円縁と紡ぐ時
始まりがあれば終わりがある。それはどんな物にも言える事だろう。しかし、それから目を背けたい物が無い訳ではない。人との繋がりだったり、何かとの出会いには"縁"がある。そういった物には区切りはあれど終わりを望まない事が多い。そう願って……円が紡がれる。
どんなものでも変化はするだろう。何かが変わることは必ずしも悪くは無い。むしろ変化する事で縁は増え、2重、3重と重なり、先に重なった円と交わる。そして、太くしっかりとした円となる。時には綻ぶだろう。……だから新しい縁を受け入れる事も時には必要なのだろうな。
「えっと、すみません。急にこんな」
「構わないわ。家も家族が増えるのは嬉しいし、花嫁修業だと思ってくれたら……」
「はっ! はひぃっ!!」
「『こ、この子はホントに可愛すぎるわっ!!』先に悠染が運び込みの下準備してるみたいだしいつでも荷物は取りに来られるから手軽でいいからね」
「は、はい」
本来ならば紅子の滞在ラスト1日となるはずだったのだが……。様々な思惑や偶然、そして我が母の願いから紅子は早くも家に越して来る事となった。
とりあえずは彼女が生活する上で必ず必要になる物を優先的に運び出し、それ以外は折を見て運び出す事になっている。家に住むとは言うが別に彼女の実家を売り渡したりなどはしないため全てを移す必要もないのだ。紅子もこの引越しが割と楽しいらしく母に軽く弄られながらも表情は明るい。まぁ、俺としては問題も浮上しているのだがな。
「紅子は俺と同室になるのか?」
「ええ、問題はあまり無いと思うのだけれど?『どうせ結婚したらここで二人暮しだし』」
「……。『年頃の男女が1つ屋根の下なんだが? 紅子のお父さんはそれでいいのか?』」
「悠ちゃんが嫌じゃないなら、僕は大丈夫です『むしろ…嬉しい』」
俺がそんな事を言う訳がないだろう?
よく考えれば双子の使っている二階建てはそれ程規模が大きな建物では無い。母屋の周辺は無理だろうな。ならば、規模的にここの離。俺が部屋として使っている場所になる。……プライバシーの問題がいろいろあるのだがどうするつもりなのだろうか?
1人で使うには広すぎたがプライバシーを確保しつつ、2人の空間を作るには少々狭い。年齢にしても以前のような幼い俺達兄妹の様な状況でもない……。ましてや、嫁入り前の女の子だ。
……まぁ、予想はしていたが母から突拍子もない言葉が飛び出した。母と紫神の衣料品、宝飾品による稼ぎと紫杏の芸術作品により稼ぎだす資金……。知る限りでは報酬、代金などは低くないし安い訳がない。そのため最近家は大いに潤っているらしい。
資金がある。
だが、使うか使わないかはその人次第だろう。母が倹約家であるから無駄な家財の購入などはしていない。その資金を用いて各建物を独立した生活設備へと増改築するらしい。しかも、格安でしてくれる助っ人までいるらしい。
「ご、ごめんね。悠ちゃん」
「ん?」
「急に僕が来るから狭くなっちゃうよね」
「いや? 離は元から広すぎた。それより家の家族は紅子が来る事が嬉しいみたいだしな。得をする人間はいても害を受けた人間は誰1人居ない」
とうの紅子は居住が決まった当日だと言うのに双子に包囲されている。私服が地味だのなんだのと辛口なコメントを双子から受け、紫神のお下がりを大量に手渡されていた。最後にはデート時のコーディネートを参考にしてみて……、などとあまり物申さない紫神にすら釘を刺されていた。
本当に楽しそうな家の家族を久しぶりに見た気がする。
確かに普通に生活はしていた。ただ、それ以上に俺達は周囲との交友を制限し、張りは少なかったのだ。それが母や双子からしたら格好の玩具が現れた訳だからな。楽しいに決まっている。母に至っては性格まで好みらしく弄らなくても観察するだけで楽しんでいる様だし。
