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神様だからって許されると思うなよ!  作者: 有彩 朱雀
第2章 解き放たれし騎士
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誓約

 

 夢を見た。

 彼がくれた誓約と覚悟、その光景を夢に見た。


 あの時、彼は夢を見ていたのだ。

 理想の騎士であることを。

 自分はその土台に過ぎない。自分には価値がない。そう思っていた。

 ただ、任務だから、全うするだけなのだと。


 誉れある騎士となることを望む彼を、後押しする。それが、彼に守られるだけの存在である私にできる、せめてもの恩返しだと。

 そう、思っていた。




「…………ん、ぅ」


 意識が覚醒すると同時に襲ってくる鈍痛に、シグレは早々に眉をしかめた。


 開け放たれた窓から差し込む朝日も、そこから潜む暖風に揺れるカーテンも、爽やかな朝を迎えることを約束しているはずなのに。なぜ、こんな苦痛に満ちた、最悪な目覚め方をしなければならないのか。

 そう心の中で愚痴をこぼしたところで、その場に居合わせた誰かが声を発した。


「起きたか」


 優しい声音は、シグレが寝ていたベッドの脇から聞こえてくる。

 扉の向こうからでも、ましてや部屋の隅からでもないその声に思わず目を見開く。


 声の主は、どういうわけか、覗き込むように顔を近づけていたのだ。


「ゼノ?」


「おはよう、シグレ。うな されていたようだったから、心配したぞ」


 最も体の方も、確かに無理をさせてしまったが。


 そう申し訳なさそうに笑う騎士は、元いた場所に腰掛けた。

 恐らくずっと看病していてくれたのだろう。


「ありがとう。水、貰える?」


 起き上がってそう乞えば、彼はすぐに用意して渡してくれる。


 そして、喉を潤してから、再び走る頭痛にシグレは頭を押さえた。


 こんな痛みに苛まれるほど愚かな行動をしただろうか。そう考えて、彼女はぼんやりと思い出す。


 シグレが発動したのは、付加術────それも、今まで行った斬属性を持たせるというものではなく、属性そのものを付与するというものだ。

 ヤヨイ一人に重荷を背負わせるわけにはいかないのでやってみて成功したものの、魔力器官にかかった不可も酷いらしい。

 例えるなら、普段使わない筋肉を使った、という感覚だろうか。


「そういえば」


「?」


「ゼノは、平気なの?」


 ずいぶん無茶したようだけど。


 彼は今、鎧を纏っていない。

 非常時に用意していた、青と白のコートに身を包んだその姿は、鎧ほどではないが、厳格な雰囲気を放っていた。

 騎士道を学んだ、彼の立ち振る舞いのせいだろうか。


 尋ねられたゼノは、目を伏せて言う。


「まだ少し痛むが、問題ない」


「そう」


 その返事に、同じく視線が下に向くシグレだが。


「なら、良かった」


 心配が杞憂だったことを知り、安心する。


 しかし、それで終わりではなかった。


「シグレ。俺はお前に謝らなければならないことがある」


 何はともあれ、互いに無事だった。

 それだけで終わらせられるほど、今回起こった出来事は、軽々しいものではない。


 特に、二人にとっては。


「今回の戦いで、俺は仲間を信じられなかった。一人で全てを抱え込もうとした。すまなかった」


 ゼノが言っているのは、自分を置いて先にいけと、そう口にしたことだろう。

 だが、それはシグレが、後押ししたことだ。


 だから。


「別に謝ることじゃ」


「──そして同時に、訂正したいことがある」


 その続きを聞いても、シグレは彼が何を言っているのか分からなかった。


「俺は確かに、あの絵本に出てきたような騎士になりたかった。だが、それよりも」


 少し躊躇うように、けれどハッキリと告げる。


「お前を守りきれる騎士に、なりたかった」


 その願望は、時雨が思いもしないものだった。


「え?」


「師匠に会って、過去の怨恨が蘇ったのも事実だ。だがそれでも、一度も、シグレをただの護衛の対象として見たことはない」


 誓ってからは、ずっと。


 そう告げる彼の瞳には、確かな意志が感じられた。


「俺はお前を、これからも守りたいと思っている」


 その言葉は、信じ難いものだけれど。

 前に言われた言葉が、それを信じる後押しをした。


『それでもあいつは、お前のために戦ってるぞ』


 ヤヨイが言ったその憶測は、まだ記憶に新しい。けれど、憶測は憶測だ。今まで歩いてきた過去に比べれば、信憑性に欠ける。


「で、でも」


 シグレは、その言葉を鵜呑みにする訳にはいかなくて、何とか返そうとしたが、


「ゼノは──」


 言葉は続かなかった。


 気付いてしまったからだ。

 間違っていたのは、自分の方だと。


 守られるだけの価値がないと、いや、守りたいと思われるだけの価値もないと、思っていた。

 それがあると思うことは慢心かもしれないが、確かに必要なものだ。護衛である彼を、信じる上で。


 シグレはゼノを、信じ切れていなかったのだ。


「ごめん、なさい」


 ポツリと、シグレの口から謝罪が発せられると同時に、一粒の雫が零れ落ちた。


「誓って、くれたのに。付いてきて、くれたのに。ごめんなさい」


 不安に駆られた自分を支えてくれた。

