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約束

 

 少女が1人、踏み固められた道を走る。


 シグレ=アーカイヴ。

 宮廷魔導師に所属している彼女は、少しでも早く村にたどり着こうと必死になっていた。先程、遠くからでもわかるほどに強力な魔力が感知できたのだ。下手をすれば、結界が破壊されている可能性もある。首都などの大きな都市ならばまだしも、聞いているような小さな村では、結界に不備がある場合もあるのだ。

 村人に危害が及ぶ前に、自分が助けに行かなければならないと、シグレは思っていた。だが、同時に違和感も感じている。


(魔力を、感じない)


 既にあたりには、動物が一切見られない。

 小さな魔物ならば、通常時でも発生する可能性がある。だが、魔物が大量発生していると言う割に、血の匂いもしないし、何の気配も感じないのだ。


(早く!)



 何とか近くの森にたどり着いた。

 最初に魔物が発見されたのはこのあたりのはずだ。しかし、やはり何の反応もない。人為的に起こされた大量発生だとすれば、すでに目的が達成されたため、手を引いたのだろうか。


 そこまで考えて、ふと、残酷な光景が浮かんだ。

 生気を失い、亡骸と成り果てた人々の姿。


「っ!」


 しかし、村へとたどり着いて、憶測が外れたことを素直にシグレは喜んだ。だが、村人全員が無事だったわけではない。

 怪我を負った守衛達が、詰め所で手当てを受けていた。


「わざわざ来てもらって、ありがとうございます」


「いえ、遅くなりました。その怪我は?」


「森に変な光が見えたと思ったら、気づけば森の中にいて、このざまです」


 そうは言っても、実のところ大した怪我ではないが、彼らからしてみれば誰にやられたのかすらわからないのである。さぞかし無念だろう。

 シグレがそう思っていると、守衛がおずおずと頼みこんで来た。


「魔導師様、どうか、診てもらいたい子がいるんです」


「え?」




 シグレが促された部屋は、とある民家のリビングだった。

 この国にいる限り貧乏ということはないはずだが、生活必需品だけでなく、質のいい家具が並べられている。家主が勤勉に働いてるのだろう。その父親も、話によれば今は遠くの街に出ているらしいが。


「————」


 戻って来ても、一人娘が眠りについたままでは、悲しみにくれるだろう。何か原因があるはずだと考え、シグレはそっと少女の額に掌を乗せた。


「どう、ですか?」


 少女の母親が、悲痛な表情で尋ねてくる。

 体を調べたところ、シグレはあることに気がついた。


「魔力に、当てられた?」


 高密度の魔力に酔うというのは、シグレも聞いたことがないわけではない。しかし、魔法も使えない少女に、そんなことが起こるのだろうかと疑問に思った。

 だが、原因が何にしろ、大した症状ではない。

 母親にそれを話せば、彼女はほっと胸をなでおろす。


「あぁ、良かった。ありがとうございます」


「いえ、もし何か問題があれば、言ってください」


 この村での問題を解決するのが、今のシグレに与えられた任務である。最もこう言っては何だが、物騒なことならまだしも、物を直したり人を治療したりすることはできないだろう。自分にできることは最大限にしてあげたいと、シグレは思ったのだ。

 そう言われて笑みを浮かべる彼女だったが、突然真剣な表情になる。何かに敵対するのとは違う、大切なものを託す目だ。


「実は——っ!?」


 話だそうとした母親だったが、ふとソファに視線が向き、目を見開いた。つられてシグレも見やれば、少女の瞼がピクリと動く。


「ユイ!?お母さんよ、大丈夫!?」


 名を呼ばれた少女は、ううっと唸りを上げて目を覚ました。


「お母、さん?」


「ユイっ、良かった!」


「え、あ」


「森は危ないって言ったでしょう、何でっ!」


 シグレは最初、叱られていることに少女が泣き出したのかと思った。しかし、突如彼女から発せられた言葉に、胸を痛めることになる。


「や、ヤヨイが、魔物に殺されちゃったぁっ!」



 ❄︎



『貴方でも、随分と早い報告ね。まだ町に到着したばかりじゃないの?』


 淡く輝く石から声が響いてくる。

 時刻はすでに夕方と呼べる頃で、西の空が少し赤くなっていた。

 そこまで分かるのかと少し驚きながら、シグレは事情を説明した。


「————これが現在の状況です。先ほど村を歩きましたが、魔物の存在はほぼ確認出来ませんでした」


『つまり、人に害をなさない草食系の魔物くらいしかいなかったのね』


「はい。また、途中で発見した門番と少女は記憶が混乱しておりまして、その」


 苦しそうな表情を浮かべ、シグレはこの先の情報を伝えるのをためらった。

 彼女に追求することなく、通話の相手は話を続けるのを待った。


「少女の記憶では…………住人が一人、魔物の攻撃に巻き込まれ死亡したそうです。魔物によるものか、死体は残っていませんでした」


 シグレが悲しそうに報告を終えると、女性は口にした。


『貴方のせいではないわ。私達は最善の行動をしたもの』


 それに、と彼女は続ける。


『今回の騒動を起こした集団の情報を、別働隊が掴んだわ。その少年の犠牲を無駄にしない様すぐに戻り、貴方の力を貸してちょうだい』


 その言葉にシグレは驚くが、すぐに覚悟する様にはっきりとした口調で答える。


「承知致しました」


 通話を切ると、シグレは空を見上げ呟いた。


「ヤヨイ、か。もしかして…………」


 と、そこでシグレの脳に、ある疑問が浮かぶ。


(私、少年なんて言ったかな)




