表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/99

不法

少し短めです。

 

 ヤヨイの周りに、大小様々な魔法陣が張り巡らされる。

 それを見て、フェルクは驚嘆の声を上げた。


「会得したのか」


 彼がヤヨイに魔法を教えていたのは、五年前。

 当時のヤヨイは、能力ではなくその技量で見れば、宮廷魔導師と同程度の実力を持っていた。だがその時、まだこの技は習得していなかったはずだ。


「…………」


 久しく見る秘術に、『影』は動きを止めていた。

 逃げ延びることは出来たが、追い詰められたことに変わりはない。そのことを案じているのか、それとも。理由はどうあれ、『影』はヤヨイの魔法が完成するのを待っていた。


 魔法陣の中心に細い光のくいが現れる。一つ、二つ、次々と光の粉と化していくそれは、術者の身体を、魂を、この世のことわりから外すことを意味していた。


 痛みはない。恐れもない。

 神気にも似た覇気を漲らせ、ヤヨイは『影』を眼前に据えて告げる。


「行くぞ」


 瞬く間に、彼の体は掻き消えた。どうやってか、フェルクの城を突き抜けてなお走る。

 突貫。武器も、魔法も、何の備えもなく、拳一つで躍りかかった。


 そんな無謀な挑戦にも動じることはないまま、彼の宿敵は闇の鞭を振るった。いや、それは鞭などという生易しいものではない。

 八岐大蛇やまたのおろちを連想させる変幻自在の巨大な柱の数々は、ヤヨイごと呑み込まんと暴れ狂った。


 それでも、彼は左手を掲げるだけだ。


 すると──。


「感知だけで!?」


 闇の幻獣は、対象にに触れる直前で文字通り粉塵となった。


 彼が行ったのは、絶対支配アウトレイジによる魔力感知の強化──それによる構造理解だ。見て、感じて、それがどういった原理で存在しているかを知る。それは最早、人間の域を超えていた。


 正しく、全知の神にも匹敵するだろう。フェルクが驚くのも無理はなかった。


【あと少し】


 風の如く駆けていた。今のヤヨイでも全ての攻撃に対処することは叶わない。避けられるものは避け、必要があらば消して進む。


『影』も攻撃の手を緩めない。それどころか、さらに激しく攻め立てた。武器を落とし、その衝撃で空間さえも揺らして彼の行く手を阻む。


 そして、遂にたどり着いた。

 神の力さえも上回り得るその不法ふほうを振りかざす。


「はぁっ!」


 一撃。当てるだけで、触れるだけで、それは『影』すらも呑み込むだろう。


 そこに、一本の剛槍が降ってくる。


「させん」


 背後から『影』もろとも貫きかねない速度で放たれた槍は、フェルクの城壁によって弾かれる。新たに参戦した訳ではない。


(遠隔操作か)


 少し前まで、フェルクと『影』は互いの奇跡をぶつけていた。その時弾いた槍が、消えずに残っていたのだろう。


【あと少しで、時は満ちる】


 ヤヨイの拳が届くまで、あと少し。

 そこで、『影』はその力を発動させた。


「」


 裁きを下す業火のように、『影』を中心として闇の炎が荒れ狂う。触れれば必死。実態が無いそれは全てが接続されているわけではなく、ヤヨイの支配も対応が追いつかない。


 すると、そこに黒い風が生まれた。

 それはヤヨイを取り巻く炎を火花一つ残さずに喰らって、消える。


「ッ!」


 シグレの精神力は限界に近かった。それでも、仲間の窮地を救うべく、その禁術を使うのを止めない。


(まだ)


 敵が扱う技で最も厄介なもの、それは、転移。


 少しずつ蓄積させていたのだろう。


 ヤヨイの感知が届かない別空間で凝縮されていた闇の短剣が、彼めがけて放たれた。

 シグレはそれを予見していた。


(間に、合った────!?)


 二発目。

 それも、ヤヨイの正面から。

 これは、シグレの反応速度では間に合わない。二発同時に転移できるとは予想していなかったのだ。


(くっ!)


 フェルクは左右の掌を合わせ、防御にまわろうとした。しかし、彼の構築速度ですら間に合わない。

 ヤヨイが攻撃を仕掛けた時点で、腕を引いた時点で、おそらくこの展開は確定していた。


【解き放たれる時は、もう、すぐそこだ】


 凝縮された時間の中、ヤヨイは闇の弾丸が自分の額に吸い込まれて行くのを見ていた。


 魔法で防ぐことは叶わない。そもそも、身体が追いつかない。的確に不意を撃たれていた。

 死の瞬間が思い浮かぶ。それは皮肉にも、自分が信じた少女に殺された時と、同じ光景。額を穿たれ、地を転がり、息絶える。


 そんな瞬間は、やって来なかった。


「!」


 消えたのだ。彼の命を奪おうとしていた弾丸が、跡形もなく、何の予兆もなく、消滅した。

 シグレも、フェルクも、『影』を除いたその場の全員が、状況を理解できていなかった。


「来た」


 ヤヨイはその時初めて、『影』の声に、何か得体の知れない感情がこもったのを感じ取った。


 部屋が、城壁とも、闇とも違う、神聖な光に包まれる。温かく、淡いそれは少しずつ収束していき、小さな羽根へと姿を変える。

 一片、一片、集ったそれは何かを形作っていった。ある瞬間、羽根は光を散らす。


 それが収まった時、気付けばヤヨイと『影』の距離は開いていた。片膝を突いたヤヨイの傍にはシグレとフェルクがいる。彼らと『影』──ちょうどその間にあったのは、ずっと見ていなかった姿だった。


 彼をこの世界へと導いた、恩人。

 白と黒が散りばめられた髪。ステンドグラスを彷彿とさせる修道服。

 閉じていた瞼を、目を覚ますように開いた彼女の名は。


「────────サリア」


ここ最近アクセス数が増えていて、とても嬉しいです。ありがとうございます!




次回の投稿は土曜日です。


追記)すみません。現実の方で色々問題が発生し、投稿が更に一日遅れます。遅くなった分、より良いものに(自分の首を絞めてるような…)。時間も夜になると思われます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