プロローグ
ぼんやりと淡い光だけが部屋を照らす。
半透明の水晶で造られたその一室の壁は、しかし外の光景を映し出してはくれない。
いかなる術によるものか、その先はただの白に埋め尽くされている。
そんな不思議な部屋の中に、彼女はいた。
あと少し。あと少しでやってくる。
この鎖から、解き放たれる日が。
今か今かと待ち侘びるその様は狂気に塗れていて、見る者に得体の知れない恐怖心を抱かせるだろう。
誰かが一声かけるだけで、きっとその笑みは微笑に変わったはずだ。まるで何事も無かったかのように、あっけらかんと笑うはずだ。間違っていると指摘されれば、もしかすると自身の矛盾にさえ気づいたのかもしれない。
それでも、彼女を諭す誰かはいない。
何年も、何千年も、そんな誰かは現れなかった。
だが、それももう終わる。
部屋の中央に置かれた水晶の中には、三人の影があった。
青髪の青年と、黒髪の少女──そして、金髪の少年。
あの少年がやって来たその瞬間、矛盾も、間違いも、すべてが無に帰るのだ。
また狂った笑い声を上げはじめる彼女を止めるものは、いなかった。
❄︎
「すまないな、魔導師さん」
「いえいえ、これくらいお安いご用です」
倒木に腰かける、弓と矢筒を背負った男性と、金縁の白いローブを着た黒髪の少女──シグレ。
痛みに耐える男性の足には、少女の服と同色の魔方陣が添えられている。
もはや何度目かわからないそんな光景を目にして、ヤヨイは呆れるどころか、むしろ晴れやかな気分でいた。
それもそうだろう。通りかかる困った人を日に何度も助け続ける巫女のそばにいれば、そう感じるのも無理はない。
「それで、何にやられたんだ?」
しかしそれでも、不安が消えないわけではない。
自分たちの正体を疑われる前に、ヤヨイは先手を打って訪ねた。
「……魔物だ」
その呟きに、我関せずと木に背中を預けていた騎士──ゼノも、さりげなく耳を傾ける。
「あれは、確かに魔物だった」
狩人の発言に、三人は顔を見合わせた。
ここは、王都まで徒歩でニ、三日の距離の地点。
要するに、魔物が現れるはずのない、アイレーン法国内である。
結局二週間かかってしまいました。




