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日常と非日常  作者: OGRE
3/11

言の葉と心場

 言葉に出来ると言うのはとても大切な事だ。

 それは選択肢を広げ、様々な物語を紡ぐことが出来る。

 さて、卵か親か……。原因とは何か。様々に考えた。答えは自分の中には無い。だから、問いかける。そのためには言葉が必要だ。俺はそれが少し足りていない。彼女が羨ましいのかもしれない。

 連休の初日。紅子の手作り料理を振る舞われ、俺達は完全に胃袋を掌握された。そして、紅子は紅子で俺達の作品に見入り、特に紫神の作品の多くを羨ましそうに見回している。夕食までにはまだ早く、時間もある。そのために俺も少し頭を使って我が家を知ってもらう方向へ動いた。その前に妹達が我先にと色々教えたがったようだが……。

 紅子は無鉄砲なようで実はかなりビビりだ。天然とは行かないが少し抜けている。それだけに実は学業成績はかなり悪い。まいど俺が山張して成績不振者(アカテン)の講習を回避させている始末だ。ただし、教え方のコツさえ掴めばすんなりと覚える。教え方、飲み込ませ方次第ではこの子は天才になれる。加えて、この子は運動神経と第六感に優れている節があるのだ。体は有能なのだが頭が残念なこの子……。


「お姉、お姉! 一緒に陶芸やろうよ! お皿とかマグカップとか作ろっ!」

「……さっき気にしてたパッチワークとか刺繍とか……今からでも教えるよ? 姉さん」

「え、えっと……」


 優しい紅子にこの状況は酷な話だ。

 二人の妹達を巻き込み俺の工芸を披露する。と、言うよりは体験させた。3人にはガラス工芸をしてもらうのだ。まぁ、簡単なトンボ玉と涙玉だけどもね。ガラスの小物を造形するなんて紫杏は出来ても残りの2人は出来ない。紫杏にやらせようかとも思ったが、こいつは自分の製作物を1から構築しだす。そして、自分の世界に入ると出てこない。課題を与えたとしても結果は同じ、課題の範囲内でクオリティをどこまで高められるか……。その境地を見定めてしまうのだ。

 対する紫神は割と現実的で予め自らの限界値を想定し、無理、斑、無駄のある作業を排除しながら円滑に進める。几帳面な紫神は複製や量産、速い作業がお手の物であるから母も彼女をかっているのだろう。別に紫杏を信用していない訳では無いが、一品一作タイプの紫杏だと母の商売には合わない。まぁ、地名的致命的なのはこの子は布細工が苦手な点だろうな。


「ほぇ、紫杏ちゃん上手だねぇ」

「フフンッ! 布だったり糸だと紫神(しー)に負けるけど、こういうのならウチのが断然上手いんだよぉ」

「私は私の作品があるだけ、紫杏(あん)とは比較出来ないよ」

「お前達は双子だが向き不向きで言えば真逆だしな。2人のいい所を見せたんだ。俺も一応見せてやるよ」


 ガラスはひえて固まる際に割れやすい。その点でトンボ玉や涙玉は初心者にもオススメなアクセサリー系のガラス細工の対象となる。

 技術を盗みたいのか紫杏の瞳に真剣味がおび、紫神はあまりこちらに来ないために久しぶりに見るようで小さく感嘆の声、紅子も似た状態だ。まずは3人分のトンボ玉から作成する。

 紫杏は光り物に黒い色調を好む。黒く透けないガラスをベースに次は黒い色ガラス、少し温めた輝石を混ぜ込み、上から透明なガラスで抑える。内容は至極簡単な話だが、初心者は苦戦したりするかもな。

 次に紫神の物だ。薄紫色のガラスをベースに濃い緑、緑、黄、赤を配置する。そこから玉の形を崩さぬように維持しながら、ピックを用いて模様を描く。最終的に蝶に仕上げて上から透明なガラスで覆う。

 最後に紅子の物だ。真紅のガラスを下地に輝石を巻き付け、透明なガラスで閉じる。その上から透ける赤ガラスを用い濃淡を利用しながら模様を描く。

 これで完成と言いたいがそうではない。ゆっくりと冷却する事で色も見栄えも変わる。それがガラス。ゆっくりと冷やすためにある程度形を維持できる温度になったタイミングで灰の中に入れ固まるまで長時間を温度変化の少ない場所に静置しておく。ここからは近くで見ながら紅子が作るのを手伝うのだ。


