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金策


「うーむ」


 張られた紙切れの前で、あごに手をやり視線を巡らせる少年が一人。

 ある時を境にその瞳からは迷いが消え、彼は一枚のそれを掲示板から剥がし。


「これか」


「却下」


 隣でそれを眺めていた少女に、すぐに没収された。


「な、何でだよっ!?」


 好奇心を顔に出していた少年──ヤヨイがその早業に抗議するのも無理はない。じっとこちらを見つめていたのだから、何を取ったかすら見ていないと思ったのだ。

 が、当の少女ことシグレはそんな、子供にお菓子を禁止する母親のような簡単な心理でそんな判決を下したのではなかった。


「確かにお金は稼げるけど、魔物の群れを討伐なんてしたら正体バレバレでしょ」


「え?」


「え、じゃないでしょ」


 少し呆れたように、あのねと断ってから語りだす。


「ヤヨイが疑われずにクエストをバンバン受けられたのは、ギルドとの関係と、こんな大きな街じゃなかったから」


 しかし、子供を諭すように指を立てて説明するのは、変わらない。

 もちろんヤヨイも、こういうところが気に入っているので止めない。


「いくら留学とかの扱いになってても、そんな人が現れれば噂になるし」


 確かにその通りだ。

 王都でいきなりそんな腕の立つ者が現れれば、少なくともギルド内では一躍有名人となるに違いない。たとえそれが、凶暴な魔物でなくとも、だ。


「表向きは何も変わってないけど、もし注目を集めようものなら」


「ものなら?」


 彼女はヤヨイを静かな表情で睨み付けて、言った。


「闇討ちされるよ?」


「は、はい」


 一転してそんな脅しを受ければ、ヤヨイも素直に頷くしかない。


「じゃあ……なくね?」


 しかし、そんなクエストで、現実的に稼げるものなど、ヤヨイには覚えがなかった。


「これとかは?」


 すると、シグレもこの機会にと、一枚のカメきれを手渡してきて、


「王都の外れにある森の調査?」


「あと、これと、これと、これも?」


 続けて三枚、どこからか追加で渡してきた。

 疑問に思いながらもしぶしぶ読み始める。


「薬草採取、イノシシ狩り、荷物運び、っておい」


 そこに書かれていたのは、ヤヨイが無意識のうちに避けていた仕事の数々だった。


「これじゃあ村でやってたこととかわらないじゃねえか!」


「冒険者って普通はこういう仕事なんだけど」


 そう。これがこの国の冒険者の実態だ。

 人に危害を加える危険な魔物が跋扈し、ダンジョンや遺跡などが点在する冒険の世界は、この国にはない。


「ああもう、仕方がない。生きるためには働かななければ!」


 やれる仕事は片っ端から受けてやる!


 雑用仕事に張り切るヤヨイを眺めながら、シグレは苦笑していた。





「────」


 アイレーン法国の市場。その道端で壁にもたれかかるゼノは、店頭に飾られた武器の数々を見て途方に暮れていた。

 先ほどからいくつもの店を歩き回っているが、目当ての品物がなかなか見つからないのだ。

 もちろん、掘り出し物もあるにはある。だが、気に入らない。気に食わない。

 一般人の護身用から、狩人に向けて作られた武器まで。何十種類もの剣を眺めては、これは違うと落胆している。


「どうしたものか」


 そもそもゼノの要求するレベルが高すぎるのだ。

 騎士団の上位メンバーと戦う上で、武器の性能は非常に重要なものだ。まともに打ち合って折れでもすれば素手で戦わざるを得ないし、そうなればジリ貧だろう。

 だが、それをクリアする武器はあった。

 あるにはあったのだが。


「……高い」


 そう、そのレベルとなると、金額が跳ね上がるのだ。

 予算の倍は必要になる。

 いや、それならまだいい。自分も稼げば、どうにかなる。

 しかし、もう一つ問題はあった。


 愛剣と比べてしまうのだ。


 ゼノの折れてしまった名もなき剣は、彼を育てた騎士団長──アレウスが用意したものだ。ある程度力がついて実践形式の訓練に入った直後だから、もう十年ほど使い続けていただろうか。

 そもそもあの剣くらいのものでなければ、ゼノが魔力を込めた瞬間に折れるのではないだろうか。


「…………」


 やはり、あの剣しかない。

 未練たらしいかもしれない。本当はもっとマシな選択肢があるのかもしれない。

 だがそれでも、やはり、あの剣でなければ。


 ゼノは歩き出した。

 今までいた市場から離れ、人通りの少ない横道へと入る。

 任務で何度か戻ってきているので頭の中の地図は消えかけてなどおらず、こんな遠回りの道順ですらわかる。右へ、左へ、時に坂を下って、トンネルをくぐる。

 向かっているのは、一度だけ行った記憶のある、鍛冶師の居所だ。

 アレウスに連れられ、お礼を言いに行った。いや、ゼノの方から律儀にも会いに行くと駄々をこねたのだっただろうか。今となっては、過去に埋もれたほんの些細な思い出だ。

 もはや完全に人気が消えた。

 もう店は畳んでしまったのだろうか。

 そういえば、あのたった一人で剣を打っていた店主は、かなり高齢だった印象がある。

 次第にそんな不安を抱え、騎士団の者と鉢合わせになるかもしれないとさえ考え始めたゼノは、ふと立ち止まった。

 玄関脇に設置されたアンティークな灯りに、古ぼけた扉。

 店の奥から感じる独特の気配は、前にも味わった覚えがあった。


 ここだ。

 まだ、店は畳んでいないらしい。


 店の前で立ち止まったまましばらく逡巡してから、もう自棄だと戸を押した。




 店内はところどころ埃をかぶっていたが、ゼノにはかえって心地が良かった。

 ずっと昔に見た光景とあまり変わらないだけでなく、雰囲気も同じだった。

 あの時と同じ。そう思い、ゼノは奥へと進んでいき、開け放たれたままの扉の向こうに顔を出した。


「いらっしゃい」


 その行動に返ってきたのは、低い声だった。



「剣を、打ってほしい」


 そう切り出せば、老人は強い眼力でゼノの風貌を流し見た。

 そして、


「前のは、どうした」


 そんな一言を、投げてきた。


「っ!」


 これには思わず、ゼノも目に見えて動揺する。

 あり得ない。わかるはずがない。

 十年も会っていないのだ。認識疎外の首飾りも、機能しているはずだ。


 それでも、老人は気配を変えなかった。

 その焦りをどう捉えたかはわからないが、彼は腕を組んだまま、椅子に腰かけたまま、見返している。

 ゼノの瞳を。


 答えなければと、そう思って、ゼノは口を開く。

 喉が渇いたせいか、その声はかすれていた。


「山に、返した」


 あの砕け散った愛剣は、拾える限りですべての破片を集め、ラークルの近くにあるダンジョンの最奥に埋めた。

 これがせめてもの償いだと、ゼノは二人の仲間と共に、あの戦いの後そこへと赴いていた。


「そうか」


 しばらく睨み合ってからそれだけ呟いて立ち上がると、老人は仏頂面のまま、どこか呆れたように告げる。


「二週間。値は、今持ってる有り金全部」


 けれど、なぜだろう。

 ゼノは、責められている気はしないどころか、全く別の雰囲気を感じ取っていた。


「頼もう」


 そのためか、二人は自然と笑みを浮かべる。


「変わったな」


「そうだろうか?」


「ああ。前は、もっと違う目をしてた」


 いったいどう見えていたのか。

 ゼノは気にはなったが、問いかけることはしなかった。


お待たせしました。


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