萌ゆる日一時
突然の起伏と言うものに俺は弱い。一定の波が往来するだけならばそれが最も好ましい状態なのだ。
紅子は確かに綺麗な子である。1年生の頃はショートヘアだった事もあり、ボーイッシュで少し幼い感があった。だが2年生に上がって彼女から告白された時には既に幼さが弱まっていたのだ。俺の知らない時間に大きな変化をし、俺に合わせてゆったりとした変化に変わっている。そんな紅子だが……。
「やっぱりベースが良いと違うよねぇ!」
「化粧の乗りが違います。元から美人要素が強い姉さんでしたが、抑え気味でこれですから」
「ねーっ! 歳を重ねたらもっと綺麗になってくよ!! 絶対!」
「うん。間違いないですよ。兄さん」
贔屓目無しに……紅子は更に綺麗になっている。双子の妹達が人形で遊ぶように紅子を着飾り、化粧を施したからだ。元から少し癖のある髪を生かし、ウェーブヘアを強調。主張していた八重歯だが彩度の高い紅色をしたルージュでアクセントを取る。運動好きの割に色白で地肌に荒れも無い事からファンデーションなどの下地は薄めに。チークで薄く色持ちを上げ、元から長いと思っていたが睫毛を少しだけ盛った。
………………………………らしい。
化粧の種類や名前、メーカーなんか俺が知っている訳が無い。妹達はメイクが終わると次は簡単に出来るらしいアウターコーディネートをするのだと言い、衣装持ちの紫神の部屋に紅子を連れ込んだ。俺はとっくの昔に外出用の服に着替え、2人の居室前で待機中。紅子は申し訳なさそうな表情だったが、俺は妹達と彼女が仲良くしている事については微笑ましいくらいだった。
「お姉は綺麗なのに趣味が地味って言うか……」
「でも、やりがいはありました。姉さんの趣向を外さずにやんわり明るめなコーディネート……」
恥ずかしそうに長く伸ばした髪を撫で付けながら上目づかいの紅子。白黒が目立つ服の上にジーンズ生地らしきジャケットを羽織り、必要に迫られなければ履かないらしく恥ずかしいらしい短めなスカート。靴もいつもならヒールの高くない靴を選ぶらしいのだが今日はかなり高めだ。
紅子が小柄なためか紫神の服でも少し前の服を選んだらしい。アクセサリーや何やらは俺の工房から見繕った様だから今回は何も言わないようにしよう。靴類は紫神が使っていた物のリサイクル加工品らしく見覚えもある。どうやら下着以外は紫神の物を加工したり、修理して残していたものを使っているようだ。
紅子の願望はあまり派手にしない事。確かにこのコーディネートは色調からして地味目ではある。…が、部分的に露出が広く、ラインが完全に隠れる様なだぶついた服装では無いから紅子本人が思う程地味ではない。紅子が小柄だがスタイルは抜群な点も助けてバランスのとても良いコーディネートになっていた。
「上着だけじゃなかったのぉ?」
「お姉はもっと見た目に気を使おうよ。せっかく綺麗なんだし」
「兄さんが羨ましいくらいです。こんな美人な彼女がいるんですから」
紅子は真っ赤になりながら俺の背中に隠れた。妹達はそれ以上の弄りは加えて来なかったが明らかに『やれやれ……』と含み笑いを抑えながら俺に目配せしてきた。早く行けと言う事らしい。俺はさておき、言われずとも紅子はこれ以上弄られたく無いらしく、俺の腕に腕を絡めて引っ張りながら家の門扉を目指しているようだ。
市街地へ出ると途端に彼女は俺の腕を抱き込んでいる。視線が集まる状況が苦手らしい。確かにこれまでもそうであった様に紅子は自分から派手な素振りや外観をしようとは思わないだろう。
『ぼ、僕だって悠ちゃんと……そうなりたくない訳じゃないけど、けどね? 物事にはタイミングだってあるしぃ……』
「紅子、大丈夫か?」
「え? あっ! う、うん! 大丈夫」
「なら、今俺が言った事を復唱してみな」
「ぇ?!……ぁぅ、えっ…とぉ。ご、ごめんなさい」
虐めるつもりは無かったのだが……。少々緊張の度が過ぎる紅子の緊張を解くために俺も動く。紅子は小物が好きだ。特に可愛らしい人形だったり少しアンティークの気がある置物だったりが好ましいらしい。
特に砂時計、ボトルシップ、グラスアートなどのガラスの絡む置物や小物。ティーセット、銀の食器などの古い感じの洋風食器などなど。そんな彼女の好きそうな店を既に見つけてあったのだ。店主さんも知り合いだしな。
「いらっしゃいませぇ~…。って悠君じゃない。お久しぶりね」
「お久しぶりです。環さん、今日はこの子を連れてきたくて来ました」
「あらあら、いらっしゃい。でも、悠君が誰かをここに連れてくるなんて初めてじゃない? それじゃ、その記念も兼ねてサービスしちゃおうかしら」
七之葉 環さん。この人は古くから母との付き合いがある同業者だ。この人は俺寄りの手工芸を得意分野とし、布製品や柄のデザインを主戦力にする母とはまた違うデザイナー兼アーティストである。ガラス製品や石膏、木造品などが得意分野であるため俺も少しズレはするけども。どちらかと言えば紫杏が近いのか?
