白雷
遅くなりました。
その上とても短いです。
「ふう」
テイラーの魔法が龍の攻撃を無力化してから半刻ほど経過した頃、彼女はため息を吐いた。
長い緊張が解け、立ち続けていた体も揺らめいた。
「終わったぁ」
「お前が居てくれて助かったよ。テイラー」
「こちらこそ」
王都の外壁を背もたれにして、聖女は微笑み返す。
本来なら、彼女はその二つ名に反して攻撃役として猛威を振るうのだが、今回ばかりは敵が悪かった。彼女の精神力はまだ気怠い程度で済んでいるが、元々光属性魔法は多めに魔力を消費する。そのため、今の状態の彼女はまともに魔法が使えない。
だがそれでも、小型の魔物を相手にするくらいはできるだろう。
「お前はしばらく休め、あとは俺たちがなんとかするよ。残りの敵くらいはやれるから」
しかし、目の前の旧友は彼女の思考を読んでいたのか、すぐに告げてきた。
「でも、まだ戦いは──」
「どうした?」
抗議の声を上げようとしたテイラーだが、その発言は途中で止まった。不審に思ったガルドが尋ねるが、反応がない。
彼の助言に眉根を寄せていたが、今はすべての感情が抜け落ちたように無表情でいる。その顔に少しずつ色が戻って、最後に苦笑いを浮かべた。
「あー」
それは、やってしまったというような、どこか引きつった笑い方で、彼女はただ嘆く。
「ヤバいかも」
❄︎
「──さて」
龍の真上を陣取るクレイドが、眼下の巨体を見下ろして盾を構えた。
しかし、彼の元に走り寄ってきたフィナがそれを制する。
「私が止めを刺す」
そう言われて些か迷ったらしいクレイドだが、やれやれと肩を竦めてその場を譲った。巻き込まれないように去っていくその背中に、彼女はこくりと頭を揺らす。それは、彼女なりのお礼だった。
漲る戦意と共に、魔力が槍に注がれる。
歪なオーラを纏ったそれは、少しずつ輝きを増していった。部隊の皆が息を呑むのを背後に感じながら槍を振り下ろそうとして、彼女は大きく跳躍する。
彼女の直感が言っていた。今、ここに、この龍の傍にいてはいけないと。
彼女の咄嗟の行動に、騎士達は付いて行った。
遠くから弓の玄に指をかけていたケイルも、尋常でない彼女の様子にさらに距離を取り始める。
「くっ!」
直前まで彼女がいた場所を、真っ白な何かが埋め尽くした。
それは恐らく、先程の雷と同質のものだった。視界を封じられ、ただ迫ってくることだけは分かる衝撃波に苦悶した。吹き飛ばされている最中、彼女は仲間達の身を案じていた。
地面を転がり、いつしか止まる。魔力による肉体強化もあり、次第に視界は元に戻っていくが、まず目の前に現れたのは焦土と化した街並みだった。
「今度は何だよ!?」
「これは」
聞こえてくる後輩達の声に安堵する。
隊長の気配は感じられないが、彼のことはそこまで心配していなかった。自分が生きているのだから、彼が窮地に陥っているとは思えない。
そして、そこまで考えて次に瞳に映ったものは。
「っ!」
自然と恐怖のようなものを感じる、先程の龍を優に超えるほどの巨体。
龍の鱗に覆われた、人の形をした魔の化け物だった。
❄︎
「さて、これで第三段階だ」
遠くに見える自身が創り出した異形の姿に、男はそう独りごちた。
それは、前回の魔人とは一風変わった存在。こればかりは教会の精鋭達も苦戦すると彼は確信していた。
「さあ、邪神。どうする?」
この国を統べる王をそんな名で呼ぶその声は、普段の軽薄さを忘れさせるほど暗く、黒い。まるで闇に呑まれたような凶悪な笑みを浮かべている。
しかし、その笑みがふと、その色を変えないまま消えた。
まるで異物を捉えたような、何かが入ってくるような違和感を感じたのだ。
(────まさか)
厳しい視線を王都へ、その中央へと向ける。
僅かに見える王城の端を睨みつけながら、彼は歯噛みした。
❄︎
「──始めるか」
他に人影のない城壁の上で、上空に浮かぶ魔法陣を見上げてヤヨイは呟いた。
その光は城下町で目にした時と比べて輝きを増している。それは物理的に距離が近くなったからか、それとも魔力量が増大しているからか。
どちらにしても、今ヤヨイの脳裏に浮かんでいたのは。
今この瞬間こそ、好機であるということだ。
ゆっくり右手を伸ばす。
その時、魔法陣が放つ光が、少しだけ治った。
「剥奪」
掌を向けて、言い慣れた魔法名を口にした。
続けてある魔法を発動するれば。
次の瞬間、天が割れた。
次は長めになります。




