狂乱
大変お待たせしました。
武器を手に入れ、襲ってくる騎士達を次々と返り討ちにしたゼノは、主人の元へと歩き出そうとした。
彼女がどうやってここに来たのか、どうしてこの剣を持っているのか、安全な所へたどり着いてから、聞かなければならない。
だが、その考えは、またしても彼女に阻まれる。
「ふざけるな」
膝を付いて立ち上がるフィナの方を向けば、そこには、怨嗟の声を上げる、見たことのない女性が立っていた。姿ではなく、纏っていたその雰囲気が、もはや彼のよく知る彼女のものではなかったのだ。
「師匠」
「ふざけるなふざけるなふざけるな、ふざけるなぁぁぁぁああああ!」
戦斧、薙刀、突撃槍、蛇腹剣。
幾つもの種類の武器が虚空から、影が差すように現れる。
地面に突き刺さったそれらのうちから、乱暴に突撃槍を手に取って、フィナはゼノ目掛けて走り出した。
槍の穂先を目で捉え、彼は剣を薙ぐ。
触れた瞬間、豪快に火花が散った。
魔力がぶつかり合った時に現れる、白い火花だ。
完全に受け流さずにある程度受け止める形を取ったのは、彼の後ろにシグレがいるからだった。フィナの怒りの矛先が誰に向いているのか、そもそもそれが全うな感情なのかも分からないが、安全策を取ったのだ。
今の彼には、槍の一撃さえも容易に防ぐことができる。
「「────ッ!」」
両者は睨み合ったまま一度距離を取って、再び地を蹴る。
❄︎
『動かないで』
念話で告げられ、首元にはナイフが突きつけられている。こんな状況でシグレが動けるはずもないが。
『誰かが見てる』
続いた言葉は彼女にとって予想外のものだった。
『いい?シグレ。私も立場上、あなた達に協力するわけにはいかないの。表向きは、ね』
ゆっくりと言葉を飲み込んで、それでも困惑した。
彼女は聖女だ。少なくとも、そう呼ばれるだけの地位を持っている。そんな彼女が、なぜ自分に手を貸すのか。
『何で』
『それを話す義理はない……というか、まあ、色々と事情があるのよ』
どうやら彼女にも何か秘密があるらしい。
話したくないようなので尋ねるのをやめたシグレだが、テイラーは続けて、念話にもかかわらず呟いた。
『それに、前みたいに陰気な顔、してないし』
『えっ、と?』
『とにかく、このまま行くわよ!身柄を拘束した体を装って、城に入る。私に出来るのは、それから彼らの下に送り届けるところまで、良い?』
焦ったようにそう言ったテイラーの勢いに押されて、シグレはすぐに了承した。
断る理由などない。むしろ、ここで拒めば希望が潰えるだろう。
自分たちを監視しているのが誰なのかはわからないが、とにかく彼女のいう通り歩き出すことにした。
『その話、あたしも乗らせてもらおうか』
そのタイミングで、念話に別の声が入り込む。
気配を感じて二人揃って近くの瓦礫に目を向ければ、そこに現れたのはシグレのよく知る人物だった。
反乱軍の首領。名前も知らない赤髪の魔導師が、そこにいた。
今回も彼女は名乗ることは無かったが、彼女も彼女の目的のためにこの王都へとやって来ていた。
話によれば、仲間達は少しずつ民間人に紛れ込ませてあるらしく、後で落ち合うことになっていたそうだ。魔導師としてある程度の実力を持っている彼女は竜を倒しながら城へと向かったが、守りが硬く入れないらしい。
『何であなたが入ってくるの。というか誰』
「そこの黒髪のお嬢さんの知り合いだよ。とにかく、あたしも城まで連れてってくれ」
疑問符を浮かべるシグレの様子から勘違いしたのか、テイラーは魔法陣を足下に描く。
彼女の魔法が完成する前に、
「この武器と引き換えに、な」
それは、見るからに業物の、一振りの長剣だった。
❄︎
剣撃がぶつかり合う。
だが、かつて師であった彼女は、かつて弟子であった彼に押され、追い詰められていた。
「なんでっ!」
そう叫ぶフィナは、狂気に飲まれていながらも絶望に顔を歪めている。
無理もない、とシグレは思った。
現在、彼女の騎士は全身全霊で理想を体現している。
