悪魔の娘は恋をする
僕と彼の出会いは高校1年の春だ。入学式の日。うちの学校は施設使用や備品の借用にかなり自由な事もあり、放課後に僕と数人の友達で遊んでいた。その時、僕は彼と出会う。ハンドボール用のボールでドッヂボールしていたのだけども。大暴投したボール、それが木の上で昼寝をしていたらしい彼に……。
「危ないッ!!」
大きな声を上げて彼に叫んだ。それでも特に反応がなかったため、当たって落ちてしまう!!……と、思っていたのだけど。片手で軽く受け止められてしまった。木の上からゆったりとした身のこなしで飛び降りた彼なのだが……。僕はその時の彼に一目で心を奪われた。理由……? そんな物では説明出来ないけど……。一目で彼に恋をしたのだ。
これが恋であるとはまだあの時の僕では気づけなかったけれど、それから彼を目で追うようになって……。クラスも違ったから一緒には居れなかったけど、ことある事にくっついて行った。そんな積み重ねを経て、2年の4月に彼へ告白している。それまでの一年の間に考え込んだ。ひたすら考えた。あの時に僕が感じた気持を…ね。その後、彼と僕は恋人になり、彼のテンポに合わせてゆっくりと関係を深めていく結果となった理由である。
『……悠ちゃん、寝顔、かわいい』
お父さんには僕の変化が解っていたらしい。お父さんは先生を志していた時期があるらしく、そう言った人を観察する目がとてもいい。愛娘と自分で言うと……。うう゛ん……。一人娘が急に色気づき始めたのに気づいたのか、お父さんは徐々に亡き母の遺品を解放するように僕へ渡しだした。母は綺麗な人だ。写真でしか見た事無いからそれしか知らない。母の声もぬくもりも感じた事はなかった。
僕は顔立ちが母に似たらしく、ボーイッシュで男の子みたいだった容姿はだんだん写真の母と被りはじめ、髪を伸ばした事により今では瓜二つだ。
そして、ある日お父さんに伝えられた。僕は普通ではないと。母は不安定な体質に加えて風邪などの病気にかかりやすく拗らせやすい…、病弱であったらしい。それは母の家系が普通ではないから……と教えられた。どう普通では無いのかと言えば一言には説明が難しい。だけど、人間生活中の『普通』とはかけ離れた能力を持つ一族だったのだとか。母は特にその特徴を色濃く体に出した人物でそれの影響が祟ってか…僕の出産と同時に天国へ旅立ってしまったと言う。そして、母は僕にもその母より強大な力が宿った事をお父さんに伝えたとも。
『……何も起きないと良いけど』
隣に眠る彼。本当なら、本当なら僕も普通の恋愛がしたい。でも、僕は覚悟をしなくてはならないのだ。僕の体にある能力は悠ちゃんを苦しめる事になるかも知れないから。人間とかけ離れた僕は何かしらの厄をまい込ませてしまうかもしれないからだ。それはお父さんも言っていた。
奥手と言うより、ゆったりした悠ちゃんの挙動に僕もゆったりとしてくる。いつになっても僕に手を出さない彼に合わせる恋愛。僕は…早く形を作ってしまいたい。真横に寝ている……。本当なら彼から迫って欲しい。でも、僕がその気を匂わせたら彼は気づいてしまう。それは恥ずかしい……。
「紅子」
「……!?『お、起きてたの?!』」
「あのナイフが綺麗って言ってくれたよな?」
「え、あ、うん。綺麗だと思うよ」
「なら、あれは紅子に譲る」
「え? そんな! 悪いよ……」
「アレの価値を一番に理解してくれる人の所の方がいい」
悠ちゃんが朴念仁で助かったような残念なような。
と、悠ちゃんの事ばかり言っているけど僕らの恋愛がゆっくりなのにはもう一つ決定的な理由がある。こちらは確定的だ。僕は頭がとても悪い……。残念な程頭が悪い。しかしながら、母がそうであったように僕の体は悪魔の力を持っている。事象を肉体で記憶することにより挙動を高速化、能率化出来るのだ。なんで勉強とかにも使えないのか必死に色々してみた。でも、何でか勉強はまったく上向きにならない。それが良かったのか悪かったのかはさておき悠ちゃんとの時間が増えたりもしたんだけどね。
「悠ちゃんがいいって言うなら、頂こうかな?」
「俺もその方が嬉しい」
無感情と言うか妙にドライな悠ちゃんは周りから勘違いされやすいのかな? クールで落ち着いている反面、起伏が小さい感情表現から人付き合いが濃密ではない。だけど、悠ちゃんは優しくて紳士だし、家族思いな男の子だ。彼が誠実過ぎるだけ、僕は……そこまで綺麗じゃない。隣の布団の彼の手をまさぐって……握る。上を向きながら笑顔を見せている彼。僕も自然と暖かな気持ちになり、少し自己嫌悪した小さなササクレを取り去ってくれる。
