休日
宿の受付近くには、程々の大きさのスペースがある。待ち合わせをする者や知人との会話を楽しむもの、今回ヤヨイは後者だったが、その話題は重々しいものだった。
「彼女の動向はこちらでしっかり掴んでいます。ありとあらゆる魔術、魔法を用いて監視中です。何かあれば魔石で連絡をするので」
「それは、まあ、安心しました」
フィオレの報告に少しだけ驚きを隠せないまま答える。
ギルドの上層部はアイレーン法国の大使であるアイセラを敵視し、可能な限りの安全を確保してくれていた。無関係の怪我人が出ていないとはいえ、街中で戦闘を行ったのだから当然といえば当然だが。
しかし、かと言って拘束するまではいかないらしい。仮にも宮廷魔導師団団長だ。国同士の諍いもそうだが、彼女自身も相当な実力者なのである。下手に手を出せばどうなるか分からない。
この前出会ったクロアという魔導師の伝手もあるのだろうが、今考えられる中でも最大限の恩恵を得られていた。
と、難しい話はそこまでで、互いの先日の出来事を話し合う。
「そうですか。テイテス山に」
ダンジョンに挑むと聞いたフィオレは表情を曇らせた。
彼女がなぜそんな顔をするのか。思い当たらなかったため、ヤヨイは目でどうしたのか尋ねたが。
「冒険者としては──いえ、例えどちら側としてでも、笑顔で送り出すべきなのでしょう」
曖昧な答えだったが、ヤヨイは何となく彼女の想いが分かった気がした。
冒険者としては仲間の大成を願うべきだが、彼女は今受付嬢を本業としている。危険へと飛び込む危険を知りながら、送り出す立場にあるのだ。
「でも、やっぱり私は心配なんです。だから、気をつけて、冒険を楽しんできてください」
しかし、最後にはそう言ってヤヨイを送り出してくれた。
「んー、これか?」
それから数時間後。
ヤヨイはヒカゲと待ち合わせ、冒険者のためのアイテムを揃えた道具屋に訪れていた。
「フィオレさんがそんなことをねぇ」
品定めをしながら朝会ったフィオレの話をしていると、ヒカゲはニヤニヤしながらそうこぼした。
「お前にしては珍しく含みのある言い方だな?」
「だってあの人、冒険者時代は結構無茶してたんだよ?レイに付いていってからは注意が多いけど」
ヤヨイはフィオレが昔の自分について話していたことを思い出した。確かに今の彼女からは思い浮かばないが、あの様子では有り得なくもないなと納得する。
ちなみに、彼がギルドマスターを愛称で呼んでいるという衝撃の事実については、今度触れることにした。
「まあ、油断出来ないのも分かってるけどね」
その声音は真剣味を帯びたものだった。いつもの元気な声とは違う、静かで低い声。年相応に感じられないその雰囲気に、ヤヨイは自然と疑問を口にしていた。
「なあ、お前って何年冒険者やってるの?」
「うーん、五年くらい?」
「へ!?」
その即答に驚きのあまり声を上げた。
五年前といえば、ヤヨイがまだ父と共に暮らしていた頃だろう。あの頃から、この強大な魔物が跋扈する国で冒険者をやっていたとしたら。
ヤヨイの面白おかしい反応にヒカゲは首を傾げている。
「いや、何でもないっす。先輩」
「くくっ。やめてよ!」
ヒカゲはアイテムを物色しながら右手で制してきた。
「早く始めたって言っても、あの頃はアキラをずっと頼ってたなぁ。……ヤヨイから見てさ──」
少し黙った後、緊張したような顔でヒカゲは問いかけてくる。
「アキラって、どう思う?」
ここにいない二人の相棒は、朝から一緒に出かけている。元から二手に分かれて準備を進める手筈だったが、彼女たちにとっては一種の休日でもあるらしい。
ここ数日でアキラという女剣士のことも少なからず分かってきた。が、考えてみるとシグレが距離を縮めた今、ヤヨイが最も遠い位置にいるのだろう。
そんな彼にとってどう見えているか、といえば。
「一見するとガサツで力任せなところがあるが、時折見える礼儀正しさとかが気になる、かな。詮索するつもりは無いが、まあ──」
一度止めて、自分の評価を改めて考えてから口にする。
