閃雷の兆し
大なり小なり波や起伏と言うものが存在している。どんな物、状態、命にだって安定と言うもの概念は一直線ではない。その幅を守り切るための力を…耐久力を持たねばならないのだ。それが生き残って行くと言うこと。……俺達のような不安定な者でも。
守らなくちゃならない。護りきらなくちゃならないんだ。
「?! はぁ…はぁ…。何かの物体をどんな方法なのかは解らないが、破壊力がある速度で飛ばしてきたか……。"紅子の暴走"と定義するしかないか」
俺が父から受け継いだ力は……あらゆる状態の物質強化だ。しかし、別に物質を作り替えたりする訳ではない。古来より魔法とか異能と呼ばれる物を使える俺達のような血筋にすら、このような物は現れた事がないレアな力だ。今も紅子が放ってきた何かの攻撃を俺の武器で受け止めたにすぎない。
何もしないままでは鋼のククリ刀などただの金属の塊。ククリ刀の強度は勿論のこと、俺の筋力的にも普通なら耐えられる訳が無いのだ。俺が普通ではないから何とかできただけ。今、俺がしたのは俺の筋力ではなく外殻である鱗の硬質化と骨の強靭化だ。勿論、ククリ刀の素材も極限まで強化している。鋼などの金属に勝る強度を持った外殻まで強化した。
俺の能力は確かに人間の常識にはありえない。しかしながら、それを容易く超えたのが紅子のあの力だ。鱗が剥がれたり受け止めた腕の骨にヒビが入るなど、体にダメージが出るだけの威力が撃ち込まれてきたのだ。
先程から俺が使っている能力。これは一定の条件の許に俺が願う加工を対象物に施せる物。先程したように物体の強度を強化するのは勿論、穴を開けたり、削り出し、摩耗させたりするような日曜大工的な事もできる。最も汎用性が高く使いやすいが局所的でリスクも多い能力だ。使い易いから使うが使った後がしんどい。体、もっと言うなら寿命を縮めて能力を行使しているんだからな。
「ふーん、受け止めた…か」
「『お…かぁ…さん』」
「大丈夫だから……私に任せなさい」
とにかくこの場を移動する。
移動し、環さんお手製の道具を格納する魔法具から俺の武器の1つを取り出す。俺の能力は先程も言ったように素材の強化だ。俺が使うのは自分の力もあり、既製品を無理やり強化する方が効率も良かった。モデルガン……。BB弾を発射する仕様の物をある程度の範囲で内部改造し、俺が扱える弾丸を撃ち放つのに適した構造を持たせている。
おそらく、紅子は移動しても俺の位置を掴んできているはずだ。先程の攻撃にしても何を撃ってきているのかは不明。だが、ただ光線を放ったり雷単体を撃ち込んできている訳では無い様だ。ならば何かを核にした実弾射撃の類と見るべきだな。
そんな時に持ち出せるのはAMR…アンチ・マテリアル・ライフル。一撃で動きをとるしかないか。紅子本人には当てずに放たれる攻撃を無力化する。その間に紅子に詰め寄って無力化したい。距離を詰めてしまえばあとは俺の耐久力の問題だ。
「何をしてくるのかしら。何かを構えてるわね」
俺の力の特徴上、1回強化する時の強度がある程度固定されてしまう。だから、本来の弾として用いられるBB弾では素体が弱く、どれだけ強化しても差が出た分はカバーしきれない。他の部分を強化した上で、同様に底上げされている出力に対応しきれず砕けてしまう。弾を押し出した後の摩擦だけでも消せたら変わるかもしれないがな。だから、……俺の能力の本来の部分。よく間違えられるが錬金術は物質を作り替える技だ。しかし、俺の物は違う。無い物を作り、不可能な加工を可能にしてしまう技だ。ある程度のリスクは解る。しかし、深度の深い本来の能力が必要とする対価、それが解らないのだ。特に…ない物を作り上げた時の対価、何を対価にか? 俺にも…解らない。
改造が施されたライフルに弾丸を装填する。ボルトアクション方式のこのライフルは弾丸を1回の射撃毎に装填しなおさなくてはならない。だから乱射されるようならかなり歩が悪かったが、幸いな事に彼女の攻撃も放つ為に時間がかかるようだ。考える時間もある。次の一撃を相殺してからが勝負だ。彼女を傷つけたくない。ならば……できる事は…1つ。
「どうする気かしらね。まさか紅子を傷つける気かしら…」
……来る。
撃ってくる!!
