未知
魔物はヤヨイが伝えた通り、すぐにやってきた。
迫り来る魔物を支配魔法と付加術で瞬殺していく二人は、それでも森を歩いていく。
「なんでこんな所に魔物がいるのかな?」
「それだけ見られたくないものでもあるんだろう」
楽をせずただ仕事を一生懸命こなすつもりだったというのに、これはどういう事だろうか。
だんだん雲行きが怪しくなってきた現状にヤヨイが毒づいていると、魔物が何回目かの魔法を放ってくる。
しかし、それはすぐに跳ね返され、魔物は自滅した。
魔法に関しては、この二人相手に戦えるものなどそういるはずもない。わずかな知能しか持たない彼らなら、尚更のことだ。
「何だ?」
魔物の気配が強い方向に歩き続けていると、ヤヨイは視界の端に妙なものを発見した。
近づいて、木陰から覗き見る。
ボロボロな、木造の建物だ。
「ここは」
「空き家?」
「いやでも、近くにバカでかい都市があるのに、こんな場所にか?」
一階建ての、程々の広さの家だ。
さらに近づいた二人の前には扉などなかった。
風かなにかで吹き飛ばされてしまったらしい。
「とりあえず、調べるか」
「うん」
家の中へと足を踏み入れる。
近くの部屋から物色していった。台所、風呂場、書斎、子供部屋など、いくつかの部屋を一通り探すが、何も無い。
しかし、魔物の件もあったので慎重に捜査していたが、ヤヨイは妙な気配を感じていた。
それに加え、家の大きさをよく考えてみると、僅かに小さい。
「おい、こっち」
気配を探って、そこを見つける。
支配魔法をかけてみれば、やはり魔法──いや、魔術が仕掛けられていた。
強制的に解除すると、今まで触れることのできた壁が煙のように掻き消える。
「隠し扉?」
「どうやら強い幻惑系の魔法陣が組み込まれてたみたいだな。入ってみるか?」
「うん」
「…………」
「…………」
「お先にどうぞ」
なんとなく動かないでいた二人だが、シグレはが譲ってくる。
レディーファーストと言って先に生かせるような真似をするほど、ヤヨイは無頓着ではなかった。
何も言い返さないまま、階段へと足を踏み入れ、降りていく。シグレも彼の後ろに続いた。
魔法によるものか、通路は壁も天井も綺麗に整備されていた。汚れ一つない純白の壁が、薄暗い中でも輝いて見える。
これがどういった材料でできているのか、どんな魔法によるものなのか、この先に待っている謎もそうだがそちらも気になって仕方が無い。
しかし、そんな気の乱れはすぐに収まる。
三十段ほど降りたところで、壁と似たような質の扉が現れたのだ。
そっと近づけば、奇妙な重低音と共に、扉が開き始める。スライド式だったらしいその扉は、スッと僅かな音を立てながら開いた。
すると、真っ暗だった扉の先が、光に包まれる。
日光のようなサンサンとしたものではなく、月光のような物静かなものでもない。妙に目に付くというか、すぐにでも目を離したくなるような光だった。
しかし、それはできなかった。
なぜなら、その光が照らした室内は、
「何だよ、ここ」
ふたりが見たことのない、未知の物質で埋め尽くされていたからだ。
「そっちはどうだ?」
そうヤヨイが尋ねれば、相方はまだ何も見つかってないと静かに答える。
二人が探しているのは、この場所がどういった理由で作られたものであるか、それが記された書類だ。
彼らを待っていたのは、光を発する変に透明感のある白い壁と、似たような机、そして書類の山などだ。
「研究所だな」
「研究所?」
聞き慣れない言葉に首を傾げる彼女に、そうかと思いヤヨイは説明する。
「用途によるが、薬品を作る場所だったり、実験をする場所だったり」
「じゃあ、ここは魔物の研究所なんだね」
実は、彼らが目にしたもので先程あげたもの以外が占めるのは、一括りにまとめる事が出来るものだった。
それは、実験材料。
魔物の皮膚や体の部位。
魔石や魔術的な意味を持つ呪いのアイテム。
名前すらわからない液体が詰められたビンはパッと見でも百を超え、それ以外にも一言では言い表せないような正体不明の物質がわんさかあった。
「うーん」
「どうしたの?」
うなるヤヨイに、シグレが問いかける。
先程から深刻そうな顔をしていたので、彼女も心配そうにしていた。
「報告するのか、これ?」
ヤヨイがずっと悩んでいたのは、この場所を発見したことをギルドに、強いてはアイレーン法国に知らせていいかだ。
「しない選択肢もあるの?」
「だってこれ、下手したら宮廷魔導師団が出てくるだろ。まあ、俺達が報告しなくても、いずれ見つかって巻き込まれるだろうが」
それでも、自分たちが捕まって、目的を達せられないよりはずっといい。この国の人間に危害が及ぶとしたらそれは申し訳ないと思うヤヨイだが、五年前からの悲願と比べれば答えは見えている。父親を救い出してからでも、遅くはないはずだ。
しかし、それが許されない、というよりその選択を取ることができないのを、彼は薄々感じていた。
なぜなら、
「…………」
ちらりと彼女を見遣れば、真剣な表情で訴えかけてくる。
「ヤヨイがいいなら、駄目元で報告だけしておかない?もしここで魔物を生み出す実験をしてたなら、どんな形でも伝えておかないと」
「……そうだな。それなら、今回は俺一人で受けたことにするぞ。幸い受付にも俺だけで顔出したしな。先に宿に戻っててくれ」
「分かった」
肩を竦めて肯定の意思を伝えれば、彼女は微笑を浮かべて頷く。
「まあ、いくら宮廷魔導師団でも、そんな偶然で疑いをかけてくることはないと思うから、安心して」
そう言って、シグレは出口へと歩いていく。
その背中を見ながら、自分が彼女にこうも甘いのは何故だろうと、ヤヨイは疑問に思うのだった。
だが、そんなシグレの予想を上回る、というより明後日の方へふっ飛んだ光景が、翌日ギルドで繰り広げられていた。
背中にかかった金色の髪を揺らす、ヤヨイと同い年くらいの少女が、彼と対峙している。
「冒険者ヤヨイ、逮捕する!」
令状を見せられることもなく、罪状さえ述べられることもなく、そんな宣言が高らかに建物中に響き、
ヤヨイの両手に、ガチャリと手錠が取り付けられた。
「……………………ナニコレ」
彼女はそんなヤヨイの動揺など微塵も気にしていないのか、不敵な笑みを崩すことは無かった。
初対面の少女に逮捕されてしまったヤヨイは、果たしてこのあとどうなってしまうのか!?
……これだけ聞くと何の話か分からないですね(笑)
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