急に恥ずかしくなって手を引っ込めようとしたのだけれど、悠ちゃんに手をがっちり握られていて離せない。悠ちゃんは確かに口数が少なくて物静かな人だ。だけど周囲の皆が思う程に感受性が薄くはない。だから、僕も見透かされないように必死だ。悠ちゃん……。まぁ、でも、悠ちゃんが朴念仁であるのは確かな事だろう。きっかけが無ければ手は出してこないだろう。一定のラインを保ってくる。互いにある不可侵領域を必ず守るような素振りを見せるのだ。
「緊張してるか?」
「え、そんな事はないけど」
「発汗、脈拍、どちらもそう感じさせるだけの物がある。初めてくる場所だから無理もないが、悩みとか他にも何かあるなら話くらいは聞く」
「う、うん。でも、大丈夫『そりゃ、隣に彼が居るんだからドキドキしますよ』」
「また、脈が上がったな」
「悠ちゃん、解って僕を虐めてる?」
「?」
あ、ホントに解ってない顔だ。仕方ないかな。少し大胆になってみよう。僕だって羞恥があり、欲もある。今回は欲が勝った形だ。いつもの僕ならこんな事はできないんだけどね。
モゾモゾしながら悠ちゃんの布団に入り込み、悠ちゃんが手を離したタイミングで向かい合う様に寄り添う。この態度が珍しいというか悠ちゃんに新鮮だったのだろうか。彼もそれに合わせて少し体勢を変えてくれた。腕枕の状態で彼の逞しさを少し感じている。細身にみえてもやっぱり男の子だし、筋肉質でゴツゴツした骨格だ。でも、この繊細な動きを取れる掌は…本当に綺麗。
ここまでしてるのに悠ちゃんが何で手を出してこないのかが少し不安になってきた。けれど悠ちゃんは僕を大事にしてくれている。そう感じている。時には悠ちゃんの獣なところも見てみたい気もするけれど……。僕から求めてはしたないとは思われたくないかなぁ。
「ははは」
「悠ちゃん?」
「紅子は解りやすくて可愛いな」
「え? ちょっ…急にどうしたの?」
「俺も男で、お前の事を愛してるんだ。こんな事されて耐えられる訳ないだろ?」
急に頭が枕に沈み、体には何かに締め付けられたような感触がする。悠ちゃんの逞しい腕……。
脈は更に上がり、焦りと羞恥が加速する。あ、まずい。欲に従順な僕はタガが外れてしまうと取り返しがつかない事を考えてしまいかねない。
悠ちゃんの顔が近づき僕の呼吸が一瞬止まってしまった。甘い? それとも少し苦い? 悠ちゃんが不思議な男の子だから悠ちゃんは不思議な味がしたのかも。あれ? 僕、抱かれたまま寝るの?
「悠ちゃ……?」
「すぅ……すぅ……」
「寝ちゃってる。可愛い」
恥ずかしさよりも距離が縮んだ事が嬉しくて気持ちが高揚している。
……僕が母の様に成るのも時間の問題なのかもしれない。前人の体験はそれを示唆している。母の遺品の中に母達がつけ続けていたのであろう日記があった。母”達”と言う理由。それは明らかに文字の種類が違ったからだ。母は祖母が外国人であった事からハーフらしいけれど、その祖母の年代と思われる日記は英語だった。そこから更に遡って行くと見たことも無いような線の羅列が見られ、読めない。僕に知識がないだけなのだろうけど。
抱かれたまま寝てしまった。朝、悠ちゃんの腕の締め付けがキツくなっていて抜けるに抜けられずじっとしている。そして、朝の5時に悠ちゃんが起き出して僕は解放された。今振り返るとかなり恥ずかしい。でも、ゆったりとはしているけど…変わり続けている。僕も悠ちゃんも。
「あと2日もある。あの子達とも仲良くしてやってくれ」
「う、うん」
「それにお互い、ゆっくり知って行かなくちゃならないこともあるだろうしな」
「で、でもね?」
悠ちゃんは朝が得意らしいけど、紫神ちゃんと紫杏ちゃんは苦手らしく姿が見えない。悠ちゃんもそう言っていた。何気ない日常だけど今の僕にはこの上なく大切な時間で、朝ごはんを用意しながら悠ちゃんと談笑している。これだけで僕達は夫婦のような情景であると…気づいて恥ずかしくなった。悠ちゃんはいつもの表情。でも、彼も暖かな空気が心地いいらしい。