物語の騎士のような剣さばき、師匠達のような大幅な魔力強化。彼に剣を教えたもの達は、皆揃って魔力で自身の肉体を強化し、乱暴に得物を振るっている。それは一言で言ってしまうのなら、彼らに技量が足りないからだ。
力を込めれば込めるほど、隙が生まれ、扱いが困難になる。だからこそ、彼らは単純な剣技でしか戦うことができない。それでも、現に一騎当千に戦える騎士達だが。
————自身の技術でそれを完璧に制御してしまった彼女の騎士は、その上を行く。
「ッ!」
本来なら、こんな人外の力を発揮することは非常に難しい。
一歩間違えば魔力に肉体が耐えられず、武器も崩壊してしまうからだ。
シグレは彼が握る長剣に目をやった。
あの武器は、彼が頼んだ鍛冶師から預けられたものだ。
剣に関しては素人であるシグレの目から見ても前の武器とは別格だと断言出来る。先程軽く触れてみたが、魔力との相性も抜群にいい。
そして、何より──。
(やっぱり、まるで、ゼノのためだけに造られたみたいに)
この武器は、大きさも、重さも、ゼノ専用に鍛え上げられたものだ。一流の鍛冶師と言えども、こうも持ち主に見合った剣はそうそう作れない。
そんな武器を手にして全力を発揮できるようになったゼノを相手に、いくら師匠といえどもフィナが敵うはずもなかった。
大斧が長剣に跳ね上げられ、隙ができる。
ゼノはそのまま剣を突き出す──ことはなく、柄にそえていた左手に魔力を込めて、腹に殴打を加えた。
「────!」
体勢が崩れたところに、更に延髄に右拳を叩き込んだ。
森の木々を吹き飛ばすほどの爆風が生まれ、土煙が尋常ではない速度で吹き上がる。
袖で顔を庇っていたシグレは、風が弱まったところで彼らを探す。
すると、数メートルに及ぶクレーターの中心には、意識はあるが身体が動かないフィナと、それを見下ろすゼノの姿があった。
(良かった)
無事であることに安堵し、シグレは声をかけようとした。
「ゼノ————っ!?」
だが、悠然と立っていた騎士は、すぐに崩れるように倒れてしまう。
彼のところまで走って彼の体を見れば、連戦による疲弊やシグレが来るまでのダメージが思ったよりも酷かった。すぐに回復魔法をかける。
「シグレ、怪我は」
「私は無事だから、今は喋らないでっ!」
こんな時でも、ゼノはシグレの身を案じている。だが、今はそれ以上にシグレがゼノの身を案じていた。
回復魔法をかけ続けていると、木陰から何者かが姿を現す。
ゼノはすぐさま警戒し、ろくに動かない体を無理矢理にでも動かそうとしているが、シグレが彼の瞳を見ればすぐに動かなくなった。
「悪いな、出て来れなくて。だがいきなり飛び出した時は焦ったぞ。」
「いえ。こちらこそごめんなさい。さっきの援護、助かりました」
その会話を聞いて、彼は気がついたらしい。
シグレは回復魔法以外使えない。とすれば、自ずと先程の落雷がそこの女性の魔法だと分かる。
「治るのか?」
「治すんです!」
意志を込めて叫ぶように言って、シグレは更に魔力を込めた。
それからシグレは、時間を惜しまず丁寧にゼノに回復魔法をかけ続けた。
今はある程度治療が終わったところで、シグレは気づく。恐らくダメージが消えても、すぐに動くことはできない。
治療をやめて立ち上がり彼女は悩んだが。
「あとはあたし達に任せて、あの少年の所に行け」
「でも」
「安心しろ。この騎士は責任持って、あたし達が安全なところまで送り届ける」
真剣ながらも、どこか安心させるように、彼女は笑って言った。
シグレが背を向けて歩き出すと、彼女達を見守っていたゼノが口を開こうとする。
「俺も……いや」
だが、すぐに言い淀んでいた。
彼自身も痛感しているのだ。今の自分が、なんの役にも立たないことを。
「うん。大丈夫だよ、ゼノ」
背中を向けたまま、顔だけ振り返って。
シグレは、彼女だけの、大好きな騎士に微笑みかけた。
「ヤヨイと一緒に、帰ってくるから」
次回、主人公出ます。
ええ、もちろん主人公ですよ。