そんな人がポケットから沢山の輪のような物が連結している道具を取り出し指を、体を屈ませて覗き込み紅子の耳を、髪型を…若干危ない気もしたが胸元を確認してからルンルン言って工房に消えた。紅子をそちらに行かせ俺も自分の事をする。
「大丈夫、悠君をとったりしないわよ」
「え?」
「だって、私が彼に近づいた時に露骨な程…機嫌悪くしたでしょ?」
「え、えと」
「それに私、男だし」
「んっ?! い、今なんて…」
環さんは母の従兄弟なのである。俺達からしたら叔父さんにあたる訳だ。年齢外見共に詐欺レベルなこの人は外見からしたら20代中盤位の女性、しかし…中身の実態は50歳を過ぎたオッサンなのだ。母は俺達を若くして身ごもったらしい。その時には既に成人して工房も持っていた人気デザイナーなのだそうな。性格は至って義理堅く、常識人であり、工芸の面で言うなら俺の師匠だ。
俺は俺で紅子にプレゼントを送るための下準備をしていた。今日の彼女の靴は実は紫神の物。サイズが若干あっていないのと歩きにくそうなのが……。
だから、こういう製作物は初めてで少し緊張しているが靴のようなサンダルのような物を作っている。薄手の踝靴下ならば履いても違和感はなく、裸足はもちろん可。流石にニーソとかストッキングは合わないけども。今日はこの子もいつもより露出させられている事だし問題ないだろう。ただ、厚底には慣れた方がいいだろうと少しの試練も与えた。皮を使い少しチャームなどを用いて飾り気を持ち、性格がそうであればお茶目な小悪魔と見て取れる可愛らしいスタイルだ。
「悠君は今頃紅子ちゃん用の靴とか帽子なんかを作ってるんじゃないかな? ぱっと見の私でも歩きにくそうにしてるのわかったし」
「あ、あの、えと」
「大丈夫、大丈夫、そんなに緊張しなくても。貴女は女の子だし、もっと着飾って悠君を落としちゃいなさいな。あの子は表情だけだと解らないだろうけど内面はすっごい優しくて気が利くし。わがままして振り回してあげた方がたぶん喜ぶわよ?」
紅子が積極的になってくれるのは嬉しいがわがまま三昧は困る。ただでさえ面倒な妹も居るのだからな。
紅子に靴を渡すために工房へ入る。靴の原型はあったから革を編んだり縫い、春夏秋を履く事の出来るデザインにした。服飾のデザインは初めてで少し大変な気もしたが満足は行く物だ。あとは紅子が気に入るかだけな訳だが……。あのショタオヤジが変な事を吹き込んでいたせいで少し入りにくかったじゃないか。
そんなこんなで紅子の緊張は完全に解けたようだ。まぁ、自分よりも何らかの点でまともでない物を見ると安心したりする訳で……。それだけではなく、彼女は俺の周りをクルクル回りながら先ほどまで作っていたいろいろを眺めている。靴、帽子、上着、ショルダーバッグの4つだ。
「ほらほらぁ、お姫様は座って座って、悠君がお待ちよ」
「お姫様って…そんなに僕は可愛くは……」
「紅子、足出して」
「う、うん」
女の子にしても小柄な紅子。145cm~150cmくらいの紅子の手足は見るからに小さい。いくらそういう配慮のできる紫神が靴の踵や爪先にスペースを詰めるためのクッションを入れたとしてもカバーしきれていなかったのだ。細い足首を掴み、前までの靴を脱がして今完成したばかりの物に足を通す。小さく細い、華奢な子だな。足首の所にアジャスターのような機能を持つ締め紐を仕込んで正解だった。
足首の締め紐だけではなく、甲の高さや爪先部分の幅も少し革のあみ具合を調整して足に合わせる。サンダルと呼んだ方がいいかもな。少しだけ紅子の様子を覗きみると嬉しそうに笑顔を見せていた。何とも可愛らしいな。そして、少し高さのある椅子から降りると片腕を広げてきた。上着も着せて欲しいとの事らしい。
