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依頼

 


 数ヶ月が経ち、夏も半ばで猛烈な暑さがヤヨイを襲っていた。


「暑い…………早く終わらせて、帰ろ」


 他の通行人が1人としていない森の中。

 舗装された道路を歩いているのだが、そもそもこのあたりは町から大分離れている。この先にも大きな町はないので、商人が通ることもない。では、なぜヤヨイがこんな何もない道を歩いているのかというと。


「魔物ねぇ」


 アイレーン法国では、人々に害を及ぼす魔物はほぼ発生しないと言っていい。

 生まれても草食獣の魔物くらいのもので、そしてそれこそがヤヨイがここにくる理由だった。ケルンを出た後、ヤヨイは冒険者ギルドに所属した。

 全てが縛られているこの国に冒険者ギルドがあるというのも不思議な話かもしれないが、よく考えてみれば当然とも言える。最も、他の国ではこういう仕事を、何でも屋と呼ぶのだろうが。この国の人間は、善意から誰かの役に立とうとする。しかし、一般人にできることは限りがあり、彼らにだって自分の仕事がある。守衛は担当する町を守り、商人は町を行き来し商品を売る。突発的な事故や災害に対応するために生まれたのが、冒険者ギルドだ。

 特定の条件を満たした者に限り、つける職業がある。冒険者もその1つなのだが、なぜヤヨイにその仕事をする権利があるのかと言えば、支配魔法のおかげだった。

 父親から与えられた魔法が、浅はかではあるが、この国で自由に生きる権利を与えてくれたのである。


 父親に会うために。

 そして、まだ顔も知らない、1人の同胞を救うために。

 ヤヨイは——働かなければならないのだ。


 今回ヤヨイが請け負った仕事は、農家を荒らす鳥型の魔物を追い払うこと。収穫は秋の初めに行われるので、その前に食べられるわけにはいかない。

 先ほど何でも屋といったが、基本的に冒険者に魔物は付き物である。たとえ人間に直接的な被害を与えない魔物でも、生きている限り、何かしら害を及ぼす。怒り狂って民家を襲うこともあれば、今回のように畑や家畜に被害を与えたりするのだ。

 鳥型の魔物は、特徴として、群れる。団結力があるのか、敵対する生物に対しては群れ全体で魔法を容赦なく放ってくるので、非常に厄介だ。普通の冒険者は、このクエストを受けることすら嫌っている。

 そして、だからこそ、儲かるのだ。




 農家の娘が、家の前でヤヨイを出迎えた。


「あ、来てくれた。あなたが、冒険者……様?」


(失礼にもほどがあるだろう)


 初対面でこの反応は、丁寧だがある意味傷ついた。もちろんヤヨイも、自分が一般的な冒険者のイメージとはかけ離れていることは重々承知してはいる。

 そもそも、ヤヨイはまだ15歳なのだから。


「はい。畑はどこにありますか?」


 依頼書を提示すると、驚きながらも信じたようで、案内してくれた。

 一階建ての広い家の周りを歩いてしばらく、柵で囲まれた広大な土地が見えてくる。そして、辿り着いたその時、その光景を見て、ヤヨイはこの仕事を選んだことを少しだけ後悔した。


 青かった。

 畑が、一面。青一色で埋め尽くされていた。


「これ、全部か」


「は、はい、何とかなりませんか!?」


 魔鳥の群れとは聞いていた。だが、ざっと見ても100匹は優に超えている。ヤヨイの嘆きに、冒険者でも対処は難しいのかと困惑する娘。この畑で収穫が出来なかったとしても備蓄があるだろうが、自分達だけで食べるわけではない。これを売って、生活の足しにしようと一生懸命育ててきたのだ。ある程度は国から恩恵を得られるとはいえ、とても残念だろう。

 実際、普通の冒険者ならば難しい。

 剣やら何やらで狩るのも駄目だろう。襲いかかった直後、蜂の巣にされるのは目に見えている。しかし、ヤヨイは普通の冒険者とはあまりに違いすぎていた。


「別に無理じゃありませんよ。ただ、少しばかり多いなって」


「す、すごいですね」


「ただ、危ないので、少し離れていてください」


「はい、分かりました」


 感嘆の声を漏らしつつ、そっと数歩下がる。

 少しだけ不安を覚えるヤヨイだったが、何か起きれば逃げてくれるだろうと踏み、作戦を実行に移すことにした。


 そっと、足元に転がった手頃な石ころを拾い上げる。


「え、あの、何を」


 背後から聞こえる声を無視して、ヤヨイは大きく振りかぶった。


「お、ら、よっと!」


 投げた石は、綺麗に放物線を描き。

 一匹の魔鳥の脳天に直撃した。

 鶏が泣くような短い悲鳴をあげて、目を回しながらパタリと倒れる。


 直後。

 辺りの魔鳥らが、一斉に飛び上がった。


「きゃああぁぁァァッ!?」


 目の前で起こった出来事に絶望し、何を言っているのか分からないほど冒険者を罵倒しながら家の方へと走り去っていく。

 ヤヨイはといえば、余裕の表情で、ちょっと気持ち悪いなと鳥達を眺めていた。何せ、次々と魔法陣が構築されていき、それらが全て自分の方を向いているのだ。表面に少しずつ氷の破片が生まれていく。