「やっぱり実技方面は器用だな」

「う、うん。ありがとう」

『姉さん……。今のは褒められてないよ』

「そうそう、ゆっくりと回しながらヘラで形を整えるのもいいし、地面と水平にして傾けないようにな」

『兄ぃ……。お姉の扱い上手すぎ。と、言うかお姉チョロすぎ』


 紫杏はガラスの鶴を作り、保温冷却を目的とした設備に入れた。無理をしたり急激に冷やさなければ固めの状態を保っていたガラスは簡単に割れたりしないだろう。念には念を、管理を徹底と言ったところだ。紅子を抱き込み、顔を赤らめながら芯棒を回す姿を見ている。本当に表情豊かな娘だよ。

 銀細工をしながら紫神と紅子の相手をする。紫杏は既に自分の世界だ。あのようになってしまうと何をしようが満足するまでは頑として動かない。まぁ、母からの静止は渋々ながら聞き分けるがね。紅子の手の位置や慣れない道具の使い方を手助けしながら覚えさせ、最終的には紫神に追いつくくらいまでにはなった。紫神はどうにも溶かしたり造形する類の製作物が苦手らしい。図面を元に正確無比な手際をするが行き先が不安定な製作物に関して苦手意識があるのだろう。羨ましそうに紫神は紅子を見始めた。


「姉さんは覚えが早いです」

「そうかなぁ……。これは悠ちゃんのお陰だよ」


 生暖かな視線がこちらに飛んできた。紫神は理解したらしい。俺がこの子を選んだ理由を。生き方に達観し、後も先もボードゲームのような物と見ていた俺。そんな兄を見て妹達は兄は消極的で能動的な動きを見せないショボくれた人物とでも思ったのかな? だが、紅子の存在がチラつき始めてからは少し上向きになった。それは俺自身感じた変化だ。変化に敏感な紫神はより鋭敏に気にしたらしい。この子なら姉にしていいと彼女も思ってくれていると思われる。口数の少ない妹であるが表情は読みやすい。

 紫杏に至ってはお気に入りの玩具感覚だからな。2人とも気が早いがこれも着実な下積みだ。紅子は気づいて居るのか知らないが、完全に家の嫁として扱われている。2人ともこの娘を確実に家に入れるつもりと言うことだ。


「そろそろお夕飯の支度しなきゃ」

「もうそんな時間なんだね。お姉が来てると時間経つのがはやすぎるなぁ」

「姉さんは兄さんと寛いでて。私達で今日はご飯作るから」

「え? 泊めてもらってるのに悪いよ」

「普通はお客さんに料理させる方が問題なんだがな。まぁ、ここは2人の好意に甘えてやってくれ」


 紫神に気を使われたかな? 2人がベッタリであるため俺と紅子の2人きりという時間はかなり短かかった。紫杏はどうか知らないが紫神はそう言ったことに空気を読みすぎる。夕食の買い物も2人で自転車を使って向かった。紅子は急に2人きりにされ戸惑いながらも俺に視線を投げかけて来ている。羞恥には打ち勝てない、しかしながら一緒に居たい。少し遠慮がちな行動だ。母の工房には先程のドレスや他にも色々な物がある。視線をグルグル回しながら最終的に俺のスペースに戻って来た。銀細工中心だ。ほかにも、様々な物があるが彼女の目にはとある物が映り離れない。それは……。


「それが気に入ったのか?」

「え? あ、いや、綺麗だなぁって」

「ナイフ、しかもバトルナイフを見て綺麗ってのは少しあれだが……。嬉しいな。俺が最初に作った作品だよ。訳も分からず分厚い銀の板から作り出した物だ。母さんにはこっぴどく叱られたけどな」

「悠ちゃんの思いが…解るような気がするんだ」

「……コイツは2本で1対のククリで、同じ板から向かい合う様に2本作った」

「そうなんだ」

「こっちは小さい方」


 手に取らせ、柄の握り方から俺は強い違和感を覚えた。素人ではない。先端に重心のあるククリは独特の持ち方をしなければあんな細い腕には荷が重い。しかし、柄以外の触れ方はまるで包丁以外の刃物を恐れているような恐れを含んだそれ。俺達が異質であるならばやはり、この娘も?

