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温泉

ギリギリですみません。あと、少し短めです。


「あぁ、疲れたぁ」


 そう溜め息をついて、ヤヨイは青い暖簾をくぐりぬける。


 クエストは明日から受けることにして宿へと帰ってきたヤヨイ達は、先ほどまで部屋でくつろいでいた。

 帰ってきているらしいゼノはすでに風呂場へと向かったらしい。なぜか名前がわかる浴衣という服と、湯あみの道具が減っていた。

 それに気づいて、二人も今のうちに温泉を堪能しようと決めたのだ。


 何故かは分からないが、この宿に温泉なるものがあると聞いて、心が踊った。知識の上で知っている以上、もしかすると前世でも体験した文化なのかもしれない。

 前の自分は風呂好きだったのだろうかと頭の片隅で思う。服を脱いで、きっとそうに違いないと頷いてから、風呂場へと赴いた。


 身体を一通り洗ってから風呂場に向かうと、ゼノの姿があった。


「よう」


「ああ」


「そっちはどうだった?」


「良い鍛冶屋がいた。作るのに時間がかかるが、前のと比べても遜色ないだろう」


 それは良かったなと答えたヤヨイに、彼は視線を向けてくる。

 お前はどうだったのだと、聞いているつもりなのだろう。


「こっちもクエストは見つけたぞ。まあ、目立つのはまずいから、雑用がほとんどだが。あ、気にするなよ。仲間だったら当然のことだ」


「助かる。俺にもこなせるものがあれば言ってくれ」


「おう」


「…………」


「…………」


 事務的な会話が済むと、途端に二人とも黙り込んでしまった。


(休めない)


 彼の方を見れば、何の憂いもなさそうに湯を堪能しているらしかった。

 今までの鍛錬の成果とも言える筋肉をチラと見やってから、再び湯面を眺める。


 自身も鍛えていないわけではないのに、何故か負けたような気がして仕方が無い。


「ヤヨイ」


 少しして、ヤヨイはそんな呼びかけを聞き取った。

 隣を顔を向ければ、ゼノもこちらを見ていた。


「お前は、父親のことを覚えているのか?」


 父親というのは、今もヤヨイが探している育ての親のことだろう。


「ああ、覚えてるぞ」


「どんな人だった」


「そうだなぁ」


 五年前見た父の姿を思い浮かべ、連想されるイメージを少しずつ声にしてみる。


「どこか古かったというか、静かな人だった。まあ、ちょっとだけ抜けてるところがあったけど」


「抜けている?」


 直前の雰囲気に似合わない人柄に、ゼノは反芻して続きを促してくる。


「うーん、天然っていうのかな。いや、あれはバカなだけだな。例えば、俺に支配魔法を教えた時は、術式を間違えて部屋ごと吹き飛ばしたこともあった」


「……それはまた、なんと言えばいいのか」


 だろう、と笑いかければ、向こうも笑みを返してくれる。


 決して頭が悪いわけではなかった。知識も豊富で、歴史などを語ってくれたこともある。堅苦しすぎず、むしろ面白味がある人だった。


 何だかちょうど良い話題だなと思ったヤヨイは、そう語り続けた。父親の人物像というものを考えたことがなかった彼は、こうして思い返してみると微妙な表情をしていることに気づく。近しい存在を分析するとこうなるのかと、彼は気づいた。


「あと、ちょっと意地悪なところがあったな。ゼノはどうだった?」


 尋ねてみると、彼もふむと呟いてから、視線を上げる。


「いつものんびりとしていて、笑顔を絶やさない人だった。俺が騎士を目指すと言い出した時も、剣術の特訓に付き合ってくれたな。戯れだと思っていたのかもしれないが」


 どうやらゼノも似たような気分らしい。

 微笑んでいるが、どこかいつもと違う笑い方だ。


 彼の言葉を聞いて、先日聞いたばかりだった話を思い出す。


「そっか、ゼノはこの国の生まれじゃないんだよな」


 彼はヤヨイとシグレと同じで、他国から連れてこられたものだ。

 子供の頃売られてやって来た二人とは経緯が違うが、親近感のようなものがある。


「ああ、職業の縛りは無かった。よく覚えていないが、確か方角は——」


 故郷の話。家族の話。

 まだお互いを少し知った程度の二人には、裸の付き合いというものは効果的だったようだ。




 ❄︎




 ヤヨイとゼノが、それぞれの親の話で盛り上がっていた頃。

 シグレもまた、湯浴みをしに女湯へと向かっていた。


「えーと、こっちか」


 目的の出入り口を見つけ、中へ入り服を脱ぎ始める。


(明日からは働くけど、まずは)


 旅の疲れを癒そう。

 そう思いながら、シグレはタオルを持って、風呂場へと赴く。スライド式の扉をガラガラと開ければ、温泉独特の香りがある空気が体を包んだ。


 まずは身体を、魔道具から出るお湯で流す。

 領主の館でもそうだったが、風呂場では魔導具は必須と言っていいだろう。水を生み出しているわけではなく、火属性の熱魔法と圧力を生み出す無属性魔法でお湯が出てくる仕組みだ。

 温泉を売りにしているだけあって、石鹸なども上等なものが使われているらしい。


 お湯を止めて、次は外へと向かった。

 露天風呂だ。


 覗いてみれば、湯気で曇ってはいるが、やはり人の気配はしなかった。

 貸切であると気付くや否や、何だか肩の力が抜ける。前の方を隠すように持っていた手を下ろす。


「?」


 と、そんな時、視界の端に妙なものを捉えた。


 何だろう、あれは。

 そんな疑問が浮かぶのも、おそらく無理はなかった。

 植物の一種であろう筒状のものが置かれている。流れて来る水が一定の量に達した時、それは傾き、カコンと音を響かせた。


「うーん」


 よく分からないが、何だか面白い。


 天然温泉らしい湯に爪先から入り、ゆっくりと体全体を浸していく。少し熱すぎる気もするが、それが身を包んでいく感覚は歩き続けて硬くなった足腰をほぐしていくようで、思わず感嘆の声が上がる。


「あぁ、気持ちいい」


 毎日はともかく、たまにはこういうのもいいだろう。

 カコン、と。また、感慨深い音が彼女の耳に届いた。




 そうして和んでいたシグレは、ふと気がついた。

 湯気の向こうに、自分以外の客がいることに。


 完全に気を抜いていた彼女にとって、その事実は二つの意味で身体を強張らせた。

 一つは、岩場に向けてうつ伏せになったり、ちゃぷちゃぷとお湯を跳ねさせていたことに対する気恥ずかしさ。

 二つ目は——彼女の姿に、見覚えがあったことだ。


 桃色の髪を束ねた女性が、曇った視界の端からシグレをじっと眺めていた。


温泉回、次回に持ち越しです。

シグレと顔を合わせた彼女は、一体何者なのか。

(前に2、3度出てます)


次こそは、もっと普通の時間に出しますm(_ _)m

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