 ❄︎




 石から伝わる魔力が途切れ、通話が終わる。

 それと同時に、部屋の扉からノックの音がした。

 許可を出せば、男が一人入ってくる。


「失礼致します、法皇様」


「あら、あなたも随分と早いわね」


 声をかけられた女性——法皇は、うちの子たちは優秀ねと男を見つめる。

 外見は若く見えるものの、何処かそれに違和感のある態度が多い女性である。紫紺の髪を腰程まで伸ばした黒いドレスを身に纏う彼女は、ゆっくりと足を組み直した。


「別働隊が乗り込んだところ、すでにもぬけの殻だったそうです」


「想定通りよ。すぐに戻る様伝えてちょうだい」


「はっ!失礼します」


 男は一礼して足早に部屋を去っていった。

 法皇は立ち上がり、手近にあったワインを開けグラスに注いで窓に近づいた。

 ワインの香りを楽しみながら、笑みを浮かべこう呟く。


「見せてもらおうじゃない。人間の可能性を」




 ❄︎




 一人の少女が、部屋のベッドでうつ伏せになっている。

 ユイである。

 ヤヨイがいなくなってから既に三日も経つが、未だに目の前で起こった現象を信じられずにいた。

 今でもそれは、鮮明に思い出せた。


 夜中にヤヨイが起き、門番の様子を見に行くと言われ森に入っていった後、いつまで経っても戻らないので後をついていったユイだった。

 しかし、暗闇の中で魔物に襲われて逃げようとしたものの、足が竦んで動かなかった。

 死んでしまうと確信した彼女がヤヨイの名を呼ぶとすぐ駆けつけ、剣を振るって魔物を退治していく。

 だが、背後から再び魔物に襲われそうになったユイを助け、その身代わりになって森の奥へと連れて行かれてしまったのだ。

 森の奥からはヤヨイの叫び声が聞こえた。


 しかし、そこで気づく。


(あれ、何か違う様な)


 頭の中で何度も思い出そうとするも、靄がかかったように上手く思い浮かばない。

 しかし、数秒後、彼女の脳内にその時の記憶がはっきりと蘇った。




「すべき事をし終わったら、また戻ってくるから。またその時な」




 面倒そうに言うヤヨイの姿が頭に浮かび、彼女は「そっか」と涙を浮かべながらも少し微笑む。




「約束だよ、ヤヨイ。ちゃんと待ってるんだから」




 ❄︎



「いってて」


 暗がりの中、ヤヨイは体に走る痛みに悶える。

 あれからヤヨイは、取っておいた幻惑魔法を改稿してユイに記憶操作を施し、今自身に許されている距離まで歩いた。逃げ出すこと自体はできるが、まだ紋章の効力を無力化してはいない。


「さて、と」


 まだ多少痛みはあるが、十分休憩は取ったと思う。

 そのため、ヤヨイは紋章の改変を始めることにした。

 紋章は、その人の権力によって形を変える。いつも何かとそばにいるユイに見られては取り返しがつかないため、今まで手を出さずにいた。村を出る前にやれば良かったのかもしれないが、予想通り戦闘で消費した精神力が大きすぎたので、結果としてその判断は間違っていなかっただろう。


「剥奪。改稿」


 魔法をかければ、翼のような模様が、竜の頭のようなものに変わる。やはり、神聖文字を書き換えるだけではないので精神力を大分消耗した。

 もう少し、この洞穴で休むべきなのかもしれないと思うヤヨイであった。


「朝までここで休んでいても、問題ない」


 まだ真夜中だ。

 戦闘を開始したのは1時間前くらいだろうか。何にしてもまだ4時間はあるだろう。


 今後についても問題はなかった。

 今までの貯金があるので、長くて一ヶ月ほどは宿で暮らせるはずだ。無論、貧しい生活ではあるだろうが。


 ヤヨイはもう一度紋章を見下ろす。


「これからは、外国からの留学生、か」


 学校があるわけではないが、そういうものだろう。どちらかと言えば出稼ぎの方が正しいのかもしれない。


「あれ」


 と、そこであることに気がつく。


「留学生?」


 そう、ヤヨイは、一度もその言葉を聞いたことがないはずだったのだ。


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