エピローグ
強く吹く風が、長い髪をなびかせる。
目を開ければ、シグレは横たわった状態だった。身体に痛みはないが、ぐらぐらと揺れる地面に僅かに動揺する。
なぜ、こんなところにいるのか。
それを考えて、自分たちは救われたのだと、そして、何も出来ずに戦線を離脱したのだと、少女は思い知らされた。
すると、気がつく。
すでに起き上がっていた少年の体が、小刻みに震えていることに。
「ヤヨイ?」
その呼び声が、緊張の糸を断ち切ったらしい。
彼はおもむろにシグレの方へ体を向けて、倒れるようにその体にしがみついてきた。
「————」
遠くで声がする。
すぐ耳元で泣き叫んでいるのに、どこか遠くに感じられて、彼女は寂しいと感じていた。
縋るように抱きしめてくる少年に対して出来るのは、そっと背中をさすってあげることだけだった。
ここは、どこか遠い大海。
あの神たちに決して手の届かないほど遠いだろう場所に浮かぶ、船の上だった。
「あんた達に何があったか、深くは聞かない」
そんな言葉を放ったのは、彼女達をすぐに発見した船長だ。
アイレーン法国から飛ばされてきた。
そのたった一言で何かを悟ったらしい。彼は二人を無下に扱わず、船内の空き部屋を貸し出してくれた。
「すまないが、乗せられるのは次の港までだ」
「それでも、ありがとうございます」
お礼を言って、部屋を後にする。
船内は灯りさえまともに付いておらず、暗かった。
貿易商をやっているというこの船の船員たちは、皆寝静まっていた。突然響いてきた大声で叩き起されたことでつい先程まで機嫌が悪くなっていたのが嘘のようだ。
「起きてたんだ」
「……ああ」
部屋に戻れば、たった一人の仲間はベッドで体を起こしてぼうっとしていた。
掠れた声で返事をするその様はとても力ない。見かけは落ち着いているが、心の中は今もまだざわついているのだろう。
しかし、そこで話を逸らすシグレではなかった。
ベッドの横に椅子を移動させて腰掛け、懐から紫紺の宝石を手に取り、見せる。
「ゼノと、連絡を取った」
その宝石——念話用の魔石をしまって、内容を話す。
「反乱軍と一緒にいるから、今のところは無事。……『影』は、まだ生きてるみたい」
「……まだ、生きてる」
「あの戦いの後、いつもと変わらない様子で、国民の前に姿を現したって」
いつもと変わらない。つまり、『影』は再び法皇に取り憑いたということだ。
何が理由なのか定かではないが、彼が生きているという事実そのものが、ある結論を指し示していた。
しかし。
「サリア達は、消えてない」
少年の目は、事実を捉えてもなお、否定した。
受け止めず、過去に聞いた知識を元に、憶測を並べようとする。
「信仰がある限り、神は消えない。だから——」
「ヤヨイ」
必死な彼の声を、その呼びかけで制した。
「帰ろう」
そして、彼が思いもしないだろう提案をする。
「帰るって、どこに」
「故郷に」
彼女が場所も、地名も知らない遠い地の話をする。
「あの人から、頼まれたことがあるの。でも、それだけじゃない」
そこまで言って、しばらく黙り込む。
沈黙が続く中、ヤヨイはシグレの顔をじっと見つめていた。彼女の言うことが、想定外にもほどがあったからだろう。
そんな彼と視線を合わせながら、次の言葉を述べるのは、彼女にとって酷なことだった。
「約束、忘れた?」
それは、二人が出会った当初、彼と交わした、今は叶わないもの。
「連れてって、私を」
彼の父と、三人揃ったら向かおうと目指していた、あの国を出た先の話。
「そう、だったな」
納得したようにそう呟くが、内心そうではないはずだ。
何故なら、シグレが言ったことは——彼が生きていると言うサリア達を、見捨てるということなるとのだから。
例えその憶測に信憑性が無くとも、ただの思い込みなのだとしても、彼の希望を打ち砕く行為だ。
例え神に、死の概念があろうと、無かろうと。
それでもシグレがそう発言したのには、理由があった。
とても、理由とは呼べないような、それが。
『お前達は、もうこの国に近づくな』
それが、あの魔導師からの頼み事であり、忠告だ。
もちろん素直に言うことを聞くつもりはなかったが、今のヤヨイを、あの邪悪な存在と相対させるわけにはいかない。
(少なくとも、今だけは)
目の前で俯く少年の様子を伺いながら、改めて少女は決意した。
結果的に彼が苦しむことになろうとも、守ることを。
「そこで、見つけようよ。また、神様に会える方法を」
ついに第3章終わりました。
未熟で遅れも多く時々あらぬ方向へ話が飛びましたが、読んでくれた方、本当にありがとうございました!
今度の投稿も三週間の準備期間をいただくことになります。また読んでいただければ嬉しいです!
あと、いつの間にか50ptを超えていて、嬉しい限りです。今後も『神様だからって許されると思うなよ!』をよろしくお願いします!