「例えどんな人間にしろ、俺にとっては変わらないな。もう仲間だし」
最後にボソッとそう付け加える。
例え彼女の過去にどんな秘密があろうと、そんなことはヤヨイにとって無関係だ。今の彼女は、少なくとも背中を預けられるくらいには信頼出来るのだから。
となると、やはりもっと親睦を深める必要があるだろう。さてどうしたものか。ヤヨイはヒカゲの反応そっちのけで思い悩んでいたが。
ふと、隣の彼がクスクスと笑っていることに気がついた。
「ん、妙なこと言ったか?」
「まあね」
その横顔は、そこはかとなく嬉しそうだった。
❄︎
「へえ」
間延びした声を上げながら、シグレは自分の手に乗せられた長剣をマジマジと見ていた。
「この剣を、ヒカゲ君が」
アキラが日頃愛用している長剣には、シグレにも全く読み取れない複雑な記号がびっしりと彫られている。指先の感触も、彼女が触れたことのある剣とはだいぶ違ったものだった。
そして何より。
(お、重い)
「ああ。私のためだけに作ってくれた特注品だ」
アキラは嬉しそうに微笑んでいる。
なるほど。物理的にではなく込められた想いも確かなものらしい。
「あいつの魔剣と同じ造りになっていて、どんなに乱暴に扱っても決して折れない。手入れは必要だが」
「結構長いんですか?……あ」
軽く尋ねたつもりが、すぐに間違いに気がついた。
やや視線が鋭くなったアキラから目をそらして、今度はぽつぽつと小さな声で聞く。敬語は無しだと、彼女はパーティー結成時に言っていたのだ。
「長いの?付き合い」
だが、言い直したことに怒った様子もなく、アキラはすぐにニコリと笑ってから、懐かしそうに話す。
「あいつが冒険者を始めてからだから、もう五年近くだな。あの頃からあまり変わってない」
確かに子供っぽさはだいぶ残っている。というか、むしろ年相応とも言えるかもしれない。シグレ達がだいぶ大人びているような気もする。
だが、きっとその事ではないのだろう。彼女の言う、ヒカゲの変わらない部分というのは。
「お前の方は?」
アキラは自分の話はそこまでにして、シグレに問い返した。
自分に話を振られるとは思っていなかったので、慌ててヤヨイとの出会いを思い出す。
「私は、まだ半年も経ってないよ」
「意外だな。その割には随分心を開いてる」
「生き別れた家族、だからかな。血が繋がってるかは分からないけど」
仲間だし、隠すことはない。
家族だ。同じ故郷で生まれたのだ。それでも、自分と彼の関係性が未だに難しい。なんとなく感じた不安を口にして、そしてアキラが自分を見つめていることに気がついた。
「どうかした?」
「いや、何でもない」
感情が抜け落ちたような、深刻そうにも思える表情で頭を振った。そして、心配するまもなく笑顔が戻る。
「美味しいものも食ったし、そろそろ行こう」
「うん」
深くは触れない。どうしたらいいのか、あまり人と深く関わってこなかったシグレには分からない。
それでも、いつか話せるといいなと思いながら、アキラの後ろを付いて行った。
❄︎
そして、次の日。
ギルドの前で集合した四人は、各々の荷物を再確認して向き合う。
「今、どんな気分?」
ヒカゲがそんな質問をしてきたのは、さあ旅立とうというその時だった。
「危険な魔物か蔓延る迷宮だぞ。でもまあ、楽しみだな」
「そうだね。何度味わっても、ううん、味わってるからこそそう思えるよ」
ヤヨイの答えに他の三人も頷き返す。
そして、何故か立ち位置を変えたアキラは。
「ん」
拳を突き出してきた。
意図が分からず彼女を見れば、やる気に満ちた表情で答える。
「パーティーで初めての大仕事だからな」
笑う彼女は、何を夢見て言っているのか。
ダンジョンを制覇した先に浮かぶ光景に、自然と皆笑みを浮かべていた。
「出発だ!」
ヤヨイの発した言葉のすぐあとに、全員の強い掛け声が重なった。
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次回は少し秘密が明かされるかも?




