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理由

 

 突然姿を現したこの国の統率者に、ヤヨイはどう反応したか。

 正直に事実を告げるのならば、当然──畏まった。


「え、と、法皇様、何故こちらに」


 複雑な心境ながらも、無理やりに敬意を払って接する。神である以上、警戒して損は無い。神に会った覚えは二、三度ほどしかないが、ヤヨイは彼女もまた強力な力を持っていると確信していたからだ。

 が、作り物のそれにはもちろんそんな様子など一切見られない。口元は引きつって、瞳は出鱈目に混ぜた絵の具のようにその心境を映し出していた。

 憤怒、嫌悪、憎悪。どれも正直に言って不敬としか捉えられない。


 しかし、そんな彼の反応を見ても、法皇は愛想のある笑みを崩さずに軽く手を振った。


「そんなに固苦しくしなくて良いわよ。別に、初対面ってわけじゃないでしょう?」


 まるで、久方振りに出会った旧友と話すように。

 彼女の狙いが何なのか分からないヤヨイは黙ったまま逆に固まってしまったが、そんな様子を目にしても彼女はあっけらかんと話す。


「ああ、記憶を操作したんでしたっけ?じゃあ──」


 法皇が闇色のオーラを身にまとって腕を振るう。

 そんな些細な、何気ない動きに対応できるはずもなく、ある異変がヤヨイを襲った。

 腕が振られた直後、ヤヨイは頭がぐらつくような痛みと強烈な目眩を味わったのだ。


『これで、思い出した?』


 地に膝を着いて苦しむ自分を、女神は何でもないことのように見下ろしている。ヤヨイはなぜかそんな気がした。


 そして、色々な事に納得が行く。

 なぜ、自分は法皇の顔を、その容姿を知っていたのか。

 なぜ、初対面であるはずの彼女に、負の感情ばかりを抱いていたのか。


 目眩が少しずつ収まっていく。

 ゆっくり首を上げれば、やはり彼女は思っていた通りの表情でヤヨイを見下ろしていた。


「何故、わざわざ姿を現した?」


「そうね。うーん、あなたを救いに、かしら」


 何も取り繕わないまま敵意を込めて問えば、やはり彼女はあっけらかんと答えた。


「どの口が言ってる」


 それこそあり得ない話だとヤヨイは思った。

 なにせ、ここにいる彼女こそ、彼を父と離れ離れにした張本人なのだから。


「ヤヨイ。いえ、ヤヨイ=ツキカゲ。あの女神は──サリアは、あなたの味方なんかじゃない」


 しかし、それでも彼女は主張する。

 そして彼にゆっくり近づいて、テーブルに片手をつき、今度は冷たい瞳で見下ろして告げた。


「ただの、殺人鬼よ」


「っ!」


 ヒュギエイアの時と同じ。

 神特有の性質なのかは分からないが、無機質な、感情が薄れたような瞳だった。

 一体彼女の何を見てきたのか。


 ヒュギエイアが語った通り、確かに彼女はサリアの敵なのだろう。どちらが正義でどちらが悪かなど分からないが、そんなことは最早関係ない。


 そう。そんなことは、ヤヨイには関係のないことだ。


「俺には」


 だから。


「俺にはその話が、どうしても信じられないし、信じる気もない」


 彼はそれを信じずに、自分を救ってくれた女神を信じるのだ。理由など、それで事足りている。


 少なくとも、あの薬師が見て、聞いたことは本当だと信じられる。彼女がその情報を受け取ったことそのものは、きっと事実なのだろう。

 しかし、受け取ったものが真実であるかどうかはまた別の話だ。だからこそ、ヤヨイは信じない。


「そもそも、何でお前は、ただの一はぐれ魔導師でしかない俺を気にかけた?俺はこの国の脅威と見なされるほど強くは──」


「支配魔法」


 抱いた疑問を法皇にぶつけていると、彼女は未だ厳粛な雰囲気で答える。


「あなたのその魔法は、この国に最もあってはならないもの。数多の禁術の中でも最高ランクに位置するものよ。だって、その魔法さえあれば、この国を崩壊させることなんて造作もない」


