再会
目の前を通り過ぎていく1人の少女。
白を基調とした法衣を着ている。そして、背中まで伸ばし先でまとめた黒い髪。それは明らかに、この国のものではない、どこか遠くのものだ。
表情を見せず、ただ静かに歩いていく。だが、なぜだろうか。ヤヨイには、悲しそうに見えた。
けれども、声をかけることはできない。今声をかけてしまえば、ヤヨイの正体がバレてしまう。記録にはない、もう死んだはずの人間だということが。
彼女の姿が、人混みの中に、建物の陰に消えるまで、ヤヨイは拳を握りしめていた。
名前も知らない彼女が見えなくなった瞬間、踵を返しす。
「ようやく見つけた」
先ほどとは違う。
ヤヨイは耐えるためではなく、覚悟を決めるために拳を固めた。
❄︎
満月が光り輝き、闇夜を照らす。
姿を潜めるには最適とは言えないが、今すぐにでも、あの巫女装束の少女と会う必要が、ヤヨイにはある。そのため、すぐにでも行動に移さなければならなかった。
先ほどの十字路から、彼女が進んだ方向へと進む。この先には確か領主の屋敷があったと思われる。
途中で周囲を見渡して、森へと入った。こんな時間に誰かに見つかれば、何の用だと問われかねない。できる限り穏便に事を進めたいヤヨイだった。
少しずつ角度をつけて曲がって行けば、門番が警備をしている門があり、その両隣には3メートルほどの柵が続いている。
(さすがは領主、豪勢なことで)
魔法を使えば飛び越えることも不可能ではない。が、そうすればすぐに自分の存在が知られる事を、ヤヨイは知っていた。ある程度距離をとったまま、腰のポーチからあるアイテムを取り出す。
魔封じの石。一種の魔石である。
わずかに光を発するそれは、数日前に貿易商から買い取ったものだ。本来であればすぐに潜入するなど不可能だったのだが、常日頃市場を散策していることが功を奏した。最も、この魔石がなくてもヤヨイはこうしてこの場に訪れていたし、そこまでこの魔石に期待はしていないのだけれども。
そっと魔力をこめれば、左手に握られた魔石はその光を失う。
「剥奪」
そして、発動した魔法に、自分の魔法を重ねがけした。
(これで良いだろう)
ゆっくり歩き出し、門へと近づく。
そっと門番の前まで出るが——
「にしても、昼に来たお嬢ちゃん、なかなか綺麗な顔してたな。ありゃ将来美人になるぞ」
「ばーか、あれでも教会の人間だぞ。わざわざここに来たってことは、うちのご主人様が何かやらかしたのかもしれねぇ」
彼らはヤヨイに目もくれず、そのまま侵入を許してしまった。
(意外と使えるものだな、これ)
月明かりに照らされているはずのヤヨイには、影がなかった。
それもそのはずである。ヤヨイは、透明人間と化しているのだから。
先ほどの魔石に秘められた魔力は、幻惑系の魔法の魔力だ。本来の使い道はよく知らないが、大方狩りに便利とかそういったところではないだろうか。姿だけでなく、匂いなど、存在感を無くすことができるのだ。
左右対称に整えられた庭。
それを中央で分かつ石畳の道を進み、ヤヨイは屋敷の入り口へとたどり着いた。しかし、これでやすやすと入れるわけでもない。
今はだいたい時計の針が真上を向いた頃なのだ。玄関の鍵が開いているはずもない。そっと裏手へと回ろうとすれば、少し離れたところに別館が見えた。恐らく執事達の住まいだろう。しかし、標的は本館にいるとヤヨイは踏んでいる。
真後ろへと回れば、いくつか木が植えてあった。
それがちょうど窓際にあるので、侵入に最適だろう。ざっと見渡す限り、いくつか窓が開いている。まだ完全に寝静まったわけではないようで、明かりが付いたままの部屋もあった。
一番侵入しやすそうな場所を選び、木をよじ登る。
ゆっくりと、できる限り枝を揺らさないように窓へと渡り、部屋の中へと入った。
(ふう。一段落)
深呼吸をして、扉へと近づく。
そっと開いて様子を伺えば、廊下だった。明かりは付いていないが、だからと言って油断してはいけないだろう。出て静かに扉を閉めて、歩き出す。
(さて、どの部屋だ?)
手紙を置くだけで良い。
今話せなくても、話す機会を作らなければならない。
明かりが点いていた部屋の位置を思い出す。
(まず、隣だな)
そっと耳を扉に押し当てるが、音はしない。
開いて中を伺うが、無人だった。
一筋縄ではいかないのは、ヤヨイにも分かっている。
だが、他に方法があるわけでもない。
人が起きている気配を感じる場所は避け、次々と部屋を確認していくが、一向に少女の姿は見当たらない。ある程度進んでいると、窓から月光が入り込んで来た。
今日の満月は綺麗そうだななどと、少しだけ緊張感のないことを考えながら、ヤヨイはふと下を見た。
(やべっ!?)
