故郷
魔剣が振り下ろされた瞬間、どこからともなく巨大な荷物が現れた。
中にあるのは、四人で詰め込んだ野営用のテントや食料などだ。
「よい、しょっと」
さりげなく空間魔術を使ったヒカゲは、テントを真っ先に取って高々に告げる。
「キャンプなら慣れてるから任せて!」
「普通はこんな場所でキャンプなんてしないけどな」
彼らがいるのは、テイテス山の麓にある森の中だ。
山に入れば強力な魔物が出てくるため、ここを野営に選んだ。魔物避けの魔道具もあるので問題は無い。
「ヤヨイ」
「ん、どうした?」
袖をくいくいと引っ張って、シグレが声をかけてきた。
その仕草はヤヨイにとって可愛らしいものだったが、次の問いに思わず固まる。
「キャンプって、どんな意味の言葉だっけ?」
硬直はしばらく解けなかった。
気づかなかった自分が、そして今の今までそれを隠されていた事実が、信じられなかったからだ。
「どうしたの?」
「……いや」
思えば、今回だけではない。今までにも何度か彼は、本来なら知りえない言葉を使っていた。
『レッツゴー!』
確かに、偶然かもしれない。
その言葉がこの地に、何故か残っていただけなのかもしれない。
しかし、そう簡単に片付けられない問題でもあった。
(まさか)
浮かんできた答えが確信を帯び始めるまで、そう時間はかからなかった。
食事も終え、さて眠ろうかという頃合いだ。
ヤヨイは話があると告げて、ヒカゲと共に湖を訪れていた。
野営地のすぐ近くにあるのは、水場が近い方が何かと楽だからだ。魔物避けの範囲内なので、安全も確認出来ている。
「どうしたの、さっきから」
ヤヨイの雰囲気が変わったことにはどうやら気づいていたらしい。
「まだ、聞いてなかったなと思って」
尋ねていいものか。言葉にしてしまえば、
だがそれよりも、このまま口にしないでいることこそが間違っている。そう思ったからこそ、早くなる鼓動を押し殺して、ヤヨイは過去にシグレにした質問を口にした。
「お前は、自分がどこで生まれたのか分かるか?」
ヤヨイの言葉を、ヒカゲは何でもなさそうに静かに聞いている。
「お前は──」
そして答えを待たずに、もう一つの質問をぶつける。
「──自分がどうしてこの世界に生まれたか、知ってるか?」
遥か昔に起こった神々の戦争。
世界そのものを書き換えたとある神の存在。
その事実を知っているのか。それとも知らずに、昔のヤヨイのように知識を持つだけなのか。
「さあ、分からない」
少しだけ低い声音で、ヒカゲは優しく答えた。
ヤヨイはすぐに言葉を返そうとした。しかしそれを遮るように、彼は続ける。
「でも、君たちが何者かは、何となく知ってる」
何者か。
君たち、というからには同郷の出身であることを言っているのだろう。
「初めて見た時から、他人な気がしなかった。言葉を交わしていくうちに、ヤヨイも同じだってことも分かった」
さり気なく、それこそ知識があるヤヨイには注意しなければ気が付かないように、彼は前世でのみ使われていた言葉を使っていた。
この世界の人間が知らない言葉が通じたことで、ヤヨイの正体に行き着いたのだろう。
「ほっとけなかったから助けたんだ。それで、こうしてパーティーを組んで、仲間にもなれた」
拳をぎゅっと握り締めるのは、伝え難いその言葉を伝えるためだろう。
「遠い故郷に未練なんかないよ。僕の家は、故郷はここだから。だから僕はこれからも、冒険者をやっていく」
一緒に帰らないか。ヤヨイはそう提案するつもりでいた。
きっと、以前二人の事情を説明した時から考え、そして決断したのだろう。
「そうか。なら、余計なことは言わないでおく」
彼がそれを望まないのなら、元から無理強いするつもりはなかった。それに、ヤヨイにも分かる。自分が決めたその場所こそが、自分の居場所になることを。
「ありがとう」
それから少しだけ、この世界に関することを話した。サリアのことも含めた神々の争いには興味を示す辺り、伝説や歴史などが好きなのだろう。
一通り話終えると、また沈黙が始まり、次にヒカゲが尋ねてきた。
「ヤヨイは、どんな夢を描いたの?」
「夢?」
「うん」
