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聖女

短めです。

 

 現れた竜はまだ子供と呼べる大きさではあるが、それでも見上げる程はある。


 雷鳴とともに生み出された竜が、動かないままそっと目を開ける。そして、その獰猛な瞳が、眼下の少女を捉えた。

 愚直にも噛み付こうとしてきた竜の牙がテイラーを捉えようとして、彼女はそれを制するように右手を振り上げる。


「舐めないでもらえるかな」


 その掌から光が放出し、竜の体を文字通り吹き飛ばす。


裁きの光(アーク・ライト )


 木々を薙ぎ倒して数メートル飛んだ竜に向けて、さらに右手を振り下ろした。


 竜の真上に大きな魔法陣が浮かび、鉄槌を型どった光が落ちて竜を丸ごと包み込んだ。


「あー、疲れた疲れた」


 光属性魔法。

 その名称を聞いて思い浮かぶとすれば、光を衝撃波として使ったり浄化するといった戦法だろう。

 しかし、この世界の魔法は闇と光が対局に位置している。そして闇属性魔法の性質は、絶対的優先度だ。どんな物質でも切れるし、術者によっては空間さえも操ってしまう。その対局である光が、それに劣るはずもない。

 天に還す光。


 その光に触れたものは、消滅する。


 触れた部分が光と同化して、跡形もなく無くなるのだ。対象を選べば浄化と同じような現象も引き起こすことが出来る。

 他と比べて複雑怪奇な魔方陣を記憶するためには一種の才能だけでなく、尋常でない努力も必要とされる。

 だからこそ、この力を得た彼女は、その力を知る数少ない者達にこう呼ばれていた。

『聖女』。

 法皇の──教会の定めた法に逆らう者には天罰を与え、その庇護下にある者全てを守り祈りを捧げる少女。


 しかし、その実態は。


「もうやだー。早く帰りたい」


 身近な人からすれば、少し、いやかなり自由奔放なただの子供にしか見えていなかった。

 その場に居合わせても、今のが竜種を消滅させた直後に発された一言だとは誰も思はないに違いない。


 さり気なく周囲を警戒しながら、王都は北門へ向けて歩き続ける。

 それほど離れてはいないのですぐに門へと辿り着けば、そこに魔導師団がちょうど駆け付けた。

 その中の一人、旧友である男の魔導師が声をかけようとしてくるが、突如響いてきた別の声に遮られる。


『これを止められるかな?』


 そして、遥か後方に一際大きな雷が落ちた。


 魔導師達がすぐにそちらを見遣れば、黒い雷がバチバチと森に降り注いでいる。

 それらは少しずつ纏まって、その脚を、翼を、頭を形作った。

 現れたのは、龍だ。全長は遠すぎて分からないが、五十メートル近い外壁を越えそうなほど高い。


「そう来たか」


 テイラーは不敵な、どこか力ない笑みを浮かべてそう呟いた。

 いかに彼女でも、魔法に耐性のある、ましてやあれほどの大きさの龍を相手にするのは難しい。


 しかしそれは、一人きりで戦う場合に限る。


「ガルド、皆を指揮して」


 顔見知りの魔導師の男に声をかければ、彼は何かを悟ったように彼女を見る。

 そして、笑みを浮かべた。呆れとも、期待とも取れる。


「分かった、頼むぞ」


 その返答に頷いて、彼女は門からある程度の距離を取る。

 遠くに見える龍の姿を見る。そして魔力の震えを感じ取りながら、杖を地に突き立て、詠唱を始めた。


「大気の壁よ。我が祈りを宿し、その光を灯せ」


 たったそれだけの短文詠唱だが。


「天の加護アウレオル・ベール


 その祈りが、天に届いたのか。

 まだ習得したばかりの魔法は、彼女の足元にその根を下ろし、光る。

 芽が生まれ、伸びていくように、光の帯が広がっていく。


 それは本来、雪国などで見られる景色。

 空を照らす星の光を宿した空気が、カーテンのようになびき、王都の外壁を覆う。

 それは正しく、極光オーロラ だ。


「!!!」


 巨竜が咆哮し熱線を放ったのは、その時だった。


「っ!」


 外壁の前に立つ彼女は今にもその熱に呑まれそうだが、魔法は決して彼女を離さない。継続的な光線に耐え続け、火花のように眩く輝く。

 その様は、なんとも形容し難い。

 巨竜の咆哮は、炎の延長にある光だ。その熱量で射線上にあるもの全てを溶かし、燃やし尽くすそれは、獄炎にも等しい。

 それを防ぐ極光は、聖なる光そのもの。神の後光とも称される極彩色の輝きは、赤熱する光線を受け止め──消している。

 逸らすでもなく、包み込むでもなく、竜の魔法を異空間に呑むように消滅させているのだ。


 それは、その場に居た誰もが初めて目にした景色だった。


(お願いっ!)


 木々は焼かれ、地は溶解し、それでも彼女は祈り続けた。

 目の前の光の帯の先で地獄が具現化しても、心が折れることは無い。その根底にある信念が、彼女の柱だ。


 法皇が、教会の仲間が、国民達が後ろにいる。

 そして、先程出会った少年も。

 今この瞬間、龍の一撃から彼等を守れるのは、自分のみ。心細いとは思わない。投げ出してしまおうという気は、毛頭ない。

 要は、自分が彼らを守り切ってしまえばいいだけだ。


 これ程の大規模な魔法のぶつかり合いでは、どちらの魔力制御が上手いか、そして単純にどちらが強いかが要となる。

 魔術と違い、魔法は術者の意志が反映されるものと、テイラーは考えていた。

 ならば、祈るだけだ。


 力が拮抗したまま、時間が経つ。

 そしてある瞬間、光は消えた。


 龍の攻撃が、先に止んだのだ。

 光線を放ち続けた龍の精神力が、先に危険域に達していた。


 杖を必死に握りしめていた聖女は、達成感と共に叫ぶ。


「さあ、反撃開始!」


 そして、様々な魔法が龍へと放たれる。

 怨嗟のような唸りと共に、龍は呑み込まれた。


……あれ、主人公どこいった?

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