準備
話し合いを終えて外に出た頃には日も暮れていた。
王都で初めて送る日がこんなものであったことにヤヨイは頭を抱えたくなるが、悪いことばかりでもない。
「すまないな。何から何まで世話になって」
ヤヨイは恩人二人に向けて礼の言葉を述べた。助けられただけでなく、今後も行動を共にすることが決まったのだから。
「いいよいいよ。こっちも助けてもらうわけだしさ」
ヒカゲはそれに対し笑顔で返していた。これからはパーティーメンバー。協力してクエストをこなす関係だからだ。
幸運なことに大通りまではすぐそこなので、帰り道に襲われる心配もない。付き添いはここまでで良いとのことだった。
「それじゃ明日、冒険者ギルドで待ってるね」
そう言って、彼らの宿へと帰って行った三人を見送る。フィオレは再びお辞儀をしていた。彼らを頼むということだろう。
一頻ひとしきり手を振って、ヒカゲとアキラも住まいへと戻った。
「で、ヒカゲ。あいつらは何なんだ?」
扉が閉まったところで、アキラはヒカゲに問いかけた。
「お前が妙な魔力を感知したと言うから向かってみれば、そこにいた。それもあの女が関係してるときた。どういうことだ?」
彼女達がヤヨイ達と遭遇したのは、彼がそこに誘導したからだ。長い付き合いであるヒカゲのことは信用しているが、理由を知らなければおいそれとパーティーなど組んでいられない。
「別に何も無いよ」
しかし、どこか警戒するような気配を放つアキラに、何でもない様子でヒカゲは答えた。
「ただ、僕にとって彼らは、赤の他人じゃないから」
付け加えられた言葉は、むしろどこか哀愁を漂わせている。けれどそれも一瞬のことで、すぐにアキラへといつも通りの声音で問い返していた。
「そう言うアキラも大分気にかけてたみたいだけど?」
「────気のせいだろ」
ヒカゲの横を通り過ぎてズカズカと上がっていく後ろ姿には、今まで彼が感じたことのない色が見えた。
❄︎
「さて、勝手ながら悪いけど、簡単な討伐クエストを見繕ってもらったよ」
翌日。
ヤヨイとシグレが宿で朝食を食べ終えてからギルドを訪れると、既にヒカゲとアキラはテーブルの一つに腰掛けていた。早めに来てクエストを選んでいたようだ。ちなみにフィオレはマスターであるレイロードに頼まれた仕事をこなしている。
『湖に現れた蠢く影』、『荒らされた森の奥』、など独特な名称が書かれた羊皮紙が卓上たくじょうに並べられている。
挨拶もそこそこに、四人でそれを囲むようにして座った。
「王都内にも魔物が発生してるのか?」
アイレーン法国出身のヤヨイ達からしてみれば異質なことだった。クエストの場所が全て、王都の中にある湖やら森やらに限られているのだ。
だが、ヒカゲの様子から見るに、信じられないが割と普通に起きることらしい。
「どこぞの王族が魔力が集まる場所に王都を作ったせいでな。最もこういった自然が残ってる場所限定で、頻度も低い」
ヤヨイの質問に答えたのは、彼ではなくアキラだった。『どこぞの王族』と言った時僅かに語調が強くなっているように感じたが、それは深く気にせずヤヨイは考える。
すると、今度は先程のヒカゲの言葉が浮かんできた。
「難易度はさておき、なんで簡単なものを選んだんだ?」
「僕達、まだお互いのことよく知らないでしょ。だから本格的に活動する前に戦い方を知っておこうと思ってさ」
強大な敵を前にした際、仲間との連携が最も重要になる。全てとは言わずとも、互いの手の内を知っておく必要はあるだろう。
要は、この高額報酬のクエストは準備運動代わりというわけだ。
「よし、レッツゴー!」
テンションの高いヒカゲの掛け声と共に、四人は冒険者ギルドを後にした。
ゆらゆらと揺れる小舟の上で、彼らは水面下を見下ろしていた。
ちなみに、オールを漕こぐのはアキラの役割だ。
「力仕事なら得意だからな」
そう宣言して役を買って出た彼女は、重いオールを難なく振り回している。
(強化……いや、どちらかというとゼノと似てる)
魔術や魔法と違い、魔力を纏って肉体を強化する技だろう。
来る途中の説明では、アキラの戦法は至ってシンプルなものだった。魔法は使わず、肩に下げた長剣一つの近距離戦だけらしい。
魔法大国であるフラキオで魔法を使わずに冒険者を続けている。それが異質であることに気付きながらも、昨日の戦闘を見たヤヨイならそれも当然と思えた。あの怪物相手にヤヨイ以上に善戦できていたのだから。
「この辺りか」