弾丸を撃ち放ち、俺は銃を投げ捨て、フルパワーで全速前進する。全身の鱗、骨格の強度をできる限り強化する事で爆発をくぐり抜け、紅子へ急接近する。
すると逃げる素振りすらない。両手を広げて? 俺が飛びつくと……紅子のはずなのに紅子ではない反応が返ってきた。堂々と俺の唇へ濃厚なキスを。俺が抱き抱えたまま鉄塔の足元に着地し、話をする為に降ろす。着地後の立姿すら違うのだ。物腰も、纏う空気も、表情も、小さな動作が違えば立ち振る舞いも全く違う。可愛らしいはずの紅子が……妖美な雰囲気をまとっているのだ。紅子であり、紅子でない?
「貴方が悠染君なのね。娘がお世話になってるわ」
「? 紅子のお母さん? いや、お母さんは亡くなって……」
「私達は普通じゃないわ。何が起きてもおかしくない。あんな爆発に巻き込まれたら、普通なら死んでるわよ?」
紅子の瞳孔と皮膚に変化が現れた。まるで…俺達と同じ。爬虫類だ。長い舌をチラつかせながら紅子のお母さん?は俺を煽ろうとしている夏服であろうと冬服であろうと紅子は胸元はきっちり閉めている。しかし、2つ目のボタンまで開き、リボンをクルクル回しながら後ろで束ねている髪を解いた。
いつもの不安げで俺の顔色を探ろうとしたり、犬が甘えるような瞳ではない。明らかに誘っている。俺が驚きを隠せないでいると、空中から扇が飛んでくる。紅子と俺の間の地面に2枚の扇が刺さり……母が着地した。どうやら異変に気づいたらしいのだ。母は心を見る事ができる。だからいち早く異変に気づけたのだろう。
警戒と言うよりは解っていたと言うような感覚だ。何が紅子に起きているのかは明確に理解はしてい。だが、それに関係する情報をある程度持っていたのだろう。母はあまり集団行動をしない。と、言うよりは得意としないようだ。相談の仕方や物事の伝え方が下手で反感を買いやすいキツい性格を抑えないからだ。
「貴女が原因でしたか。可愛らしいお嬢さんだから見守りたいのは解りますが、過保護はよくないですよ」
「貴女が悠染君のお母様。悠染君が紅子を任せられるかを試そうとしただけなのですけどね。……合格ですけど。物申したい事はいくつかあります…が、時間もありませんし。今日の所はこの辺で」
紅子から発光が止まり、力が抜けた様に座り込んだ。……母の口振りではどうやら紅子自身の暴走じゃない。紅子の力は未だ不安定であることが浮き彫りになった。
母が侵入できなかった理由。それは紅子自身の防御能力ではなく。紅子の能力が一族の系譜に基づく能力であると言う事。彼女の力は……まだまだリミッターを構えているんだ。こうなると……俺の力を出し惜しみはできない。力が抜けて立てない紅子を背負い家まで走る。隣を並走する母は周囲を警戒しているらしい。まぁ、これが当然だ。異能を使える人間と亜人はあまり仲がよくない。それに亜人には種族や血筋毎のコミュニティ意識があり、種族や一族の思想にもよるが……、敵対している場合は攻撃をじさない種族もいる。
俺も本当ならば戦闘や派手な事はしたくなかった。それらは避けたかったのだが今回は急に起きた非常事態でもあった。母もそれが解っているようで触れてこない。母も気にしていて未然に防ごうとしていたらしい。まぁ、上手く行かずこの様な形になってしまったようだがな。
「さて、大変だったな」
「う、うん。今回は……僕が抑え込めなかったのが原因なの」
「抑え込めなかった…ってどういう事かしら?」
「はい。僕の力は感情によって力の放出度合いに上下が出ます。最近、嬉しい事ばかり続いたので……気持ちが緩んでしま……」
「それは貴女のせいとは言わないわ。原因はお母様。それに悠染、貴方もケアをしっかりしてあげなくちゃ」
「そうだな。それにしっかり紅子と話しておかなくちゃな」
紅子の持ち物の中にとても古い日記があった。何冊にも及び、何が書かれているのかすら解らない物があると彼女が語る。その中で直近の物は18歳で亡くなっているはずのお母さんの日記……。異変に気づいたのはその日記だった。他の日記は読めなかったために変化も解らなかったらしい。しかし、お母さんの日記に記されている最後の日付を見て俺も目を疑った。昨日なのだ。しかも、紅子と俺以外が知りえない時事まで書かれている。これが何を意味するのかは母の言葉から理解した。それは……。
