戦友
仕方がない。
こうなっては、見逃すわけには行かない。
その想いを抱いたのは、決してヤヨイだけではなかった。
「はっ!」
瞬時に距離を詰め、竜の顎目掛けて拳を振り上げる。
頑丈な竜の鱗には、人間の打撃が通用するはずがない。ヤヨイがそう思ったのは、今戦っている彼の拳闘を、間近で見たことがなかったからだろう。
その一撃は竜の防御力を上回り、竜の顎をかち割った。その衝撃が脳まで届いたのか、その巨体を地に横たえる。白目をむいたその様子から、すぐに眼が覚めることはないだろう。周囲の気配からも、迫ってくる脅威はない。
安全を確認したゼノは背後に声をかける。
「早く城へ」
「は、はいっ!」
背中に庇っていたのは、一組の親子だった。
息子を守るように抱き締めていた母親は彼の戦う様を見て驚いていたが、その言葉を聞いて、頭を下げて感謝の意を示して去っていった。
涙を流しながらじっとゼノを見つめていた、少年を抱き上げて。
「…………」
体が勝手に動いた。
それは、魔物に襲われた親子、そして命懸けで子を守る母親という構図によるものか一瞬計りかねたが、すぐに考えるのをやめる。
それが善意によるものだろうと、偽善に満ちたものだろうと、自分が彼らを救った事実は変わらないのだから。
周囲を伺ってから、ゼノは路地裏を目指して歩く。
「無事か、シグレ」
「うん」
建物の陰に隠れていた彼の主人は、不安げに返事をする。何故怯えているのか理解できなかったゼノだが、彼女の行動から気がついた。
歩み寄って来たシグレは彼の手を取り、魔法をかけたのだ。
「助かる」
「私には、これくらいしかできないから」
その理由は、彼女に戦う力が無いことだ。
付加術による魔力の刃は竜の鱗に通用しない。シグレが覚えているのは回復魔法のみで、もし前のように禁術を使えたとしても、一般人も巻き込むため使えないのだ。
しかし、それはゼノもさして変わらない。
彼女の言葉に俯いた彼もまた、この状況を案じていた。
(この拳は、あと何度振るえる?)
彼が竜を一撃で倒せたのは、体に負荷がかかるほど魔力を込めたからだ。
シグレの回復魔法の効力は凄まじい。
それこそ、激痛が走っていた腕が今にも感知してしまうくらいに。
けれど、彼女にあまり負担をかければいざという時に困る上、回復魔法も万能ではないのだ。対象者の体がその魔力に耐えられない場合もある。
だが。
「騎士団が来るまでの辛抱だ」
彼らさえやってくれば、まともな戦闘ができない二人など必要無くなる。
「それより、ヤヨイは?」
「それが……」
シグレは少し言い淀んでから、戸惑いがちに答える。
「さっき戦ってる反応はあったんだけど、すぐに消えて」
彼女が悔しそうにしているのは、彼女の魔力感知がヤヨイと比べて劣っているからだろう。彼自身は魔法の技量や魔力感知をそれほど重要視していないようだが、一般の基準から見れば遥かに飛び抜けている。
ただでさえ戦う力がない今の状況で、それでも役に立てないことに自身をなくしているのかもしれない。
しかし、そんな不安を払拭する意味も含めて、微笑みかける。
「十分だ。あいつがこんな街中で魔法を使う危険を冒したのなら、答えは一つ」
つまり、彼はもう、強行突破するつもりなのだろう。
彼の望みを叶える道にある障害を、この混乱に乗じて打破し、一気に走り抜けるつもりなのだ。
彼の父の元へと。
「俺たちも、城に向かうぞ」
❄︎
一方その頃。ゼノが目指すと決めた、王城の隣。
教会騎士団の本部の前では、王都を襲う脅威をまるで忘れたような軽い挨拶が交わされている。
「さーせん、遅刻しました〜」
「……遅いぞ、ケイル」
背の高い男は何の悪気もなさそうに、少し長めの茶髪を指先でいじりながら姿を現した。
