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牢獄

 

(いてー)


 地面に押さえつけられた時の腕の痛みはまだ残っている。

 手錠を持ち歩いている筈もなく、ヤヨイは未だに両手を後ろ手に拘束されていた。紐も手錠も使われてはいないが、それが逆に恐ろしいとも言える。最悪両手が使えなくても走って逃げる事はできるが、上位騎士の素手でがっしりと掴まれてしまっては、迂闊に動いてどうなるかヤヨイは想像したくもなかった。

 そして、この後訪れる未来も、可能なら考えたくはない。


(どうする?武器が無いとはいえ、ゼノをあっさり組み伏せた騎士相手に、俺に何が出来る?)


 ヤヨイを取り押さえた騎士に即座に襲いかかったゼノは、彼と年の頃が変わらない女騎士に易々と組み伏せられてしまった。

 魔法の技量では宮廷魔導師に劣らないヤヨイでも、体術や剣技で化け物と呼んでも他言ではない彼ら相手では為すすべがない。


 だが、このままではまずい。

 いくら支配魔法を使えると言っても、相手が魔法を使わない限り基本的に無力なのだから。


(それに)


 ヤヨイの脳裏には、一人の少女の姿が浮かんでいた。


 彼の鋭敏な魔力感知で捉えていたが、騎士達が先ほど確認した瓦礫の裏にいたのはシグレだ。ヤヨイが咄嗟に幻惑魔法の魔石を使ったのでバレる事はなかったが、彼女が次に取る行動は目に見えている。


 確実に、彼女は自分たちを救いに来るだろう。


(とりあえず、牢に放り込まれてから考えるか?いや、そもそもそんなものあるのか?父さんですら抜け出せない場所から、どうやって)


 気づけば城壁をくぐり抜け、王城の中へと入っていた。

 知識がなくとも一目で高価とわかる石に、美術品の数々。この国の王が住まう場所なのだから当然とも言えるが、よく考えてみればおかしな話だ。

 騎士や魔導師は出払っているのか、廊下を歩く者は他にいなかった。未だ戦っている騎士達の怒号や斬撃音、竜の咆哮などが遠くから聞こえてくる。避難した国民達の雑踏もどこからか響いてきた。


 改めて思う。

 なぜ、ヤヨイ達はここに連れて来られたのだろう。


(もしかして、罪人達は皆ここに収容されてるのか?いや、それとも)


 敵地へ堂々と連れて来られたこともあり、ヤヨイは疑問が止まなかった。立て続けに、心の中で問いかけを続ける。答えが返って来るわけでもないのに、ただ延々と言葉を描く。

 それに大した意味はない。あるとすれば、少しでも落ち着かせるためだろう。


 そうしていると、前を歩くゼノ達が左に曲がった。

 現状何もできないため、大人しくそれに習おうとするが、


「お前はこっちだ」


「な、何で──」


 抵抗の意思を見せようとしたが、腕に力を込められて押し黙った。

 痛みはないが、この騎士が本気で握り締めれば人の骨など容易く折れるのではないか。ヤヨイそんな気迫を感じたのだ。


 大盾を背負う騎士の殺気は、以前遭遇したゼノの師匠のそれに勝るとも劣らないほどに鋭い。いや、彼の話によれば、この男も師匠と呼べるのか。

 気圧されながらも視線をずらして遠のいていく仲間を見やれば、ゼノはヤヨイをじっと見つめたまま頷いていた。彼らの実力を知るゼノですら、まだ諦めていないらしい。


 少しだけ落ち着いて、抗うことなくまた歩き出した。


 ただひたすらに廊下を歩き続ける。そのため景色にこれといった変化もなく、相変わらず人影はなかった。何度か階段を登っていくが、そのうちに気づく。


(おかしい)


 外から見た大きさと違う、というようなことはない。

 ヤヨイが疑問に思ったのは、むしろ先程から変わらない建物内の景色だ。城の装飾、構造、壁や階段の彫られ方、その紋様に至るまで、何故か既視感がある。


(前世の知識か?いや、そもそも前世の中世とは違うし)


 僅かな記憶と知識の大半が戻った当初は『魔法がある中世』という認識でいたが、それはすぐに改められた。服の作り方や建築様式から見れば、むしろ前世と同じ程にまで進んでいる。電子機器は存在していないが、当時から一昔前の時代の建物と同等だった。いや、そのレベルの建物が連なっているのだから、やはり此方が異常だろう。


 ひとしきり生まれる違和感に得体の知れない恐怖さえ感じていると、どうやら目的地に着いたらしい——が。


「ここにいろ」


 騎士はヤヨイを突き飛ばすようにして、そこに放った。


 しばらくして通されたのは、ヤヨイの思いもしないところだった。

 はっきり言って、牢獄などではなかった。


 外から見れば、いや中から見てもただの部屋だ。


 見るからに高価なな調度品や家具が並べられている。王都にある部屋の全てがこうなのだろうかと軽く現実逃避をしそうになったが、何とか耐えて後ろを振り返る。

 去って行く足音も、鍵をかける音も聞こえなかった。

 しかし。


(開かないか)


 魔力は感じない。魔法とは別の、それでも結界に近い何かがこの部屋を包み込んでいる。そんな感覚があった。


 すると、彼はヒュギエイアの証言を思い出す。

 確か彼女は、ある部屋から妙な気配を感じていたと言っていた。もしここが彼女のいう部屋だとすれば、彼の父親はここにはいないのだろう。もしくは。


(この城のどこかに、これと同じ部屋が?)


 魔力感知で探って見るが、それも無理らしい。まるで外には何も無いかのごとく反応がなかった。

 つまり、彼にできることはそれこそ何も無い。支配魔法で脱出できたとしても、のこのこ出て行けば斬り殺されて終わりだ。


(とりあえず、今は休めるだけ休んでおこう)


 次に誰かが入ってきた時、その何者かに問えばいい。

 戦いで消耗した魔力と精神力を、今は少しでも回復すべきだ。

 慣れない豪奢な椅子に腰掛けて、体を楽にする。そのまま瞑想でもして気持ちでも回復を早めようとした。


 ——しかし、それは叶わなかった。

 数分も経たないうちに部屋がノックされ、ある人物が入ってきたからだ。


「待たせて悪かったわね」


 自然と視線を向けて、目を丸くする。

 その声音で、その立ち姿で、その気配で理解してしまった。


 法皇その人が、目の前に現れたことに。


すみません、定期更新を守れませんでした。

次は2日後に投稿する予定です。

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