「さて……剥奪っ!」


 その礫が放たれた直後、ヤヨイも魔法を発動させた。


「ヒュイ?」


 それはまるで、時が止まったかのようだった。

 ヤヨイから一定距離を取りながら、それらは宙に浮いたまま、一瞬で動きを止めたのだ。魔法を発動した鳥達も、何が起こったのか理解できていないらしい。


「反射」


 ヤヨイがそう呟けば、掌の魔法陣にまた1つ陣が重なる。そして、それは全ての氷に作用し、一斉に逆方向へと跳ね返した。

 自身が作り出した氷の刃が、魔鳥を襲う。


 だが、さすがは魔法が使えるだけあって、大半は避けた。倒せたのはせいぜい3割といったところだろう。ヤヨイは続けて魔法の準備をするため、集中しようとしたのだが——鳥達は一斉に逃げ出した。


「あぁ、そう」


 無理もない。

 自分の攻撃が、自分を傷つける。そんな敵にどう勝てばいいのか、ヤヨイですらわからない。


(まあ、俺に魔法を認識させないか、奪わせなければいいだけなんだけど)


 それをするならば、もっと高位の魔物か、人間でなければ無理だろう。あの鳥達は、まだ魔法が使えるだけと言ったところで、その扱いが完璧だというわけではない。それこそ、魔法を完璧に扱えるのだとすれば、奪うのに必要な魔力も精神力も桁外れなものになるだろう。

 そんな相手とは当たりたくないなとヤヨイが考えていると、後ろから足音がした。

 振り返れば、先ほどの娘が恐る恐る近寄ってきている。


「仕事は終わりました。片付け手伝いますよ」


 依頼された内容は、魔物を追い払うことだ。そのため、討伐できなくてもヤヨイには問題はなかった。そもそもあれを全て討伐しようと思えば、よほど手慣れていなければできない。


 少しばかり散らかしてしまったことを反省して、苦笑いしながら伝えれば。

 案の定、娘や彼女が連れて来た一家は、ヤヨイを見つめて呆然と立ち尽くしていた。



 ❄︎



「今回も早いですね、さすがヤヨイさんです」


 冒険者ギルド内にて。

 受付嬢にクエスト達成を報告したところ、報酬をもらい褒め称えられるヤヨイ。


「あぁ、こんなに仕事ができる冒険者さんがいて助かります。他の方もだらけてないでテキパキ働いてくれたらいいのに!」


「……」


「すみません、ヤヨイさん」


「い、いえ、良いですよ。……ここの人達の堕落ぶりは俺も知ってるので」


 当てつけのように大きく抑揚を付けて嘆く彼女の姿に、しかし冒険者達は気まずそうに目を逸らすだけだった。

 冒険者の仕事は、普通の人が行えないものが多い。そのため、ある程度規則が緩くなっているのだが、還って一定以上働こうとしないもの達が増えていた。この国で生活するぶんには多忙でいる必要はないので、当然といえば当然だが、ヤヨイがこの実態を知った時は唖然としたものだ。


「魔法を使えるって便利ですよねー。でも、朝早く出て言ったにしては遅くありませんでした?」


「農家の人達が、倒した魔物の肉を調理してくれたんですよ。魔法を使える人は珍しいからって、色々聞かれました」


 おかげで昼食代も浮いたので、ヤヨイとしては万々歳の結果である。今は、少しでも節約して資金を集めなければならないのだ。

 それに、ここのところ働きづめで、疲労が溜まってもいる。今日のところは早く帰りたいと考えていた。


「では、今日はこれで失礼します」


「お疲れ様でした。またよろしくお願いしますね」


 ギルドを出て、潮風が吹く道を歩きながら、宿に向かう。

 ここは、アイレーン法国最北の港町、バルトレア。

 海外との貿易が盛んで、国境にも近いこの町には、隣国のフラキオ共和国から出稼ぎに来る者もいる。そのため、ヤヨイの隠れ蓑には絶好だった。

 フラキオ共和国は、別名、魔法都市とも呼ばれている魔法大国だ。各地に魔法学校があり、同時に、競争率も高い。そのため、この国に留学する者もいないわけではなかった。


「にしても、まだ少し時間があるな。休もうとは思ってたけど、早く帰ってもすることないし」


 さすがに森の中とはいえ、こんな大きな町で魔法の練習をするわけにもいかない。必要なものも先日ほとんど買い揃えたばかりで、夕食も宿のレストランで取るので気にする必要もなかった。


「市場で掘り出し物でも探すかな。ん?」


 そこで、町のいつもとは違った騒がしさに気づく。

 ヤヨイには関係ないことだが、明日は建国記念日、しかも建国500年のため国を挙げてお祭り騒ぎらしい。

 至る所に飾り付けをする者たちがいる。彼らの笑顔を見て、やはり少しだけ暗い気持ちになりかけるが、それもすぐ消えた。ケルンにいるユイが、建国記念祭を楽しみにしていたことを思い出したのだ。

 国民たちは何も悪くない。そして、この町で数ヶ月過ごしたヤヨイは、彼らの笑顔が偽物でないことを知っている。例え始まりが偽りでも、結果として彼らは幸せを感じているのだ。


 なんとなく市場の方へと歩いていると、この先の十字路で何やら人だかりが出来ているのが見えた。すでにヤヨイがこの町に住み始めてから3ヶ月が経つが、こんな出来事は初めてだった。


「すいません、ちょっと失礼」


 少しでも前に進み様子を伺おうと試みる。

 が、なかなか思うように進まない。


「こりゃ、高いところから見た方が——」


 その時。

 人混みの中に、少しだけ、黒髪が見えた気がした。


「ッ!?」


「ちょっと!」


 少しばかり強引になるが、慌てて人混みを掻き分ける。途中でようやく道路の様子が伺えたが、そこにいたのは。


 長い黒髪を背中で束ねた、巫女装束を来た少女だった。

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