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霊魂

少し短めです。


石が擦り合うような音がしばらく続いていた。


天井の中央にあるくぼみから流れるように続くみぞが向かうのは、床の中央にある小さな窪み。

可視化かしかされた魔力が溝を通ってそこに注がれ、部屋そのものを動かしている。


「エレベーターときたか」


「うん。一瞬、転移魔法の陣かと思ったよ」


つまり、この部屋そのものがひとつの移動装置というわけだ。

ヤヨイがここを見つけるに至った魔力の反応は、その仕掛けの一部に施された手書きの魔方陣──魔術の痕跡だった。どうやら途中の回線が途切れ、魔術が起動していなかったらしい。


部屋が動き出してから数分。前世の記憶にあるそれと比べて性能は悪いので、降りたのは100メートル程だった。

壁で埋もれていた部屋の入口は別の通路に繋がっている。


ヒカゲに視線を送れば、彼は腰から一本の短剣──魔剣を取り出した。

それに右手を添えて念じると、彼の足下に体を包むくらいの魔法陣が浮かび上がる。彼はしゃがみこみつつ短剣を前に出し、地面に突き立てる。すると、小さな音が波紋のように広がっていった。


「どうだ?」


「どうやら、ここからが迷宮の本番みたい」


真剣な表情で、彼は魔術の結果を説明した。


「可能な範囲で索敵してみたけど、蟻の巣状に入り組んだ地形になってる。広さは想像がつかない」


今彼が使ったのは、ヒカゲの魔剣とヤヨイの支配魔法を使った応用技だ。

込められた魔力に応じて指定の位置に音を発する魔術。魔剣によるそれに支配魔法で介入し、彼に魔法陣を通してその結果を伝える。イルカやくじらのように音の反射とその時間で周囲の環境を把握する、前世の知識を持つ彼らならではの方法だ。


「どうする?」


「先に進むしか無いだろう」


問い返すと、黙ってそれを見ていたアキラが口を開いた。


「それに、どうやら上と大差は無いようだな」


暗い部屋の外を睨みつけて彼女は続けた。

ヒカゲが頷くのを見る限り、それは事実なのだろう。


「行くか」


そう決意した時、通路の奥から何かが唸るような音がした。






それから四人は、迷宮を攻略すべく部屋を出た。

蟻の巣状というだけあって、坂道やY字路などが至る所に存在している。人工的に作られた、天井も壁もレンガで覆われた道を、ときにのぼり、ときにくだり、歩き続ける。魔物との遭遇率は普段の第一層とそう変わらないようで、ある程度余裕を持って攻略できていた。しかし、地竜や蜘蛛など、魔物も強くなってきている。


「少しずつ、下に向かってるな」


「うん」


下に向けて歩いているのに上り坂を歩くとは思っていなかったが、これまでの道のりを考えると少しずつしたに向かっているのがわかる。ヤヨイは探索用の魔法を考えておいて正解だったと心の底から思った。


そうして進み続け、それと遭遇したのは数時間が経過した頃だ。


「番犬か何かか?」


薄暗くて良く見えないが、暗い中でも光っている赤い瞳は敵意をむき出しにしていた。

それからしばらくの間睨み合い、ヤヨイが静かに身構えた時だった。

敵と判断したのか、彼らは吠えながら物凄い勢いで走り出し、襲いかかってきた。


シグレの付加エンチャントによる魔力の刃が番犬の喉元を切り裂くが。


「なっ!?」


普通なら絶命するはずの一撃を喰らっても、それはヤヨイに噛み付こうとする。

思いもしない行動に反応が遅れるが、間に割って入ったアキラが剣の腹で犬を叩き飛ばす。


「助かった」


「おう。だが──」


彼女は言いかけて、そして再び剣を振るう。

ヤヨイの目の前を何かが横切って、ポタリと地面に落ちた。


「アキラ!」


「どうやら、こいつらだけじゃないらしい」


辛そうに呟かれた彼女の言葉に目を凝らしてみれば、暗闇の中何かが蠢いているのが分かる。

右に、左に。一体ではなく数体の何かがゆらゆらと動いて迫ってきているように見えるが、良く見えない。

すると、足元を何かが転がって行った。ヒカゲが用意していた、魔力を込めると光を発する魔石だ。

青い光が謎の存在の足下を照らし出し、薄汚れた布と足が見えた。


「……テイケ」


直後、掠れた声が響いた。


「ココカラ、デテ、イケ」


「カミノツカイニ、タタラレタク……ナイノナラ!」


正体不明の何かが叫んだ時、魔石が周囲一帯を照らした。

ボロボロに崩れた服を身に纏う、青白い肌。

それは正しく、死人だった。


「アンデッドか!」


時に魔物にるいして現れ、時に黒魔術によって仮初の体を与えられた霊魂。それがアンデッドだ。

視線をずらせば、シグレとアキラの攻撃を受けた犬の姿もはっきりと見えた。皮にところどころ穴が空き、体もえぐられて、顔の肉が見えている。


輪廻の枠から外れた死人は、生きていた頃の想いをただひたすらに叫び続け、手に持つ弓を構えた。


「下がれ」


ヤヨイを庇うようにアキラが立った。剣を構えている彼女の頬には薄く血が流れている。

弓弦ゆみづるが振れる音がしたが、彼女は退しりぞかない。壁に映る影が、彼女の頭に向かってぐ走っていく。


そして、黒い風がそれを吹き飛ばした。


「何が!」


「シグレ?」


後方にいたヒカゲの焦ったような声が、耳に届いた。

ヤヨイが振り向くと、シグレがこちらに向けて歩き出していた。

巫女とうたわれた少女は、ただ静かに目を伏せ続けたあと、そっと微笑んだ。


「もう、縛られなくていいよ」


まるで涙でも流しているかのように、悲しそうに、死人たちを見ている。


「あなた達は、あなた達の道に、かえっていいの」


紡がれた言葉を証明するように、どこからともなく黒と白の光の粉が現れた。風に仰がれた花びらのように舞うそれは、死人を誘うように彼らの周りを流れていく。

仮初の体が朽ち果てていく。彼らの声が、心の叫びが小さくなっていく。彼らは静かに、彼らにそばへと歩き続ける少女を見つめていた。


辿り着き立ち止まった彼女がどんな顔をしていたのか、ヤヨイ達には知るすべもない。


感想やアドバイス、要望などがあればぜひ聞かせてください!

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