話し方で悠ちゃんは割と雰囲気が出る。確かに無表情であまりにも意思表示に乏しい点については否定しない。だけど、悠ちゃんは私に意思表示しない訳では無いのだ。一番強い感情の現れは呆れと気づかい、次は軽い苛立ちと優しさだろうか。彼は基本的な成分として優しさで出来ている。優しいから僕は彼ならばずっと一緒にいて包んでくれると思った。自分で自覚した甘えん坊で寂しがり屋な所を…安らがせてくれる彼。
『に、新妻、新妻がいる』
「姉さん、もうお嫁に来たみたいですね」
「えぇっ!?」
「うん、反応も予想した通りだったね。しー」
「うん」
双子ちゃん達も起き出しに僕を玩具にしてくる。……こっちには慣れる事ができるか不安だ。2人には悪気はないんだろうけどね。なかなかハードな弄りで実は体力を結構消耗する。でも、2人も可愛い。朝ごはんに気づいて自席らしい場所に座ると食べようとするが……白いご飯と少し洋風な味付けにしたお味噌汁を添える。2人はまたよく分からない表情の後に顔を見合わせ、僕に向かって笑顔を見せた。
実年齢よりも容姿は大人びた2人だけど中身はまだまだ幼い? 頭は良いけど行動の端々に柔らかでかと言って粗暴とは行かない無邪気さがある。落ち着いた印象の紫神ちゃんも悪戯心が人の形になったような紫杏ちゃんも僕を歓迎してくれているようだし……。たぶん、もっと大人になったら2人も少しは落ち着くと思う。
「……」
「姉さん……どうかしたの?」
「え?」
「なんか嬉しそうだなぁって」
「嬉しいよ? 僕にはお父さん以外に家にいる家族も居ないから。悠ちゃんやしーちゃんとあんちゃんとこれだけ楽しく話せる時間がとっても暖かいの」
「姉さん……」
「お姉……」
僕よりも身長の高めな2人。お母様が背の高い美人だったから2人もかなりの美人になるだろう。僕を抱きしめてくる2人。二人共が笑顔のまま僕に抱きついて来た。
「いつでも来てね!!」
「姉さん、待ってる」
「えへへ、ありがとう」
「ははは」
……この悠ちゃんの笑顔が僕にある最大の原動力だ。僕の心は彼の笑顔に奪われ、今尚彼の笑顔に支えられている。
だからこそ母達の残した日記はまるで手紙の様で僕はこの先を案じずには居られない。無い頭で必死に考え、僕は悠ちゃんと皆と平和な暮らしを実現するために動かなくてはならないのだと……。彼を知り、彼と共に成長する。僕よりも頭の回転が良い悠ちゃんだからいつか僕が本当の事を明かす前にバレてしまいそうだけどね。……はは。
『魔女』と呼ばれていたり『女神』と呼ばれたり。僕らは様々につたえられ、それだけ多様な血筋がある。僕等の始祖の名……。それを僕が知った時、僕は人であり人でない存在となる。
「あ〜ぁぁ。お兄が18歳だったらなぁ」
「ん?」
「だってお兄が18歳なら結婚できちゃうでしょ? 女の子は16から出来るし」
「法改正されて女性も18歳からだよ。それから、そんなに安直だとお前の先が思いやられるぞ」
黙々と朝ご飯を食べている紫神ちゃんとお兄さんと僕を弄ろうとしてざっくり切り返された紫杏ちゃん。暖かな家族の触れ合いにとても心が柔らかくなる。2人が語り合うように…お嫁さんとしてこの家に入れたら……。そんな想像で赤面している様ではまだまだかな? 今日も含めてあと2日。2人と悠ちゃんと過ごす休日が楽しくて、楽しみで仕方ない。
……現実を突きつけられるのはだいたいが高揚した時。落差が大きいから辛く感じたりする訳である。だけど、屈するつもりはない。僕の母がそうであったように全力で立ち向かう。ただ、それだけだ。悠ちゃんが僕の方向へ視線を向けた。僕があまりにも見つめすぎたからだろう。
「さて、今日はどうしようか?」
「うちはお姉ように小物入れ作るからぁ」
「私も姉さんに似合うミニポーチとかバックを作るので。あんの方がこの状態でしたらお2人はゆっくりとデートでもどうですか?」
「どーせお兄の事だしお姉が我慢しちゃうから気づかずに放ったらかしてきたんでしょぉ?」
「……あん、それは言い過ぎ。でも、昨晩の様子からして姉さんはお家の家事に忙しく、兄さんも仕事等がありあまり2人の外出は無いのでしょうね」
…………と、言う事でいきなりのデートイベント勃発に驚きを隠せない僕でした。意外にも悠ちゃんが乗り気でとても驚いている。悠ちゃんを残し、準備のために双子ちゃん達に引き摺られて2人の部屋へと向かう。……2人の玩具からの脱出はまだまだできないんでしょうね。ハハハ………。