 任務が終わろうと付いてきてくれた。

 だというのに、なぜ自分は、一歩距離を置いていたのだろう。


「俺の方こそ」


 もっと早く、話し合うべきだった。


 彼は最初から、理想に遠い騎士だった。

 物語に描かれた騎士像とは、似て非なるものだった。

 主を想い、そうして抱く志が、全く違うものだ。


 だから、今度は、そんな物語の騎士としてではなく。

 ただ一人の、彼女の守護者として、誓約を掲げる。


 誓いのつるぎ は、ここにはない。

 けれど、そんなものはいらない。


 彼女の手を取る。

 鎧を纏っていないその手で。そして、両手で包み込むように握りしめて、誓う。


「俺はこれからも、あなただけの騎士であり続けよう」


 ただ、その言葉があれば。

 それは、決して切れない誓いになる。


「私も、あなたが誇れる主でいます」



 ❄︎



 扉の向こうから重苦しい気配が消えたのを確認して、ヤヨイは歩き出した。


 盗み聞きではない。

 断じて、そんな愚行は冒していない。

 二人が言い争って仲違いすることのないように、影から見守る(断じて見ていないが)という役割を果たしていただけだ。


 あの戦いの中、奇跡的に破壊されなかった家の廊下を進み、リビングに入る。

 そのまま流れるようにソファに腰を落ち着け。

 それと同時に、流れるようにやって来た女性が笑顔で尋ねた。


「紅茶はいかがですか?」


「頂こう」


 すぐに注がれた紅茶を一口飲めば、だいぶ心が落ち着いた。


「ところでエイア、体の調子はどうだ?」


「あなた達のおかげで、今日も万全ですよ」


 そう、この紅茶を淹れたのは、この家の主であるヒュギエイアだ。


 ヤヨイが考えた、作戦とは呼べない作戦で魔人の体内から助け出された彼女は、何の後遺症も無く日常を送れていた。


「でもまさか、私が眠っている間にそんなことになっていたなんて」


「まあ、支配魔法で調べて何も出なかったから、もう心配する必要は無いだろう」


 そうかもしれませんね。


 そう返す彼女は、機嫌が良さそうに見える。

 だが、それはどこか嘘っぽく、ヤヨイは違和感を感じていた。


「なあ、ヒュギエイア」


 急に愛称でなく名前で呼ばれたことに驚いたのか、覚悟したのか、彼女は黙ったままヤヨイに意識を向けた。


 それを続きを話す許可と見て、彼は切り出す。


「この前は、済まなかった。怒鳴ったりして」


「私の方も、すみません。あなたが信じる神を侮辱して」


 するとすぐに、そんな謝罪が返された。

 あの冷たい物言いを目にした今では、申し訳ないと思うが、ヤヨイにはどこか信じ難い光景だった。


 だから、何とかなるのではと、続きを話す。


「もう、信じられないのか?」


「そんなことはない、と思います。ただ」


 ただ?


 続きを催促するヤヨイの言葉に、肩を落として、辛そうに彼女は言った。


「証拠がなければ、何も変わらないとは、思っています」


「そうか」


 それもそうだと、納得する。


 ずっと昔から、信じたくても、信じられなかったのだから。

 それくらいは、必要だろう。


「じゃあ、俺が見つけるよ。エイアがサリアのことを信じられる証拠ってやつを」


 楽しみに待っていると微笑むヒュギエイアは、自分にも用意した紅茶を口に運ぼうとして、やめた。


「実は、一つだけ気がかりなことがあるんです」


 カチャリと、ティーカップがコースターに乗る音が響いた。


「あの時、なぜか法皇は、あの戦争の核心にいた。いくら彼女の罪をその目で見たと言っても、彼女自身は、それほど高位な神ではありません。それなのに」


 なぜ、あれほどまでに関わることが出来たのか。


「調べてもらえますか?」


「ああ、もちろん」


 どうせ王都に向かうのは変わりないし、おそらく法皇と関わることになるだろうと踏んでいる。


「あ、あともう一つ」


「ん?」


 話は終わったと思っていたので、ヤヨイはなんだなんだと首をかしげた。


「実は一年ほど前、城のパーティーに出席したんですけど、その時妙な気配を感じとったんですよね」


 その違和感は、おそらく彼女にとっては些細なことだったのだろう。


「まるで、何かを閉じ込めているような」


 けれどそれは、ヤヨイにとっては、何よりも重要な情報で。


「助言になったでしょうか?」


 その問いは、どこか楽しそうな声音で発せられたものだった。


 ヤヨイの口元には、まるでこれから仕返しをするかのような、意地の悪い笑みが浮かんでいたから。


「ああ、すごく助かった」


 彼女の助言で、ヤヨイたちの目指す場所が決まった。





「それにしても」


 それから何気ない会話をしていた二人だが、ヤヨイが紅茶を口に含んだところで。

 ヒュギエイアは突然、真剣な顔で切り出してくる。


 まさか、まだ続きが。


 そう覚悟したヤヨイの目には、口元に手をやり、ニヤニヤと笑う女神の姿が。


「良いんですか?あの二人、くっつきそうですけど」


 紅茶を吹き出すヤヨイを見て、彼女は楽しそうに笑った。


エピローグにもう1話。これは夕方出します!


なぜだ!なぜこうなった!

もうゼノとシグレの距離感ガァ!?

(こうなることを、作者は漠然としか予想できていませんでした)


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