小舟が止まったのは、湖畔のだいたい中心辺りだ。王都の十分の一を占める湖で、ここからでは端が霞んで見える。
「さて、始めようか」
ヒカゲは懐ふところから羊皮紙を取り出し、湖へと放り投げた。ヒラヒラと落ちていくそれは水面に浮かぶと、灰色の光を放ちながら耳障りな音を発し始める。
振動系の魔術だ。羊皮紙に手書きで描かれた魔法陣に、ヒカゲが魔力を込めたことで発動した。
「多分五秒もすれば来るから」
こんな場所でそんな技を披露する理由は一つ。
おそらく様子を伺っている獲物を、炙あぶり出すためだ。
直後、舟が大きく揺れた。
間欠泉かんけつせんのように太い水の柱が立ち上のぼる。それはピンポイントで羊皮紙目掛けて繰り出されたものだった。そして、それに負けないほどの大きさの魔物が姿を現した。
「……双頭鮫ツインヘッド・シャーク」
ヤヨイは、いやその場の全員が、上から見下ろしてくる四つの瞳に驚いていた。聞いていた話では、()
来る途中にチラと聞いたが、魔物は時間が経つにつれて身体の形状を変化させるらしい。動物の突然変異のようなものだ。だが、まさかもう一本頭が生えてくるとは。
「手筈通り行くよ!」
しかし、ここにいるのはそれなりに戦闘経験のある者達だ。
すぐに冷静に敵を見極めたヒカゲが、必要な分だけの魔力を握っていた短剣に注ぎ込む。すると、短剣に描かれた紋様が光り始めた。
これにはヤヨイも話だけで驚かされていた。
彼の武器は、魔法・・ではない。
自作の短剣────魔剣を用いた魔術・・なのだ。
それも発動した魔術はなんと、雷を生み出すだけの『ジェネレイト・ボルト』。場所の指定もない、ただ魔力に相応した分の電力を放電させるものだ。
だが、ヒカゲはそれを完壁にコントロールしていた。もはやヤヨイの目から見てもどういう理屈か分からない。発現した雷は、鮫の頭目掛けて一直線に進んでいった。
「『剥奪』、『強化』」
そのまま着弾したのでは、それこそ少し痺れる程度だっただろう。
ヤヨイは支配魔法を発動させ、その電撃をそれこそ落雷レベルまで強化した。
そして、着弾。強大な電圧をその身に受けた鮫は、全身を焦がしながら動きを止める。
しかし、まだ意識は途絶えていない。開いた口元に魔力を集め、先の水柱と同じものを小舟に向けて放とうとしている。
そこに、一つの影が飛び上がった。
今回の作戦は、魔法によってとどめを刺すというものではない。電撃はあくまで牽制、一瞬の隙を作るためのものだ。
鮫の体を優に超える高さまで跳躍したアキラは、頭上に両腕を振り上げた。長剣の刀身が白く輝き始め、落下の勢いで鮫に迫る。と同時に、微かすかに波の勢いが増した。剣から溢れ出る魔力が、水面みなもを揺らしているのだ。
「ッ!」
その剣を、一気に鮫の首元くびもと目掛けて振り下ろした。
叩きつけに近いその動作で、魔物の体に線が走る。
(今の感覚は)
二つの水飛沫が高く上がった。
魔物の足場に脅威的な身体能力で舟まで戻ってきたアキラはホッと息を吐いてから愛剣を鞘へと戻す。と、その時、アキラの右手がピクリと動いた。
「手を出して」
すかさずシグレは彼女に言った。
アキラはシグレの目をしばし見つめる。
「…………」
魔物を倒した達成感は一先ず置いて、ヤヨイとヒカゲはその場をじっと見守っていた。
ここに来る途中、彼女たちはあまり話していなかったのだ。
恐る恐るといった風に、アキラは右手を差し出した。
シグレは魔法を発動させる。白い魔法陣が浮かび、手が淡い光に包まれた。
「どう?」
数秒後、彼女は気遣うようにアキラに尋ねた。
シグレは回復魔法を施したが、見た目に変化はない。それでも、電撃による痺れは引いたらしい。目を見開いて手を握ったり開いたりしながら、アキラはボソッと呟く。
「治った」
一通り確かめた後、彼女は僅かに口角を上げてシグレを見て言った。
「凄いな。助かった」
「お互い様です」
まだ信用しきれていないのか。彼女が何を思っているかはわからないが、今のままでも少しずつ距離を縮めていけるだろう。そうヤヨイは思った。
「次、行こうか!」
そんなパーティーの雰囲気を見てか、どこか気分良さそうにヒカゲは言う。それでも、魔物を退治している場面とは思えないなと、ヤヨイは心の端で思わずにはいられなかった。
魔法を使わない魔導師と女剣士、ヒカゲとアキラについては今後少しずつ明かして行くつもりです。
感想やアドバイス、要望などがあればぜひ聞かせてください!