 確かにこの娘の包丁の扱いは一級品だったが、バトルナイフと調理包丁では訳が違う。しかも、日本刀や両剣のように普遍的な形状の刃物ではない。さらにショーテルや青竜刀などのように刃に極端な特質はあるも、振り抜き易いような軽さもないはずのククリ。確かに調べでは紅子にはそんな曰くはどこにもないが、偶然にしては出来すぎてる。いつも母さんが言うように、引き合うのか? 母さんと父さんが引き合わされたように俺と紅子の間にも何かあるのかも知れない。


「へへへ」

「そんなに家は珍しいか?」

「悠ちゃんの事を知れて、とっても嬉しいし紫神ちゃんや紫杏ちゃんと仲良くなれたのが合わさって…もっと嬉しいの」

「気に入ってくれて俺も嬉しいよ」


 自分の発言に気づき、真っ赤になりながらククリをラックに戻す紅子。その直後少し引き気味で上目を使い、俺の前まで近寄って来た。今日は彼女の私服を初めて見て、俺も少しいつもと違う。彼女もふんぎりがつかないのか直ぐには動かなかったがゆっくりと、着実に俺に心を開いているのだと解った。体を寄せるように俺にもたれ掛かりながら両目を閉じて密着する。

 紅子の細い腕が背中にまわり、初めての強く広範囲になる温もりを受けた。今のこの娘ではこれが精一杯なのだろうな。だが、これも慣らしである。人類はゆっくりとした進化以外は望めない。それは急激に変化する環境に脆弱だからだ。俺は…それを克服した人類。様々に特化した道を選んだ人類達の一部族の1人である。

 それでも俺もこの娘も人類だ。似て非なる者でも基盤は同じ。心を持ち、意思を持っている。これからもこの娘を守りながら横を歩いて行けるならば、何がどう変化しても構わないさ。それが俺の望みだ。


「仲睦まじいのはよろしいのですが、兄さん、姉さん、夕飯の支度終わりましたよ?」

「ヒィェッ?!」

「ムフフフフ……。お姉って実は結構だいたんなんだねぇ」


 双子の子悪魔に弄ばれながら、紅子は紅子でポジションを決め始めていた。この配分だとメインの味付けやメニューの選択は紫神がしたようだ。紫杏は手伝いをしている。性格である程度解ってしまう。2人は双子で有りながら双子に見えないな。

 紅子を玩具にしているのを注意しながらも、久々に見る妹達の楽しげな表情に俺も温かみを受けていた。不思議と家族だったり交友関係に強い意識を持たなかった俺だが今がとても幸せだ。

 昼間に案内はしていたがこの建物の醍醐味でもある大浴場へ向かわせ、俺は母さんに電話をする。紅子(カノジョ)を連れてくる時に話さなければならない事が俺達にはあった。まだ、相手のお父さんに話を通していないから微妙ではあるがとりあえず母には言わなくてはならない事もある。俺達が微妙な立ち位置の種族であるが故にね。


『気づいたかしら?』

「これまでに感じなかった波や素振りが見られた。もしかしたら本人が知らないのかもしれない」

『その可能性は大きいわね。やはり、引き寄せてしまうのかもね。私とお父さんがそうであったように。貴方達も』

「俺は先の事は解らない。だが、今を、最善を取りに奔走するだけだよ。力の限り」

『お父さんにそっくりね。解っては居たけど貴方の”物”は解いてある。必要な時に使いなさい』

「解った。ありがとう」


 同族にすら”魔女”とか”巫女”として恐れ、奉られる程の母。前姓を”八岐”、父の家に入り現在は城井 紫苑。親が親ならば子も子と言うわけで、本来ならば異質な力などと呼ばれる物も特別な者の一部にしか現れない。それが俺達のような兄妹だ。

 いずれは言わなくてはならない。しかし、まだその時ではないだろう。言葉を選び、心が広がる場面を読む事も時には重要だ。これは人間生活においてとても重要な要素。そんな感慨に耽っていると、風呂上がりの3人が俺に風呂が空いた事を告に来た。


「兄さん、お風呂お先に失礼しました」

「かまわないよ」

「フフフぅ、お姉はお兄と混浴したかったんだってぇ!」

「ちょっ!? 紫杏ちゃん!!」

「紫杏、あまり年長者をからかうな。言って解らないなら後から叱らなくちゃならなくなる」

「あ、ぁぁ……。ごめんなさい」

「『あ、あの紫杏ちゃんを抑えてる。さすが悠ちゃん』」

「紅子も紫杏が無礼を働いたら遠慮なく報告してくれ。まぁ、紅子も弄られないように少しは強く出てくれ。あまり玩具にされすぎると手に負えなくなるからな」


 苦笑いする紫神に紫杏を連れていかせ、俺は離れまで紅子を連れて行ってから風呂に入る。以前は何に使われていたのか……。別荘? 小規模な旅館? まぁ、そんな事は何でも構わない。いずれ、伝えなくてはならないだろう。今ではない、先の見えない未来に俺達がどうなっているか……。そんな事を考えながら、皆の、俺が守れるだけの範囲の皆を守るために今は忍び、言葉を選ぼう。

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