不法
少し短めです。
ヤヨイの周りに、大小様々な魔法陣が張り巡らされる。
それを見て、フェルクは驚嘆の声を上げた。
「会得したのか」
彼がヤヨイに魔法を教えていたのは、五年前。
当時のヤヨイは、能力ではなくその技量で見れば、宮廷魔導師と同程度の実力を持っていた。だがその時、まだこの技は習得していなかったはずだ。
「…………」
久しく見る秘術に、『影』は動きを止めていた。
逃げ延びることは出来たが、追い詰められたことに変わりはない。そのことを案じているのか、それとも。理由はどうあれ、『影』はヤヨイの魔法が完成するのを待っていた。
魔法陣の中心に細い光の杭が現れる。一つ、二つ、次々と光の粉と化していくそれは、術者の身体を、魂を、この世の理から外すことを意味していた。
痛みはない。恐れもない。
神気にも似た覇気を漲らせ、ヤヨイは『影』を眼前に据えて告げる。
「行くぞ」
瞬く間に、彼の体は掻き消えた。どうやってか、フェルクの城を突き抜けてなお走る。
突貫。武器も、魔法も、何の備えもなく、拳一つで躍りかかった。
そんな無謀な挑戦にも動じることはないまま、彼の宿敵は闇の鞭を振るった。いや、それは鞭などという生易しいものではない。
八岐大蛇を連想させる変幻自在の巨大な柱の数々は、ヤヨイごと呑み込まんと暴れ狂った。
それでも、彼は左手を掲げるだけだ。
すると──。
「感知だけで!?」
闇の幻獣は、対象にに触れる直前で文字通り粉塵となった。
彼が行ったのは、絶対支配による魔力感知の強化──それによる構造理解だ。見て、感じて、それがどういった原理で存在しているかを知る。それは最早、人間の域を超えていた。
正しく、全知の神にも匹敵するだろう。フェルクが驚くのも無理はなかった。
【あと少し】
風の如く駆けていた。今のヤヨイでも全ての攻撃に対処することは叶わない。避けられるものは避け、必要があらば消して進む。
『影』も攻撃の手を緩めない。それどころか、さらに激しく攻め立てた。武器を落とし、その衝撃で空間さえも揺らして彼の行く手を阻む。
そして、遂にたどり着いた。
神の力さえも上回り得るその不法を振りかざす。
「はぁっ!」
一撃。当てるだけで、触れるだけで、それは『影』すらも呑み込むだろう。
そこに、一本の剛槍が降ってくる。
「させん」
背後から『影』もろとも貫きかねない速度で放たれた槍は、フェルクの城壁によって弾かれる。新たに参戦した訳ではない。
(遠隔操作か)
少し前まで、フェルクと『影』は互いの奇跡をぶつけていた。その時弾いた槍が、消えずに残っていたのだろう。
【あと少しで、時は満ちる】
ヤヨイの拳が届くまで、あと少し。
そこで、『影』はその力を発動させた。
「」
裁きを下す業火のように、『影』を中心として闇の炎が荒れ狂う。触れれば必死。実態が無いそれは全てが接続されているわけではなく、ヤヨイの支配も対応が追いつかない。
すると、そこに黒い風が生まれた。
それはヤヨイを取り巻く炎を火花一つ残さずに喰らって、消える。
「ッ!」
シグレの精神力は限界に近かった。それでも、仲間の窮地を救うべく、その禁術を使うのを止めない。
(まだ)
敵が扱う技で最も厄介なもの、それは、転移。
少しずつ蓄積させていたのだろう。
ヤヨイの感知が届かない別空間で凝縮されていた闇の短剣が、彼めがけて放たれた。
シグレはそれを予見していた。
(間に、合った────!?)
二発目。
それも、ヤヨイの正面から。
これは、シグレの反応速度では間に合わない。二発同時に転移できるとは予想していなかったのだ。
(くっ!)
フェルクは左右の掌を合わせ、防御にまわろうとした。しかし、彼の構築速度ですら間に合わない。
ヤヨイが攻撃を仕掛けた時点で、腕を引いた時点で、おそらくこの展開は確定していた。
【解き放たれる時は、もう、すぐそこだ】
凝縮された時間の中、ヤヨイは闇の弾丸が自分の額に吸い込まれて行くのを見ていた。
魔法で防ぐことは叶わない。そもそも、身体が追いつかない。的確に不意を撃たれていた。
死の瞬間が思い浮かぶ。それは皮肉にも、自分が信じた少女に殺された時と、同じ光景。額を穿たれ、地を転がり、息絶える。
そんな瞬間は、やって来なかった。
「!」
消えたのだ。彼の命を奪おうとしていた弾丸が、跡形もなく、何の予兆もなく、消滅した。
シグレも、フェルクも、『影』を除いたその場の全員が、状況を理解できていなかった。
「来た」
ヤヨイはその時初めて、『影』の声に、何か得体の知れない感情がこもったのを感じ取った。
部屋が、城壁とも、闇とも違う、神聖な光に包まれる。温かく、淡いそれは少しずつ収束していき、小さな羽根へと姿を変える。
一片、一片、集ったそれは何かを形作っていった。ある瞬間、羽根は光を散らす。
それが収まった時、気付けばヤヨイと『影』の距離は開いていた。片膝を突いたヤヨイの傍にはシグレとフェルクがいる。彼らと『影』──ちょうどその間にあったのは、ずっと見ていなかった姿だった。
彼をこの世界へと導いた、恩人。
白と黒が散りばめられた髪。ステンドグラスを彷彿とさせる修道服。
閉じていた瞼を、目を覚ますように開いた彼女の名は。
「────────サリア」
ここ最近アクセス数が増えていて、とても嬉しいです。ありがとうございます!
次回の投稿は土曜日です。
追記)すみません。現実の方で色々問題が発生し、投稿が更に一日遅れます。遅くなった分、より良いものに(自分の首を絞めてるような…)。時間も夜になると思われます。




