表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/99

凍土

 

 応接室から出て、来た道とは逆の方へ彼らは歩き出した。

 どこか心地の良さを感じさせる冒険者達の喧騒は遠ざかり、わずかにざわつく程度に収まる。そう遠くはないが、ギルドの裏にあること建物はそれだけ孤立していた。


 大きな扉を抜けた先にあるのは、それこそ何も無い空間だった。


「ここは」


「冒険者のための訓練場、というよりは試験場だ。君のように実力が不確かな者を試す場だよ。危険度の高いクエストを受けるには、それ相応に実力が認められていないと」


 床は土一色。闘技場のように踏み固められたそれは、この場所が使い込まれていることを示していた。小さな天窓から差し込む光と魔道具による光源のおかげで、外とそう変わらない明るさだった。

 冒険者も職員も誰一人としていないのは、レイロードが取り計らったからだろう。


 レイロードはヤヨイの服装をさっと見てから壁に近づいて、掛けられた物を取って放り投げてくる。


「見たところ武器は持っていないようだし、それでよければ使ってくれ」


 木剣。

 使い古されたその道具は、それこそ訓練用のもの。殺傷性はないが、


「良いんですか?」


 こんな物でも、魔法を用いれば簡単に人を殺せる道具になるだろう。しかし、レイロードは頷き返した。


「ああ、それと」


 皆から離れ、定位置に着いた彼は笑いながら告げた。


「それこそ、殺す気で来るように。でないと——」


 殺してしまうから。


 演技が上手いのか、それとも本心からなのか。ヤヨイ達には、その言葉が真実にしか思えなかった。


「ヤヨイ、大丈夫?」


 シグレが小声で問うてくる。

 心配を隠せないその声音にヤヨイは困った。元宮廷魔導師であるシグレと、それと同等の技量を持つヤヨイ。だが、二人は外の世界を一切知らない。自分達の力がどれほど通用するのかも。

 だからこそ、笑って返した。


「良い機会だ」


 今度はシグレが困った顔をするが、ヤヨイは無視して歩き出す。


 支部とはいえ、一つのギルドを任された彼の力量は確かなものだろう。今後この国で魔物を討伐していく上で、この決闘は無意味なものにならない。

 剣を構えるヤヨイは、泰然自若と杖を手に立つレイロードを見据えた。


「それでは、合図は私が」


 壁沿いに立つ受付嬢が、鋭い声で言う。


「────始め!」


 受付嬢の宣言が試験場に響き渡った。

 しかし、じっとしたまま双方共に動かない。


(様子見か)


 薄く笑う敵は、杖を構えたままヤヨイを見つめるだけだ。

 この戦いは、ヤヨイの力量を測るためのもの。わざわざ自分から動く気などないのだろう。仕方なく、ヤヨイは魔法を発動させた。


「強化」


 一瞬でカタをつける。

 相手の予想の先へ行くために、自身の肉体に魔法をかけて右足を一歩踏み込んだ。文字通りに距離を詰め、木剣を振りかざす。


 ゆっくりと進む時間の中で、ふと天井付近に違和感を感じた。


「ッ!」


 とっさに飛び退くと、氷の槍が空から降ってくる。ガラスが割れるような音を鳴らしながら、それは地面へと突き刺さり氷柱つららを生み出した。


 ザザッと地面を踏みながら部屋の端まで跳躍したヤヨイは、それを見て絶句する。

 魔法名は不明だが、確かなことが一つあった。目の前の青年は、今の所業を無詠唱でやってのけたということだ。それも、ヤヨイが攻撃を仕掛けるわずかな隙を狙って。


 これが、フラキオの魔導師の実力だ。


(やるしかないか)


 歯噛みしながら、ヤヨイは再び走り出した。



 ❄︎



(すれすれで避けるとは)


 今度は迂回しながら駆けてくる少年を見ながら、レイロードは分析していた。


 今のところ、彼が用いているのは強化魔法だけだ。それも、その性能から見ても彼の奥の手とは呼べない。まだ何か決定打を隠し持っていると見たが、不用意に接近させれば一本取られてしまうだろう。


(だが、これならどうかな)


 近づかせずに、相手の手の内を明かすには──追い込む他ない。レイロードは、自分を中心に、等間隔に六つの魔方陣を展開させた。


 冷気の刃。

 ある仕掛けを施したそれらを、一斉にヤヨイ目掛けて射出する。

 彼は方向転換しそれらを避けた。そして地面が軽く砕け土が飛び散る中、速度を殺さずにこちらへ迫ってきた。

 その後ろを、水色の軌跡が追う。


 追尾チェイサー

 ヤヨイを対象に魔術式に組み込んだそれが、彼を逃さない。それこそ、軌道をらし続けるというような無理な動きをしない限り、避けることは困難だ。この効果が付与された魔法は、操作する必要が無い。そのため、また別の魔法を彼にぶつけられる。


 避けられないと踏んだか、ヤヨイが魔法陣を展開させた。だが、その魔術式を見て、レイロードは動揺する。


(何だ、あの魔法は?)


