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城壁

お待たせしました。

 

 ヤヨイが目を開いた時、襲いかかって来た闇の姿はすでになかった。


『俺の子に、何してる』


 その言葉が幻覚だったのでは無いかと、思わずにはいられない。だが、そんな不安をかき消すように広がっていたのは。


 五年前から一度も目にしたことがなかった、白く輝く、透明な石畳の壁。

 紛うことなき、城壁だった。


「父、さん」


 部屋の入り口に視線を送れば、昔と変わらない、懐かしい姿がある。

 微妙な光の匙加減さじかげんで、灰色とも、銀色ともとれる髪色。今は無き我が家でも着ていた、金糸で刺繍された青と白のローブ。そして、如何にも神父といった出で立ちなのに、それが全く似合わない武人のような顔立ち。


 彼の成長を見守り、魔法を教えた父親が、そこにいた。


「守護神か。どうやってあの空間から抜け出た」


 あの空間とは、この部屋と同じように、外界から隔離された部屋のことだろう。

 『影』が表情も変えずに問いかければ、彼はその場の雰囲気をぶち壊しにするように笑った。


「ははっ。いやぁ、赤髪の魔術師ウィザードが扉をこじ開けてくれてな。流石は月影つきかげ一族だ。神の奇跡にさえ干渉するとは」


 赤髪の魔術師。

 それはおそらく、反乱軍の首領のことを言っているのだろう。なぜ、どうやってこの場所にやってきたかは不明だが、彼女は今回も敵ではないらしい。


 彼の父親──フェルクは、ヤヨイに真面目な顔を向けて近寄ってきた。ヤヨイと影の間に立ち、右手を仰いで意思を示す。


「ヤヨイ、彼女を護れ。ここは俺が引き受ける」


「あ、ああ、分かった」


 挨拶も何も無いが、状況も状況である。

 再会の喜び交わすのは後にして、ヤヨイはシグレのそばに寄った。


「減らず口を。五年前のことを忘れたか?」


「いいや、忘れてなどいないさ。だが──この城神を、舐めてもらっては困る」


 声色だけで不敵に笑っているのが分かる。


 倒れている少女を抱き起こし、ヤヨイは心配そうに問いかけた。


「シグレ、傷は」


「大丈夫。治癒強化をかけておいたから」


 そう言われて見てみれば、切り裂かれた脇腹はもうほとんど治りかけていた。彼女の魔法が現在どういった状態にあるのかヤヨイには分からないが、これなら問題は無いだろう。


「それよりも、あの人が?」


「俺を育ててくれた人だ。……でも」


 守護神。城神。

 彼らが交わす言葉の中に、そんな単語があったことに驚きを隠せない。

 今も昔も変わらない、頼もしい大きな背中をじっと見ていると、彼は振り返りながら笑みを浮かべて言った。


「ヤヨイ。聞きたいことがあるのは分かってる。だが、まずはこの場を切り抜けることが最優先だろう?」


「言われなくても分かってる。それより前を見ろ、前を」


「ん?前?」


 耳触りの悪い音が響いた。


 闇の剛槍ごうそうが彼を射貫く寸前であった。

 瞬間的に構築された半透明の壁が、それを受け止めている。

 危ない危ないと、弾かれて消滅するそれを眺めながら汗を拭う姿に、ヤヨイもシグレも呆れる他なかった。


「相変わらずだな。それで私に勝てると——」


 敵としても、見くびられているとしか捉えようがないだろう。

 減らず口を叩いたフェルクを、どういうわけか再び煽ろうとした『影』だったが、突如変わった雰囲気に口を閉じた。


「少なくとも、負けるとは思っていないがな」


 低い声で唸ると同時に、彼の周りが淡い光で照らされた。

 生まれたのは、壁。

 彼を取り囲むように、中世の城を思わせる壁が、今までとは桁違いの大きさで出現したのだ。

 煉瓦れんがが勝手に積み上げられていくようにそれらが連なり、『影』に迫る。


 そう、これが、ヤヨイの父の戦法。

 千変万化の障壁を使って、味方を守り、敵を叩くというものだ。

 壁を創り出せる範囲は決まっている。自身から半径十メートル以内。または、創り終えた壁の面だ。

 壁の厚さはそれこそごく普通の煉瓦程度しかないが、重要なのはその錬成速度である。彼は人程度の大きさの壁なら瞬時に創り出すことが可能なのだ。それも、あらゆる方向に、同時に。

 それでも隙は確かにあるが、構築しきる前に攻撃を撃ち込むのは至難の技だろう。


 部屋を壊す勢いで迫ってくる壁に、『影』は動じることなく右手を向けた。

 闇と障壁が激突する。

 本来最優先度を誇るはずの闇は、壁を貫くことが出来ないままでいた。拮抗を見せる両者の力は、風を生み、火花のような光を散らす。

 ヤヨイはシグレを抱きしめながら、目を庇いつつそれを見ている。


(五年前は、通用しなかったのに)


 五年前、『影』に負けて連行された時。

 障壁は無残にも闇に切り裂かれるばかりで、受け止めることすら叶わなかった。


 障壁から感じる魔力──いや、得体の知れない力は、当時とは遥かに違う。

 より強く、堅い。触れずとも、近くにいるだけでわかるくらいに。


「ふむ」


 『影』は少し考える仕草を見せて、闇で身体を覆い始めた。鎧を型どったそれを纏うことは、つまり、攻撃に集中するということを意味する。


 さらに闇を生み出し、あらゆる方向から攻めてきた。槍が、腕が、弾丸が、壁の隙間や背後から襲いかかってくる。

 だがその全てを、フェルクは防ぎ切ってみせた。

 回り込まれればそれを上回る速度で先回りし、雨のように降ってくれば余すことなく最低限の力で弾く。

 正しく、鉄壁と呼ぶに相応しい。

 積み上げられ、その大きさを増していく城に、闇が付け入る隙はない。


 けれど、フェルクは叫ぶ。


「うむ、困った!」


「え、何が」


「出られん!」


 先程から何度か『影』に攻撃は当たっているものの、ダメージはほとんど入っていないようだ。


 障壁を消すなど造作もない。だが、そんなことをすればどうなるか、目に見えている。

 この状況で守りに徹するのは悪い考えではないが、逃げられるだけの隙を『影』は与えてくれないだろう。

 そして、この城もいつまでもつか分からない。


「ヤヨイ、どうしたらいい?」


「俺に聞くなよ!」


 歯噛みしながら、ヤヨイは思案する。

 この状況を打開する方法が、何かあるはずだ。


 すると、彼の中に、ある一つの言葉が浮かんだ。


『また、見ているだけなのか?』


 それは彼の思考を止め、身体を動かす。


「ヤヨイ?」


「悪い、シグレ」


 約束をしていた。使ってはいけないと、次にそれをすればどうなるか分からないと、宣告されていた。

 もう半分破ってしまったようなものだが、まだ守ることは出来たはずだ。それでも、ここでただ見ていることしか出来ない自分が、許せなかった。


 いつも守ってくれた人の隣に立って、全身に力を込めて叫ぶ。


絶対支配アウトレイジ!」


 今度は自分を対象に、ヤヨイはその魔法を発動させた。


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