「ははは、初めて服飾系のデザインと製作をしたけど割と何とかなったな。上着と帽子は前から作ってあったけどサンダルは即興で底型に合わせた感じだから少し不安だったんだが」
「ありがとう、凄くしっくりくる感じ」
「私のは間に合いそうにないから後日悠君の家に郵送させてもらうわぁ」
「環さん、いろいろありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「また来てねぇ」
紅子は満足そうだ。先程まで見られた歩みの遅れや足を気にする素振りもなくなったが……。紫神の用意した靴から高さが変化したため少しの間は躓くような瞬間があった。それも彼女の慣れの早さによりかなり早く治まり、楽しかった一日も日が傾く事で終わりを告げようとしていた。バスで家に向かうのだが紅子はその少しの間にもうつらうつらし始めている。
最終的には酒など飲んでもいないのに千鳥足のようになり、家の直前で完全に歩けなくなったため今は背負って歩いている始末だ。
このシチュエーションには懐かしい感覚がある。妹達との思い出だ。俗にお兄ちゃんっ子とでも言うのかな? 母が忙しくあまり相手が出来ないために俺は2人の相手をよくしていたのだ。それもあり2人の妹達は反抗期的な素振りはあれども母や俺に素っ気ない態度を取ることは稀である。…と、門扉の前に2人の姿が見られた。
「お帰りなさい。兄さん。姉さんは寝てしまったようですね」
「おかぁーえりっ! 幼女っぷりが半端ないのにマーベラススタイル……お兄はギャップ萌えとみた」
「紫神、ありがとう。靴と上着」
「やはり急ぞなえでは不備が出ましたか」
「それは仕方ないさ」
「ねぇねぇ、お兄! 話聞かせてよ!!」
俺の離に紅子を寝かせ、主に紫杏と紅子とのデートコースを主体にした会話をしながら俺が飯を作る。紫神も時々の質問はあれど彼女は配膳なんかを手伝ってくれた。夕食は基本的に母が作りたがるために母が食事の準備をする。だが母が不在、遅くなる場合、尚且つ妹達の帰宅が俺より遅ければ俺が当番だ。実は2人は少し遠い小中高一貫のお嬢様校に在籍している。
そして、離と言えどそこまで離れてはいないので紅子は起き抜けに飯の匂いに気づいてこちらに来たようだ。少し焦っているのがまた可愛らしい。いつからの記憶が曖昧であるのかもよく覚えていないらしくはだけた服も確り直してきていないようだ。そんな紅子に紫神がまず詫びを入れた。靴の事だろう。
「姉さん、すみません。足など痛めてませんでしょうか」
「大丈夫、大丈夫。ちょっと靴ズレしたけどこの程度だし」
「それならいいのですけど。今度姉さんの採寸をしておかなくてはなりませんね。姉さん用の服を作らないと」
紫杏は俺からの話に夢中で紫神は紅子との会話に夢中だ。今日丸一日は俺が一緒に居た訳だが明日は母も帰ってくる。そんな事を考えながらいろいろと考えをまわしていた。これからの事、これまでの事、俺の力の事、紅子が隠しているだろうこと。絡み合っていくだろう因子を俺は仕分けながら形作る必要があるのだ。
紅子に何らかの能力や様々な曰くがある事も明日解る。我が母の心眼により解るだろう。あまり気は進まないがね……。特殊な状況でなければ俺もただ空気に合わせていればよかったんだけどな。
「悠ちゃん? どうかした?」
「? あぁ、ちょっと考え事をな」
「どんなこと?」
「明日の昼くらいに母さんが帰って来る予定なんだが、どうやって紅子を過度に弄らせないようにするかっ……て事だよ」
「え゛っ……」
不覚にも笑ってしまい、紅子に小さく怒られた。
しかし、昨晩に進んだ形を俺はもう一度確かめる。紅子を抱き込み、耳元で就寝の挨拶をしてから俺の熱代謝を少し落として……スリープモードに入る。
『明日……解る』