極光
短いです。
「なあ」
眼前に広がる光景に、ヤヨイは呆れたように呟く。
「建国以来、この国では災害なんて、ましてや何者かの陰謀による大事件なんて起こらなかったよな?」
正確には、起きていたとしても表向きには知られていないのだが。
その問いかけに、少女も答える。
「ええ、そうね」
その相槌には、やはりどこか疲労が蘇ったかのようは声が添えられる。
「しかも、王都そのものを、こんな大規模な襲い方するなんて、異例中の異例。もう隠し通すなんて出来そうにない」
そこまで言ってから、テイラーはヤヨイを横目で見てきた。
何か聞いてくるのかと思えば何の反応もないので、
「何だよ」
「あなたは、戦う気ある?」
「……さあな」
曖昧な返事を答えとして、そっぽを向く。
正直彼も、率先して戦場に行きたいわけではないし、一介の冒険者がそんなことをすれば正体もバレる。
すると、彼女は現状を忘れたように能天気に笑い始めた。
「ま、戦う義務なんて無いもんね〜。あー、あたしも血を見るなんて嫌だなー」
しかしそれもすぐに消え、真剣な眼差しで外壁の方に振り向く。
「じゃ、行ってくるわ。聴取に付き合ってくれたこと、感謝します」
丁寧な口調でそう話す彼女がどんな表情をしていたのか、背を向けられたヤヨイには分からなかったが、振り向いた瞬間の顔とは違っている気がした。
「いえ、こちらこそ。健闘を祈ります」
ヤヨイの激励と共に、今日出会ったばかりの魔導師は去っていく。
異変に気付いた者達の人混みに消えていくその背中は、とても立派に見えた。
「まあ、嫌でも戦うことになるだろうけどな」
彼女に聞こえないようにそう呟いた。
理由はいくつかあるのだ。シグレのこともそうではあるが、最大の理由は、ヤヨイの魔力感知の反応だ。
ここからだと微かにしか感じられないが、魔物の群れがこちらに向かっている。
とりあえず宿へと向かおうと走り出そうとしたのだが、そこで彼は重大な事実に気づいた。
「あれ」
そう、思い返してみれば——手錠を外された覚えがないのだ。
自然に鍵が開くということもなく、今も尚ヤヨイの両手は、がっしりとした手錠で縛られたままで。
「えぇ」
これはまずい。
そう思ったが、今はどうしようもないことに気がついて、怪しまれないように身を隠すべく路地裏へ走った。
❄︎
「ヤヨイだったら……ううん、無理か」
支配魔法による相殺を考えてみたシグレだが、すぐに否定した。
どういった効力の魔法かは分からないが、古代魔法の一種だと思われる。そんな大魔法を彼が解体できるとも思えないし、もしできたとしても、魔力が足りないだろう。
「どうする、シグレ?」
隣に立つゼノが問いかけてきた。
彼らが今いるのは、宿の近くだ。
朝から呼び出されたヤヨイと違って、シグレ達は仕事が昼からということもあり外出が遅かったのだが、その瞬間にこんな状況に陥ったのだ。
尋ねられたシグレは、しかしすぐに言葉を返せなかった。
通りの向こうを見る彼女の視線をゼノも追えば、そこには金色の髪を風に靡かせて走る一人の少女の姿がある。
見覚えのあるその姿に、彼もますます警戒が高まったようだが。
「とりあえず、ヤヨイと合流しよう。もし魔物が召喚されたら、できる限り気づかれないように倒す。ゼノは——」
「俺も行こう」
この後の選択は変わらない。
魔物相手なら素手で戦うことも可能なゼノは、そう即答してきた。
❄︎
「仕掛けてきた、か」
眼下の城下町を窓から眺めれば、その上空には巨大な魔法陣が浮かんでいる。
「アレウス、ヒュギエイアの護衛は結界に任せてすぐに戻ってきなさい」
『了解した』
法皇がその手に持つ通信石にそう声をかければ、しゃがれた男の声が返ってくる。
ここから徒歩数日の距離でも、騎士団長の脚力ならば数時間もかからない。こちらが正体不明の脅威にさらされている以上、彼の力は必要不可欠だろう。すでに宮廷魔導師団も集まっているので、問題はない。
そしてなにより——。
「我が国の民達よ」
法皇は執務机の上から別の通信石を取り出した。
それは、この国全域に呼びかける際に使われるものだ。
「この国は今、何者かから強襲を受けている。しかし私がいる限り、あなた達が被害を受けることはないわ」
現状を端的に説明し、そして安全だと言い放った。
「今すぐ城に避難しなさい。宮廷魔導師団と教会騎士団が、そして私が、あなた達の盾となります」
慌てることはない。いずれ訪れるかもしれない——いや、何度も迫ってきた脅威が、今目の前に現れただけだ。
「この支配神が、ついています」
そう、彼女がいる限り、この国が負けることはない。
その一言は、この国の民達が抱く不安を、最大限に抑えた。
❄︎
魔物の鳴き声が聞こえ始めると同時。
「さて、それじゃ」
門から数十メートルの距離で待ち構えていたテイラーは、背中の杖を構えて叫ぶ。
「始めますか!」
それと同時に、彼女の足下に光の紋様が浮かび始めた。
「神の光よ、我が敵全てを覆い尽くせ」
直径五メートル程の魔法陣は、詠唱と共に少しずつその輝きを増して行く。
「神の浄光」
正しく聖女が放つ極光の奔流が、木々を掻き分けて魔物へと殺到した。
前回のタイトルが『開幕』なのに今回始まってる。
気にいりましたら、ブックマークや評価等、よろしくお願いします!
アドバイスや感想も、よければ聞かせてください!




