秘密
お待たせしました。
闇の波動が発する輝きを遠巻きに眺めながら、男は笑みを浮かべた。
「撤退するか」
ここは、ヤヨイ達がいるラークルから少し離れた、森の中。そこに男は立っていた。
自身の配下の行く末を眺めるために。
自分の創り出した魔人の欠陥はなんだったのか。それを考えたままで、男の影は動かなかった。
すると、ガシャリガシャリと金属のぶつかる音が近づいてくる。
「よう」
現れたのは、この国で最も強いと謳われた騎士だった。
「アレウスじゃないか。どうしてこんなところに?」
「それはこっちのセリフだ。ファウヌス。テメェ、ふざけてんじゃねぇぞ」
魔人を生み出した男——ファウヌスは、自身の名を呼ばれ、覚えていてくれたのかと嬉しそうに笑う。
アレウスはそんないけすかない態度にますます苛立ったが、武器を振りかぶることはなかった。
何やら懐かしそうにぶつぶつ呟いていたファウヌスは、ふと目を伏せて、そんな彼に問いかける。
「でもその様子だと、僕の飼い犬たちはもう全てやられてしまったのかな?」
だが、その口元は相変わらず歪んでいた。
自身の配下が死んだ事実を目の当たりにしても、笑みを崩さない。そんな相手に、しかし今更だと感じているアレウスは、ただただ愚痴をこぼす。
「あの戦いの間に、魔物の群れを住人にけしかけるとか、うざったらしいことしやがって」
住民達は今、結界の中にいる。
町の広場に設置されたそれは、どこの誰が作ったものかは知らないが、魔物が入り込まないように作られていた。
それでも魔物を討伐したのは、彼らが怯えているのを見ていられなかったからではあるが。
「あと、随分長く、行方をくらましてくれたな」
「僕は君たちに協力したのだから、自由は保障されたはずじゃないかい?」
ファウヌスが失踪したのは、ヤヨイも話していた通り、五年前のことだ。彼はヤヨイ達の身を売り渡す代わりに、自分を見逃すよう約束を取り付けていた。
姿をくらましても、何の問題もないはずだ。ファウヌスは、民を傷つけるようなことは、それまでしていなかったのだから。
「ああ。確かに法皇もお前のことは放っていたさ——ほんの一年前まではな」
だが、この国一の騎士は、そんな悪びれた様子を見せない彼に殺気を向ける。
「近年多発している魔物の大量発生は、お前がやったんだろ?」
宮廷魔導師や教会騎士団が対応している事案。それは主に諸外国への牽制や国境付近の警備が主だが、シグレが行なっていたように、近年は魔物の討伐が多くなっていた。
この国の領土全域を覆う法皇の結界は、人に危害を加える魔物、つまり、一定以上の魔力を持つ魔物の自然発生を無効化している。にもかかわらず発生する理由は、人為的なものに他ならない。
「なんだ、とうとう目をつけられたか」
そんな疑いをかけられてもそうやって笑っていられるのは、潔い犯人か、狂人くらいのものだろう。
彼ならどちらにも当てはまると、アレウスは思った。
「お前が失踪した時期から大分経っていたから、疑いがかかるのも遅かった。てっきり旅に出たのかと思っていたが、まさか反乱軍の一員とは」
「彼らと一緒にするのはよしてくれないかな?あくまで手を組んだだけさ。まあ、道は違えてしまったけれどね」
その発言を聞いて、アレウスは剣先を彼へと向ける。
反乱軍は、既に姿を消している。
おそらく魔力の反応から、アレウスの存在に気づいたのだろう。突然魔力が降って湧いたのだ。逃げるのも当然といえた。
つまり、もう手がかりは、黒幕と考えられる彼しか残っていないのだ。
魔物の群れを手早く掃討するために門番から借りたそれは、彼の乱暴な剣技で既にボロボロになっている。
だがそれでも、敵の首を切り落とすくらいは容易にできるだろう。
「答えろ。あの魔物はどういうカラクリだ?いくら神を炉心にしても、ああはならないはずだ」
「どうと言われても困るな。企業秘密、だよ」
ファウヌスはそう言って、頭にかぶせたハットの鍔を指先でつまみ、身を翻した。
「逃げられるとでも——っ!?」
魔力を込めた右足で地面を蹴り、一足跳びで切りかかるが、しかし、刃は獲物の体をすり抜けてしまった。
「残念、そこにいる僕は、僕じゃない」
「ちっ、投影魔術か」
どうりで逃げ惑う様子を見せないはずだ。
彼は狂っているのだとしても、冷静な判断力は持ち合わせている。狂っているのは価値観や考え方だけで、その場その場で判断を間違えることは少ないのだ。
だがそれでも、油断していた。
彼の足元に現れた魔法陣は、それこそ高度な魔力感知ができるものしか気づかないほどの微量な魔力しか流れていない。そして、それを騎士団長は捉えた。
しかし、それすらも罠だったのだ。
ほぼ完璧に消せている気配。敵の油断から来るであろうその反応を、彼は疑わなかった。
「さて、君に一つ問おう」
「ぁ?」
自身の姿をその場に投影する魔術。
それを使う、今どこにいるとも知れない紳士ぶった男は、突然真剣な声音で問いただしてきた。
「君は、彼女の陰に、嘘に、気づいていないのか?」
「…………」
彼女、というのが誰を指すのか、分からないわけではない。
ただ、答えなかった。答える必要がなかった。
なぜなら——
「今の俺は、これでも騎士なんでな。忠誠が揺らぐことはねぇよ」
「……そうか」
その言葉をどう受け取ったのか、ファウヌスは少し残念そうに肩をすくめる。
そして一転。今度はまるでイタズラを仕掛けるように、声をかけた。
「ああ、そうだ、法皇に伝言を頼むよ」
「何だ?」
だが、また真剣な声音に戻って。
「近いうちに、歴史は繰り返される。君の知らないところでね」
そんな、曖昧な予言を告げた。
伝言とやらが終わると同時に、魔法陣の光が薄れていった。
魔術の行使をやめたのだ。
「いけすかなぇ」
苛立ちを紛らわせるように、地面に記された魔法陣を剣で土ごと粉々にして、後ろを振り返る。
すでに光は収まって、終戦を迎えた街の方を。
「死ぬなよ、ゼノ」
アレウスはそう呟いて、もはや使い物にならない剣を返すべく、住人達の元へ向かった。
次回、50話にて、一週間から二週間ほど連載を休止します。一章と二章の修正と、三章の執筆に使う予定です。どうかご理解くださいm(_ _)m
次回は土曜日に投稿します。
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