城井 紫苑。職業は工芸家で今年40になる我らが母だ。歳若くして亡くなった父の分まで俺達を育て上げた強く、気高い孤高の人。……雑誌などではその様に特集されたり、地方紙のインタビューなどにもこのように答えている。自らを律し、画一した計画性と先を見据えた行動などが秘訣となのだと。
のだ…………が。
本来ならば我が母はそんなに堅い人ではないらしい。情報源は母の従兄弟である環さんだ。彼からの情報だから若干内容は盛られているだろう。だが、母は本来の彼女を頑なに締め付け、ルールや形を重んじる堅い人物を演じているのだ。俺達を1人で育てている。しかも、"亜人"などと言うイレギュラーである事も彼女には何らかの足枷だったに違いない。
「悠染はそんな私を見て、自分を隠す事ばかりを学んでしまったみたいなのよね」
「皆さん大変だったんですね」
「そうねぇ、仕事が上手く行かなかった時期は大変だった。特に悠染にはたくさん迷惑をかけたわ。小さな妹達の世話や家事の手伝いなんかを彼は何も言わずに手伝ってくれたり、時には済ましてくれていたり……。そんな悠染はいつの間にか我慢する事が普通になっていたのだと思うの」
「お母様に心配をかけたくなかったんでしょうね」
「ふふふ、そうね。あの子を外側から見ただけなら無愛想で取っ付き難いだけの子よね? なのに貴女はあの子の希薄で独特な感情表現を引き出せた。だから、私は貴女を気に入ってるの」
「ぼ、僕は特別な事は何も……」
母の交友関係や仕事の人間関係には工芸、建築、企画、出版などと創作から販売などを手がける職業の人達が多い。今回は俺達の父親に縁のある人で、もちろん母にも縁がある人が助けに来てくれたのだとか。しかも職業は宮大工兼建築家と言う。
紅子に母の相手を頼み、俺は離の掃除と1人では使っていなかった部屋の開放を始めていた。紅子も手伝うなどと言ってくれたが、彼女が忙しくなるのはこの後だ。彼女の居住スペースが出来上がってから荷物の搬入、整理、配置と短い時間にしなくてはいけない事が割と沢山ある。ただし、彼女はこの離の構造には詳しくない。だから先に俺が手を施し後は彼女の指示に合わせた模様にする手筈にしたのだ。それに併せて双子も2人用の二階建て周りを片している。
紅子も割と母に馴染み、母も……未来の娘を可愛がっている。……可愛くて仕方ないようだな。紫神、ましてや紫杏とは全くタイプの違う新しい娘を目一杯…愛でる気なのだ。孫を可愛がる祖母みたいだな。まぁ、それはそれだ。母はかなり高身長で175cmあり、紅子は145〜150cm。見切れてしまいそうな身長差の中、母の工房へ向かって行った。察した……。
「……。私はこのまま、貴女が家に来てくれるのを望むわ。まだ高校生の女の子にこんな押しつけをするのは……って思ったのだけど」
「僕も、悠ちゃんが求めてくれるなら。そう…したい…です」
「『な、何なの……この可愛さっ。は、鼻血でそぅ』言わせたみたいでゴメンなさいね。でも、嬉しいわ。さっきも話したけど内向的であまり周囲に濃い関わりを求めに行かない息子をこんなに好いてくれるお嬢さんが居てくれてとても嬉しいの」
何故最近の親世代は俺が入ろうとする直前に恥ずかしい話をして入るのを阻害するのだろうか? 環さんはまだ歳相応の話題だったが、今回の母は違う。まだ、少々先だ。
母は俺が近くに居る事に気づいていたから紅子を焚き付けて俺を自覚させ、彼女が望む計画に乗せようとしている。狙っているのだ。母には解るらしい。彼女には俺にもこれ以上言いたくない力がある。その力が何なのかを母は想定内と取り、イレギュラー……特殊な人間である紅子を人としての目線で気に入ったのだ。欲を出した言い方をするならば母は紅子を義娘として欲している。
わざと靴音を強めながら2人が居る母屋へ向かう。紅子と……気づいていた母も反応を示した。
