運命
すみません。本当にすみません。
長くなった分、予告もなく日付が大幅にずれました。
人は物語に愛を乗せる。
どんな形であれ、人はそこに愛を見出そうとするものだ。どんなジャンルで、どんな文体であっても、そこにどんな感情が秘められているかを見て、真っ先に愛を思い浮かべる。
この物語も、例外ではなかった。
「どうすれば──」
ただ、神の気まぐれに巻き込まれただけの、一人の子供を助けただけだ。それなのに、女神はその子を大切に思った。
何故そうなったのかは分からない。彼女が何を抱いているのかさえ分からない。
一つだけ分かること。
それは、彼女が止まることは、決してないということだ。
「──どうしようもありません」
彼の中にくすぶるそんな考えを残酷にも肯定するように、サリアは何の前触れもなく現れてそう言った。
つい先ほど笑っていた彼女ではなく、この夢を見せている彼女だろう。
燃えて灰と化していくように、景色が崩れ落ちていく。
そこは、何度も夢に見た部屋だった。
前世の彼が住んでいた、アパートの一室だった。
「ここは、私が最期の力を振り絞って見せている過去。現在にある私達には、干渉できない時空です」
サリアと一人の青年が、そこに経っている。
その男の足元に、魔法陣が生まれた。
「過去を──一度語られてしまった物語を、変えることはできません」
光の線が、男の額を射抜く。
原稿用紙が散らばった。血が床や壁に飛んだ。
この結末は、彼らにも、誰にも変えられないものだ。
次の視界は、その遥か上空だった。
街を見下ろす形で、二人は立っている。
その光景で、ヤヨイはあることに気がついた。
もしかすると、法皇に見せられたあの映像は。
「ええ、真実です」
頷くサリアは、ただ淡々と事実を述べていった。
「私は多分、いえ、確かにあなたの家族もろとも、世界を滅ぼしました」
確実に、殺したと。
そう声を発した時のサリアの表情が少しぎこちなかった。ヤヨイにはそんな気がした。
すぐ近くに浮かぶもう一人の彼女が祈りを捧げ、世界を破滅に導く。
「おそらくあの邪神の仕業ですが、人々は狂気に満ち、家族でさえ殺そうとするほど凶暴になっていました。彼らの魂を一人でも多く救うには、そうするしか無かったんです」
言い訳には聞こえない。
そうするほかなかった。そう事実だけを述べている。
なのに、何故だろう。ヤヨイの心には、詩でも曲でもないその声が、悲しげに響いて聞こえる。
「こんな非道、許されるはずがありません。だから、私は彼を封じました」
そう告げて、彼女は黙って左の少し上を見た。
遥か過去のサリアが、何千にも及ぶ文字の羅列から作った詩を詠っている。
その周りには、空のあちこちには、いくつもの人影があった。
「一つ、聴きたい」
宙に浮かんだ状況のまま、何も恐れずにヤヨイは尋ねた。
「この世界は、何なんだ?」
初めは彼女の言う通り、異世界に転生させられたのだとばかり思っていた。最初からある別世界に、自分は生まれ変わったのだと。だが、違う。
ヤヨイは、この世界を、何故か知っている。
「この世界は、あなたのために——そして、あの世界の人々のために作った世界です」
その答えを、彼女は苦しそうに吐く。
「神も、人も、平等に暮らす場所。それを願って、ある原稿を元に作った、二次創作です」
原稿。
その名称に、ある一つの可能性がヤヨイの脳裏に浮かんだ。
その原稿とはおそらく、あの時彼女が持っていたものだ。
「気づきました?」
「まさか、俺の」
二人の背景で、神々の光がサリアに降り注ぐ。
それは突然姿を見せたフェルクの城壁によって防がれた。
爆発音に、ヤヨイの声は掻き消えるが、それでも目の前のサリアは頷いた。
そう。前世の自分が描き、もう少し修正してからどこかの賞に出してみようと思っていた、彼と彼女だけが知る物語。
気づかれたサリアは、えへへと、悪戯にバレた少女のように、残念そうに、楽しそうに語る。
「でも、世界の基盤を築くので精一杯でした。私は、あなたが描いた世界を、未完成のまま公開してしまった」
ダメですね、わたしは。
そう嘆くサリアを見て、ヤヨイは口を開いた。
「これでいい」
「…………」
「俺が書いたままの世界じゃ、つまらないだろ。サリアが作った世界を見れて、そこで暮らせて、良い意味で驚きだらけだから」
だから、そんな顔をしないでほしい。
そう続けることができなかったのは、彼女の身体が、少しずつ薄れていくことに気づいてしまったからか。
それとも、今告げるべき言葉ではないと、直感が教えたからか。
「良い、サプライズになりましたかね?」
「もちろん」
そこからしばらく沈黙が続いた。
映画の終わり待つような時間だった。皆と感想を語り合うのを楽しみにするようにも、夢のような時間が終わってしまうのを悲しむようにも感じられた。
それはきっと、ヤヨイだけではない。
「では、これで、お別れです」
近いのに遠く感じられる景色の中で、サリアが涙を流しながら、フェルクと言葉を交わしている。
「諦めるわけないだろ」
そんな心配させるヤヨイの覚悟に、サリアは背を向ける形で答えた。
もうどうにもならないとその背中は言っていた気がしたが、逆に、彼にはこうも捉えることができた。
書けるものなら、その結末を書いてみろ、と。