その様子に、待たされていた張本人は苦い顔をするしかない。
しかし、当の本人であるケイル=トクターはそんな言葉が返ってくるとは思わなかったのか、自身の上司の顔を見て瞬きした。
「なんだ、置いていってくれて良かったのに」
そんな隠そうともしない本音に怒りは既に通り越し、そして呆れ、一週回ってまた苛立ちを滲ませるが、耐える。
元からこうなることは予想できていた。
「法皇様の命だ。すでに他の騎士達が向かっているが、俺たちは部隊で行動する」
「その意図は何でしょうか?」
彼がやってきた事で今回の作戦を話そうとすると、隣からそんな疑問の声が上がった。
まだ幼なさが残る年頃の少年だ。声変わりしていないことも相まって、ここに集った騎士達と見比べれば異色の存在である。
しかし、そんな少年の質問にも、盾を背負った騎士──クレイド=ウルヴァスは真剣に答えた。
「こんな大掛かりな魔法陣を組んでおきながら、小竜の群れだけで済むと思うか?」
「つまり」
更に、二人の背後から高い声で説明がなされる。
「私達は、神獣クラスの魔物に対処するための部隊」
「え!?」
「安心しろ。正面切って戦うのは俺たち二人だけだ。だろ、フィア?」
確認を取ったクレイドに対し、桃色の長髪を揺らす女性は答える。
どこか眠たそうにも見えるが、これが彼女の素であることはこの場の誰もが知っていた。そして、その実力も。
「前衛は私とクレイドがやる。デュークはいつも通り遊撃に集中してくれていいから」
「よ、良かったー」
安堵の息を吐くデュークという名の少年騎士。
しかし、その会話を聞いたものは皆疑問に思うに違いない。
遊撃。防御に特化するでもなく、ただ敵陣を混乱に陥れるための役割は、時に戦争の勝敗を決する要因ともなる。だが、その役割を、こんな少年が任されているのだ。
そう、彼らは精鋭。教会騎士団の中でも選りすぐりの上位騎士なのだ。
「さあ、行くぞ」
その部隊の隊長を務めるクレイドは、戦意に満ちた声音で歩き出した。
王都は混乱に満ちていた。
しかしそれでも、騎士達、魔導師達が駆けつけた途端、突然現れた竜たちも次々と数を減らして行った。魔方陣は未だ残ったままで、またいつ魔物を降らせるか分からない。
一般兵だけでは対処しきれない場合のために、上位騎士達は半分ずつ分けられ、南北それぞれに配置されている。
北側を防衛するクレイド達は、国民たちの安全を確保すると同時に、常に警戒していた。
「…………」
「どうした?」
と、そんな時。いつも無口な彼女だが、その立ち姿はどこか普段の印象とは違う。揺れる心を平静を保つように、凛と立っている。
その目の前には。
「お前じゃないよな?」
「…………」
竜の死骸。
一体誰がこの竜を討ったのか。
そんな疑問を浮かべて立ち止まっていると、どこか鋭い声と、少し小さな影がどこからともなく降ってくる。
「隊長!」
デュークは軽い足取りで着地をして、勢いを殺さずに駆けてきた。
そして、早口に要件を伝える。
「魔法を使った人物を見かけたとの報告が」
「となると、ますます妙だ」
「こりゃどう見ても、魔法の仕業じゃないっすね」
愛用の弓に屋をつがえたまま、屋根の上からこちらを見降ろしてケイルはそう言う。
そう、見るからにおかしい。これが魔法によるものならば、彼らにはどんな種類のものなのか想像することすらできない。そこにあったのは、武器による切り傷ではなく、鱗も構わず頭蓋を砕かれた、無残な死骸なのだ。
「仕事が増えたか。まあ、いい」
少し前まで警戒はしていたが、今度は底冷えする殺意を込めて告げる。
「見つけ次第、殺すだけだ」
次回ちゃんとした戦闘シーン出します。
追加シーンが思いつかなければ……