爬虫類人間である俺達にも個体ごとに得意不得意がある。母は感知、反応、探査など地形、物体の状態把握や生き物や車両などの動きの把握、予測が得意だ。紫神や紫杏はそれに似ている。しかし、俺は違う。爬虫類の力としては感知や状況把握力よりも木登りや締め付ける力など筋力や骨格に関係した方面に優れているのだ。まぁ、母達から見たら劣るが感知も出来なくはない。
「悠染、準備できたのかしら?」
「荷物の運び込みしたいから呼びに来たんだよ。どうせ運び込むのは俺くらいだがな」
紅子は手伝う気満々の服装。母は和服をリサイクルし作られた普段着。布地は生きているが古くなり傷んだ部分を紫神にデザインし直してもらってある紫神ブランドである。俺は高校の上下ジャージ。……真後ろから中学の上下ジャージを着ている双子の姿も。
さて始めますか。
紅子の要望に合わせて次々に荷物が運び込まれて行く。重い家具は基本俺が持つ。軽い小物や壊れやすそうな物の類は紫神が扱っている。配置するのは後になるため1度待機に使うための部屋にせっせと運んでいた。紫杏と母は衣料品と生活全般の必需品を運んでいるようだ。
忙しなく動き回る皆だが、紅子は勿論のこと、母、紫神、紫杏の皆が楽しそうだ。今日の夕方までには終わるだろうな。連休最終日の中で忙しく動きまる皆。今までにない楽しい家族との時間が俺の気持ちにも上向きに働く。彼女のお陰だな。人間は急激な変化に耐えられない脆弱な生き物だ。しかし、人間は変化が無くては生きていけない。俺は死ぬ間際の父にそう語られた。優しくおおらかで気弱な人だったな。彼は時計職人だった。俺の超えたかった人。目標にする前に居なくなってしまった……。尊敬していた父。
「終わったねぇー!!」
「うん。終わった」
「ありがとうございます」
「これくらい当たり前さ。と、言うか…。親父さんもよく許してくれたな。家に移り住むのを」
「ははは、それは僕から君達のお母さんにお願いしたからさ」
「お、お父さん!!」
!? 気配を感じ取れなかった? そんな馬鹿な。
紅子と目元と口元。……紅子のお父さんだな。確かに。柔和な笑顔だがどこか腹の底が見えない人だ。作業着で来てきれているのは引越しを手伝うためだったようだな。額を人差し指で掻きながら申し訳なさそうな表情をした。
母と紅子とのは会話を聞く限りでは家の増改築はこの人が主導して行ってくれるとのこと。その上で格安でしてもらう理由は紅子が家に越してきたかららしい。で、お父さんは仕事の拠点を海外に移すため、紅子自身や周囲の生活、様子を見るための知人として母を選んだようなのだ。
何故、母なのか。その辺はよく解らない。俺にも視線を移し、握手を求めて来る。
「君が悠染君だね。僕は仕事の関係で紫苑さんには大分前からお世話になってたんだ。単刀直入に言うと……娘をよろしく。君達の事を僕は知っているんだ。血筋は違えど僕もそちら側だから」
母はやれやれといったため息をついている。この……腹の底が知れない人が父親か。それはまぁ、仕方ないにしろ紅子は双子に弄られているから今の会話は聞かれていない。俺の表情が急に変化した事にあちらも気づいたはずだ。父は普通の人間だった。だが、俺は双子の妹や母以上に攻撃的な力を持って生まれたらしい。母は『解いてある』と言った。それは父が因子として持っていた異質さを俺が拾い上げてしまったのだろう。
差し出された手を握り返し、挨拶を行う。俺は……。
「お姉、寝室はお兄と同じなの?」
「へ?」
「あの……、余りの部屋は1つなので。各部屋で寝るのでないのでしたらそれしか」
「そ、そうだよね」
モジモジしながらこちらを見ている紅子。妹達に何を言われたのだろうか? 親父さんは笑っている。
さて、新たな縁が重なり、紡がれ始めた。円満とはまだ行かない。これからより合わせて行く。俺ができる限りの力を振り絞り、綺麗なよりを作りだし纏めて行きたい。縁を丸く、幾重にも重ねる事。俺達の人生を……暖かに円満に。