『彼が望む世界を、ここに』
フェルクの城に守られながら祈るサリアの詩が、耳に届く。
世界が変わった。
崩壊した大陸は、雨が降り、地震が起こり、その姿を変貌させる。海は何かの意思で押し返されるように割れ、そこにまた大地が生まれた。
その地に芽が生え、草木が生まれる。木々が高く伸び、実を生らし、落ちた場所からまた自然が広がる。
光の雪が降ったかと思えば、そこに生き物がふっと現れた。狐だ。ちょこちょこと歩いて、茂みの中へ隠れていく。他にも、前世にはいない、多種多様な生き物が集う。
建物が出現した。木、石、レンガ、様々な材料で作られた家が、それぞれ密集して世界中に(・・・・)現れる。
ヤヨイ達がいた場所には、山が生えて来ていた。
少しずつその体積を増しながら、木々が並び、満開の桜が花びらを散らす。
背を向けるサリアと、それを追うヤヨイ。
その間に、その花びらが差し込んだ瞬間。
「だから、何が何でも救い出す」
その決意を、少年は静かに叫んだ。
霧が晴れるように、幻想から目を覚ます。
ヤヨイは、闇が牙を剥く現実へと戻った。
まだ、『絶対支配』の効力は残っている。
シグレのおかげで身動きは取れないが、それでも戦えると確信していた。
——その姿を見るまでは。
「もう遅い」
影がいる。
真っ黒な怪物が、確かにそこにいる。
「力は戻った。貴様らはもう、用済みだ」
真っ黒な実態を持った人影は、その姿のままサリアの方を向いた。
サリアの身体が淡く光り出していた。
ヤヨイが夢を見ていたのは、実のところ一瞬に等しい。それでも、そんな短い時間の中で、事は進んでしまったのだ。
彼女は、おそらく彼を知っていた。
「死ね」
朧げな炎のような手を仰げば、闇の矢が射出される。それは四方に散らばり、他方からヤヨイ達を襲った。
だがそれも、間一髪で防ぐことに成功する。
ヤヨイではない。彼らの前で血を吐いてなお立つ守護神が、城砦を展開させたからだ。
しかし、何も好転してはいない。
闇の攻撃は、先程よりもさらに鋭く喰らい付いてきた。拮抗を保っていたフェルクの城壁も、一時的な防御にしかならない。防いでもすぐにその壁は闇に飲まれてしまうのだ。
そして、もう一つ。
その防御は、当の本人達を対象としていなかった。
殆どの壁はヤヨイとシグレのために浪費され、彼らのそれは今にも突き破られそうなほど薄い。
そして、今ちょうどヒビが入った。
『父さん、母さん!』
この声は届かない。城に囲まれたこの場所では、別空間にいる彼らには、その想いは届かない。
それでもヤヨイは、何度も、何度も、そう叫び続けた。
「頼んだ」
「ええ」
見下ろしてくるフェルクの願いに応えて、こちらを見据え手を伸ばすサリア。
その顔を見て、ヤヨイは頭が真っ白になった。
愛に満ちた笑顔の頰を、涙が零れ落ちて行く。
『運命よ。どうか、私達の子を』
届いた。
『この悪神から、最も遠い場所に』
ヤヨイの想いは、確かに届いたのだ。
残酷にも、そんな達成感とともに。
ヤヨイとシグレ——二人の子供は、忽然と姿を消した。
❄︎
「やっぱり馬鹿です、あなたは」
「何をいまさら」
お互い様だろう、と。
何だかんだ笑い合って、そう言い合う。
体に走る痛みなど知らないかのように、二人は明るくそう話す。
彼らを包む城も、もう、崩壊寸前だというのに。
(五年貯め続けた力も、このざまか)
フェルクは息子を守ることができなかったことを、心の中でだけ悔やんだ。隣の女神には、先程の言葉を褒め言葉と取って笑っている姿しか見えていないはずだ。
なのに、なぜか。
見た目はただの少女である彼女は、まるでそれを知っているかのように、優しく、手を握ってきた。
会いたかった。何千年経とうと、ひと時も忘れることなく、死を選ぶこともしなかった。
ただ、彼女がいきていることを信じて、どんな苦しみにも耐えてきた。
彼女が、彼のために作った世界で。
だからだろうか。守護神はその手を引いて、彼女を抱きしめる。
寂しいからか、嬉しいからか、感情が人より乏しいと称される神にそんなことがわかるはずないと思うかもしれないが——この涙は偽物ではない。
そう信じて、ずっと会いたかった彼女を強く抱きしめる。
女神もまた、再び迫ってくる別れに涙し、そして、出会えた喜びに感謝した。抱きしめ返し、声にならない言葉で彼に擦り寄る。
その時。
闇の牙が、ついに城壁を突破して——二人の体に食らいつき、飲み込んだ。
衝撃波と共に、それが散っていく。
抱きしめ合って一つになった光は、少しずつその身を空に溶かしていき、消えた。
消えたのか、それともここではないどこか遠くへ行ったのかは、誰にも分からない。
「サ、サリアが!」
ゼアラはふらつく体をどうにか起こし、それでも立ち上がることすらままならない体で手を伸ばした。
が、その手は掴まれてしまう。
体ごと宙に持ち上げられてしまった彼女は、悲鳴をあげることもできないまま、自分を見下ろす巨大な影に体を震わせるしかない。
「さてと。再び、手を貸してもらおうか」
顔が無いのだから、表情もない。なのに、その影は薄気味悪く笑っていた気がした。
ええ、見ようによっては…というか普通に?バッドエンドです。
次回、エピローグ。
次回はしっかり、12月1日の昼に投稿します。