彼は何かを思い出すようにして、苦しそうに笑った。
「死ぬ時に、強く願ったんだ。僕、ずっと病気のせいで外に出られなくて。これで終わりたくない。もし次があるのなら、魔法を使いたいって」
その発言にヤヨイは驚きを隠せなかった。
彼には記憶があるのだ。前世の自分を別の人間とそれなりに割り切っているヤヨイとは違う。それはつまり、彼にとってこの生は前世の続きということに他ならない。
人の強い意志を、言葉に乗せて形にする。それがサリアの能力だった。
彼女の力によるものかは分からない。けれど、その願いこそが、彼をありのまま、この世界に導いたように思えた。
だが、報われないなともヤヨイは思った。
それでなぜか、魔法が使えない体に産まれてしまったのだから。
「いつかこの手で、魔法を使えるようになるために。そのために僕は、冒険を続けるよ」
それでも少年は、絶えず夢を描き続ける。
冒険だらけの人生の先に、夢見た世界を。
ヒカゲが先に戻ってからも、ヤヨイは湖を前に腰掛けていた。
悩みというほど悪いことではない。彼の言葉に、思うところがあったからだ。
「眠れないのか?」
だがその物思いも、歩み寄ってきた何者かに止められる。とはいっても、他人ではない。
ガシャりと金属音を立てながらヤヨイの隣に座り込んだアキラの目は、彼を見ていなかった。先程のヤヨイと同じように、湖に浮かぶ月を見つめている。
「ヒカゲを、連れて行きたいのか」
何故か、今だけは。狂戦士とさえ呼ばれる冒険者ではなく、彼女がただの少女に見えた。腰に携えた剣はそのままで、年も強さもヤヨイの上を行くにもかかわらずだ。
「いーや」
「お前たちは、故郷に帰りたいんだろ」
そんな彼女を安心させるように、軽い返事をして首を振る。だが、少し拗ねたように彼女は言った。
夜も更けた。月明かりだけでは僅かな表情の変化までは読めない。だがその声音は、いつも覇気を纏っている彼女のものとは正反対に、弱々しかった。
話を聞いていたのだろうか。
彼女らしくもないと思いながら、ヤヨイはぽつりと答える。
「そのうちな」
今もちょうど、その事を考えていたところだつた。
不安と呼ぶほど恐れてもいない疑問が、ヤヨイの口から零れ出す。
「受け入れられるかも分からない。よそ者扱いされるかもしれない。追い返される可能性だってある」
彼の育ての親であるフェルクの言葉が、全て真実であるかなど分からないのだ。彼自身騙されていた可能性だってある。連れ去られたはずの我が子が突然戻ってきたと言っても、果たして信じてもらえるかどうか。
けれど、それでもシグレは家族だ。血が繋がっていないフェルクも。そして、彼と共にあるあの女神も。
「だからってわけじゃないけど」
手を後について、視線をすっと星空に向けてヤヨイは言った。
「今すぐには望まないよ。お前たちと冒険者をやっている今が、楽しいからな」
「……そうか」
未だに顔色は分からない。
けれど、その声は、どことなく嬉しそうだった。
(楽しい。そう、楽しいんだ)
魔物を倒す日々ではあるが、彼らと過ごす時間は居心地の良いものだ。それはきっとシグレも同じだろう。
(ずっと、自由を得たいと思っていた)
今だって、怯えている。
また何もかもが縛られたあの世界に、連れ戻されるのではないかと。異国の魔導師を、邪悪な神々を、ヤヨイも、そしてシグレも恐れている。
でも、それでも彼は。
(もし、これが自由なら、俺はこの日が続くことを願うだろう)
仲間と笑い、共に歩く日々を、願うのだろう。
ヒカゲとアキラの設定はこの作品を考えた当時から決まっていました。ヤヨイが初めて出会う他の転生者がヒカゲです。
地味に張っていた伏線……うまく張れていたでしょうか(こんなものですみません)?
アキラも重要キャラなのでどうぞよろしくお願いします!
次回はダンジョンに突撃します!
アドバイスや感想、要望があればぜひ聞かせてください!
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追記
申し訳ありません。体調不良により投稿が一日遅れます。2月22日のうちに投稿するので、よろしくお願いします。




