すぐすると奴の悲鳴が聞こえた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あまりの悲鳴の大きさに、あの女はいったいどんな恐ろしいことをしたのだと心配していると、
カチャリと鍵のあける音が聞こえ、ドアの隙間からひょっこりと彼女は顔をだした。
話によると、不意をついて手に握っていた鍵を目に突き刺したそうだ。
顔によらずエグいことをするものだと彼女の行動力に驚愕していると、彼女は、
「あの・・・全然関係ないのに巻き込んじゃってすみませんでした・・・」
そういった。
「いやぁ、いいんだよ、困っている人を見過ごすわけには行かないから」
「それにしても・・・私の兄とあなたを見間違うなんて間抜けな誘拐犯ですよね」
「まったくだな、俺も突然びっくりしたよ」
そういいながら俺たちは倉庫を出た。
目を押さえつけ、のた打ち回っている男のポケットから自動車のものであろう鍵を探し出すと、車の方へ駆け寄り、エンジンをかけた。
「あ、ごめん、その、俺の家の鍵・・・」
「あっ・・・すみません・・・持ちっぱなしで・・・」
彼女の手から血にまみれた自宅の鍵を受け取ると、車を発車させた。
彼女は疲れてしまったのか、眠りに落ちた。
「そういえば名前聞いてねえわー」
そう呟き、心のどこかで恋人になることはできないかと淡い期待を抱きつつ、携帯の電波が届くのを待った。
「あ、この子、炭酸飲料どこにやったんだ」
先程渡された自宅の鍵は、まだ彼女の体温を保っていた。