「憑依踏襲型の異能術士。しかも肉体に作用し、血筋の女性にしか現れない。だから、私が紅子ちゃんの心と記憶に入り込んだ時にある程度の領域までしか入れなかったのよ」
紅子の記憶領域にいつ頃の"先代"から同居しているのかは紅子にも解らないらしい。紅子の中に別人格が居るのでは母も入り込めない訳だ。母の能力はかなり集中力を使う。その上で複数の人間の心に同時に侵入するという前提を作れば可能なことらしい。だから、いずれは紅子のお母さんと対話したいとも言っている。だが、その下準備が出来ていない場合は他人の心には侵入できない。便利で強力な力のようだが、コントロールと活用にかなりの練度を要し紫杏の能力同様、他の亜人や異能者にはバレやすい性質がある。
母は今回の事では紅子に負担がかかっていないかをより心配していた。おそらく紅子のお母さんが亡くなった理由を紅子のお父さんから聞き、心配しているのだろう。確かに紅子は怪我や病気はなかなかならないが1度なるとけっこう長引く。俺もそれを知っているから心配しているのだ。だからと言って過保護になりすぎるのも問題だがな。
「お母様ったら心配しすぎですよ」
「でも、万が一もあるし明日は"悠染と一緒"に学校を休みなさい。悠染も確かに貴方の力は解いてあるわ。だからと言って使い過ぎないように。悲しむのは貴方だけではないのだからね」
紅子の目の前で俺が叱られるのは珍しかったのか紅子がオロオロしている。俺も息子だから心配されるし、これくらいはよくある事だと思うのだが……。母はだから俺を異常な程気にして育てた。父は表向きは普通の人間。いや、能力を因子としては持っているが使えない人だった。それが俺には現れてしまったから……。発覚した直後から父も母も俺を一族から離して育てたと教えてくれたのだ。俺が道具として利用されないように……。
座卓に向かい合って座る。2人きりと言う状況にも紅子は慣れてきたらしい。紅子のマグカップにはココアを俺にはコーヒーを入れてある。お互いに飲んだり様子は伺うが会話はなかなか進まない。恥ずかしいと言うよりはやはり申し訳ないと言うような感覚らしい紅子は少し居心地が悪そうだ。まぁ、彼女のお母さんがした試練だった訳だが。紅子はそれをいつもなら押さえ込んできた。しかし、それができないだけ強い力で覆され、体の主導権を掌握されていたらしい。……らしいのだが。
「実はね。お母さんってちょっと意地悪な人みたいで」
「ん? あぁ、確かに紅子とはタイプが違うな」
「僕、悠ちゃんが僕を助けようとしてくれてたのをずっと記憶を使って見せてくるの」
「あ、あぁ……」
「悠ちゃんが抱きしめてくれた感触とか…き、キスの味とか…そ、その悠ちゃんが僕を大事にしてくれてるって……。恥ずかしかったけど!! 嬉し…くて」
どんどん赤みが増し、耳まで真っ赤になっている紅子。地肌が不健康な程白く見える紅子。肌はいつも隠したがるから見せていないのだがね。それだけ普段着はきっちりしているはずのなのに、部屋着は何故かラフな紅子……。目のやり場に困るんだよな。小さな体格の紅子だが主張する所は主張している。風呂も済ませているせいか色っぽくもあるのだ。傷一つない滑らかな手を、腕を撫でていると紅子が何かを言おうとしている。
だが、ここからは言わせない。明日は母が学校に連絡するといっていたし、ゆっくり起きても大丈夫だろう。お互いに伝えなくてはならない。紅子は解らないらしいな。なら、俺がわかりやすくなる様に地盤を作らねばならない。
「俺の事も伝えておかなくちゃな。……紅子がどんな血筋なのかは俺には関係ないよ。俺が愛してるのは今の紅子だけ」
「ゆ、悠ちゃん……恥ずかしいよ」
「だから、俺の事も今の俺だけを見て欲しい。過去とか未来とかじゃなく。今の俺を」