 見覚えが無い記号。王都の学院を出た彼ですら知らない文字の組み合わせ。無属性魔法には違いない。それでも何の効果も現れないことに違和感を覚えていた。けれど、それは違う。ヤヨイの魔法は既に発動し、効果を発揮しているのだ。

 それに気づいたのは、彼が急接近してきた時だった。


「これは」


 追尾の機能が失われていた。

 獲物を失った魔法は少しずつ軌道がずれ、地面に落ちていく。

 どんな魔法を使ったのかは分からない。だが、こちらの予想を上回ったことは確かだった。

 つまり、ここからどれだけ正体を探れるかが、重要となる。


 突き出したその木剣は、確かに届くはずだった。

 氷の塊が、それを飲み込まなければ。


「ちっ!」


 剣を手放し、ヤヨイはまた距離を取る。

 小さな氷山に武器を奪われては、攻撃のしようがなかった。たった一つの武器を失えば、後は自分の力に頼る他ない。


(さあ、どうくる)


 目を伏せて拳を握る少年は、何かを呟いて右手をかざした。構築される魔方陣は、やはり彼が知らない記号で埋め尽くされていたが、今度はその効力がどんなものか視認できた。


 冷気が集まり、武器が生まれる。


「その剣は」


 水色の刀身。凍てつくような冷気。その魔力からは、レイロードの魔法に似た気配が感じられた。

 詳細は何も分かっていない。ただ、自分の魔法を利用されたことだけは確かだ。


 ヤヨイが刀を一振りすれば、冷気の斬撃がレイロードに向けて放たれた。あれに込もった魔力はそれほどに強い。


氷盾フリーズ・シールド


 魔法で生み出した盾でそれを防ぐが、冷気は僅かに貫通して届いてきた。


 ヤヨイは走りながらなおも刃を振るう。全て防ぐことは造作もないが、これでは近づかれて終わりだ。

 氷柱を落とし、冷気を爆発させても彼は止まらない。むしろこちらが放った攻撃は、彼の魔法に吸収されているようだ。


(やはり通用しないか。──なら)


 杖を地面に突き立てて、目を閉じる。

 後で職員に怒られる気がしたが、ここで手を引く気にもなれなかった。少年の覚悟がどれほどのものか、その目で見届けなければならない。


「凍結せよ。その時も、生命いのちも全て」


 レイロードが詠唱を始めると、魔法陣が幾重にも彼の足元に生まれた。

 そこに踏み込んだヤヨイの足が、一瞬で霜に覆われる。


絶対凍結コールド・ゼロ


 その瞬間、彼らの周りから熱が消え失せた。



 ❄︎



「マスター!」


 試験場に満ちる冷気に震えながら、受付嬢は呼びかけた。

 キラキラと輝くそれのせいで、視界は雲がかっている。見えるのは背後の壁と、すぐ近くに立つ少女──シグレくらいだ。


 念の為彼女の様子をうかがったが、彼らの決着を静かに待っているようにしか見えなかった。今のこの状況にも、一切動じていない。


(何かに、気づいて?)


 時間が経つにつれ、冷気は霧散して魔力に戻る。それは、魔法が解除されたことを意味していた。


「参ったよ。僕の負けだ」


 両手を上げるレイロードと、その首筋に冷気のかたなを突きつけたヤヨイ。

 氷に覆われた地面に、彼らを取り巻く氷山。術者と彼だけが、魔法の干渉を受けていなかった。

 ヤヨイはその判定を聞いて得物を降ろす。どうなるか分からないが、戦いはここまでだと思ったからだ。

 そんな戦意を失った彼を、突然地面から現れた氷柱が襲う。


「ッ!?」


 それも、彼に触れる寸前で止まる。

 どうして。戦いはもう終わったはずだ。

 その疑問は、目の前のギルドマスターの顔を見れば打ち消された。

 彼が見ていたのは、シグレだった。

 こちらに掌を向けている彼女は、見えない魔力を彼に突きつけている。戦いを終えたはずの仲間に刃を向けられ、牽制しようとしたのだろう。

 状況はどうあれ、普通ならそれでも罪を着せられるだろう。にもかかわらず、ギルドマスターの宣言は呆気ないものだった。


「うん、確信した。君たちは悪人じゃない」


 刃を向けられているとは思えない、安堵の笑みを彼は浮かべていた。






 けれど、レイロードは気づいていなかった。

 実力を示した彼らの心の内に膨らんでいたものは、見透かされたことへの羞恥しゅうちでも、その手に踊らされたことへの悔恨かいこんでもない。


 殺せなかった。


 もし、ここが戦場なら。もし、ここがあの場所なら。自分たちは、ただ立ち竦む事しかできない。

 そんな現実だった。


投稿遅くなりすみません。体調が悪く寝込んでしまいました。

皆様風邪にはお気をつけください!


追記

勝手ながらすみません。

風邪かと思っていましたがインフルエンザでしたので、今週水曜日の投稿はお休みします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