影がある。
自分の足から、影が伸びている。
そう、いつの間にか、魔石に込められた魔力が切れてしまったのだ。もちろん、想定はしていた。だが、念のためと、発動時に効果時間を調節しておいたはずである。だが、よくよく考えれば発動時間を知らなかったので、ある程度伸ばしただけに過ぎない。
魔石のストックはまだある。あと、一つだけ。
しかし、それは帰りに使わなければならない。ヤヨイ自身の魔法にそのような効力もないし、そもそも使用すれば存在が露呈する。
なんとか、早急に見つけ出さなければならないと。
そう、ヤヨイが考えた時だった。
足音がしたのだ、すぐそばの階段から。
目を凝らせば、執事服を身に付けた年配の男が、ランプを片手に階段を上がっていた。階段は来た道の方へと上がっている形なので、姿は見られていない。が、それも時間の問題である。
だから、ヤヨイは慌ててすぐそばの部屋へと飛び込む他なかった。
できる限り静かに戸を締めれば、灯りのない薄暗い部屋だった。
(よし、誰もいないみたいだな)
そう、安心したのもつかの間だった。
背後の扉から、ノックの音が響き、体に振動が伝わった。身震いして振り返り、後ずさる。
そして、ある疑問に辿り着いた。
(何で、誰もいない部屋にノックを——)
「紅茶をお持ち致しました」
その言葉に、震えが止まる。
今あの執事が言った言葉に、耳を疑ったのだ。
この部屋には、誰もいない。
暗がりの中、部屋を間違えたに違いない。そう考え、万が一扉を開けられたとしても気づかれないように、見えない位置へと移動する。
その間も、執事はノックを繰り返していた。
「?」
「ごめんなさい、今、湯浴みを」
突如、壁を挟んだ隣の部屋から、誰かの声が聞こえてきた。壁際のせいか、なんとなく女性の声だとわかる。
(Noooooo!?)
心の中で、ヤヨイは絶叫した。
ビクリと体を震わせて、聞こえてきた壁とは反対の壁に背を貼り付ける。と、そこで気がついた。やけに扉の感覚が広かったと思えば、どうやら一部屋ごとに、小さな部屋が備えてあるようで。
(領主どんだけ贅沢してるんだよ!?)
集合住宅でもないのに、一部屋一つずつシャワールームが常備してあるなどヤヨイの知識ではあり得なかった。
「テーブルの上に置いておいてもらえますか?鍵は開いているので」
扉の脇に置いておけばいいのではと思ったが、ヤヨイがどう思おうとどうにもならない。慌てて手を探れば、なぜか取っ手のようなものに触れる。
咄嗟に開き中へと飛び込めば、そこはクローゼットだった。と言っても、それほど多く服があるわけではない。一、二着干してあるだけなので、ヤヨイが隠れるスペースは十分にあった。
誰かが部屋に入ってくる。
コトという音がして、
「それでは」
「ありがとう」
執事は、部屋を出て行ったようだった。
ふう、とひとまず安心する。しかし、問題はここからだ。また執事が来る可能性もあるため、簡単に部屋から出るわけにもいかなくなってしまった。そろそろ引き時だろうかと、そう思った時。
先ほどとは違う扉の音が、ヤヨイの耳に届いた。
(ま、まさか)
どうやら、湯浴みはほぼ澄んでいたようだ。
カチャと、まさにティーカップとソーサーとが触れ合う音が響く。
(で、出られない)
途方にくれるヤヨイ。
急いで出れば間に合ったかもしれないが、もう取り返しがつかない。もう今回は、寝静まってから帰る他ない。そうヤヨイが諦めかけた、その時だった。
「あ、着替え。クローゼットの中だ」
嘘だろ、とヤヨイが内心悲鳴をあげる中、足音は容赦なく近づいてきた。
(やばいやばいやばいやばい!?)
こうなったら、捕らえる他ない。
そう覚悟して、ヤヨイはポーチに念のため用意して置いたロープを手に取る。女性には何の罪もないが、幻惑魔法の魔石で記憶操作を施せば問題ない、と自分を安心させようとした。
開かれる戸の隙間から人影を確認した瞬間、ヤヨイはクローゼットから飛び出した。
口に手を押し当て、ロープで縛りつけようとして、しかしその動きは止まる。
覆い被さった形で、ヤヨイの下にいたのは。
昼間とは違い、一糸纏わぬ姿の少女の姿だった。
こういう展開書くの少し苦手です。
でも頑張って書いてみるので、ぜひ続きも読んでみてください!
ブックマーク、レビュー等していただけると嬉しいです。
感想やアドバイスがあればぜひ聞かせてください、よろしくお願いします!