 この国の民達は、彼女の力によって縛られている。思考を、認識を、彼女の思うがままに。

 争いなど生まれない。なぜならば、争うだけの我欲も意志も、持ち合わせていないからだ。


 そしてそんな支配さえも凌駕するのが、ヤヨイの持つ力だ。シグレの呪いを解いたように、国民の呪いもまた解くことができるだろう。

 最も彼がそれを成すためには、場合によっては命の危険を伴う必要があるのだが。


「そして、そんなあなたにはいつもサリアの影があった」


 それでも彼女の統治を覆すことが可能なヤヨイのそばに宿敵の姿があるため、気が気では無かったのだろう。


「それこそなんの脅威にもならない一はぐれ魔導師なら、問題は無かった。彼女がいくら関わっても、何も出来ないもの。でもあなたは違う」


 だから会いに来た。

 そう言う彼女は、真剣な瞳を彼に向けた。


 もう彼女とは関わるなと、そういうことなのだとヤヨイは思ったが、正直今その話をするのは違うとも感じた。

 だから、意思表示だけしておく。


「どうしても俺にその言葉を信じさせたいなら、証拠を出せ」


 殺意に近い感情を込めて睨みつけたまま、隠す必要も無いので断言する。


 映像も、写真も、おそらく書類もない。

 だってここは、この国は、この世界は、『誰か』が生きていた世界とは別の世界だからだ。

 彼女が神の奇跡でそれを差し出したとしても、法皇が当事者である限り信用することはできない。


「ヒュギエイアから既に報告は受けてるはずだ。俺はあの女神を無償で信じる。父さんとの日常を壊したお前を信じるなんて出来るはずがない」


 裏切り者であるあの男以上の怨敵の言葉を、なぜ信じられるのか。少なくとも、感情論や状況証拠だけで決めつけることはできなかった。


「そもそも、何でお前はこんな国を作ったんだ?争いの無い世界があるなら、確かにそこは楽園と呼べるだろう。だがそれは、そこに住まう人々が自分の意志で生み出してこそ価値があるものだ。それを権力でも地位でもない、ただの一個人の力で縛り付けて創り上げたって、意味が無いだろ」


 ヤヨイの知識の中にある歴史にも、確かに暴君は存在する。高い税金で民を苦しめた王もいれば、己が欲に従って周りを顧みずに圧政を強いた者もいる。

 だが、法皇ほど民を縛り付けた王はいないだろう。


 ヤヨイの言葉を黙って聞いていた彼女は、静かに彼を見つめ返していた。

 それからしばらく、彼女は歩き出す。

 長話になるのか、彼の向かい側にある椅子に腰掛けて。


「なら、始まりから語るとしましょう。なぜ、私がこの国を創るに至ったか」


「…………」


 どうせここから出ることはできない。

 ヤヨイは仕方ないと自分を抑え、彼女の方へ座り直した。


「こことは別の世界、数千年も前のこと。天界には数多の神々が存在していた。時を司る者、全能を統べる者、世界を操る者。けれどそんな中、神話に記されていない無名の神々もまた存在していた」


 その話は、以前ヒュギエイアから聞いたものと酷似していた。


「その一柱の神名が、サリア。いつから存在しているかも分からない、正体不明の神の名よ」


 正体不明ゆえに、恐れられてきた。差別を受けてきた。ヤヨイはそう聞いている。


「そんな彼女はある日、ある人間を殺した。神々の戒律に背き、罪を重ねた。平凡な家庭で育ち、一人暮らしを始めたばかりの若者を、無残にも殺めてしまった」


 前回と違うのは、それが伝説や神話などの、自分と関わりのない話では無かったことだ。


「それがあなたよ。ヤヨイ」


 ただ一つ。あの女神が知り得なかった情報を、法皇は知っていた。


過去編にはなりません。

語りは続きますが。

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