一撃
「任せたって、何を——」
「そりゃ、この一件とあの愚息のことだ。俺は疲れたから帰る」
訝しげに問いかければ、騎士はまるで面倒なものを見るかのように、背後の戦闘を振り返る。
ゼノは魔人の攻撃をその小手で防ぎ、体術だけで戦っていた。
「俺の任務は見回りであって、討伐じゃない。それに、あれは少し手に余る」
この国の騎士団長とは思えないその一言に、ヤヨイの心に更に疑心が湧く。
「あいつの子なら、やって見せろ。なあに、最低限のハンデは付けてやる」
何を言って。そうヤヨイは聞こうとしたが、それは叶わなかった。
突風がすぐ側から生まれて、思わず吹き飛ばされそうになったからだ。
「これは!」
魔力。
恐らく、今の今まで、騎士団長が纏っていたそれが、解放されたのだ。これほどの密度まで魔力を圧縮できるその技量は、その肩書きに見合ったものだった。
吹き抜けていく高密度の魔力は、魔導師であるヤヨイ達にとって毒と言ってもよかった。
衝撃に加え、酔いに近い感覚にくらっとするが、凌ぐ。
なるほど、これは確かに大きなハンデだろう。
つまり、彼は言ったのだ。
これ大量の魔力こそが——ハンデだと。
彼の姿は、気づけばもうそこにはなかった。
どこまで信じて良いのかは分からない。けれど、疑う必要はない。なぜなら、もうここには、材料が揃っている。
「ヤヨイ、ゼノが!」
「ああ」
やってやる。
「シグレ、今から俺が言うことをよく聞け」
あの男に言われたからではない。
我を忘れた騎士の成れの果てを、引きずり落とすためだ。
そして、あの恩人の旧友を、救うためだ。
シグレはヤヨイの作戦に耳を傾け、そして絶句した。
「ほんとに、できるの?」
「うーん、多分」
その返事に冷たい視線を返されて目をそらすが、シグレはそれでも追及をやめない。
睨みつけたまま、続きを促している。
「まあ、やるしかないだろ」
「……分かった。やってみる」
ヤヨイに治癒強化を施した後、彼女は目を閉じて準備を開始する。
「行くぞ。強化!」
ヤヨイは人の力では届かない速度で走って、魔人との距離を詰め。
そして、支配魔法を発動した。
魔法を発動した瞬間、魔人が自分を警戒したことに、ヤヨイは気づいた。
先ほど叩き潰されかけた瞬間、ヤヨイは確かに恐怖を感じていた。反応が少しでも遅ければ、実際死んでいたのだ。
だが、やめない。やめるわけにはいかない。
貯蔵しておいた魔法を、発動させる。
「常闇!」
辺りの魔力を無理矢理注ぎ込んで創り出した巨大な刃は、魔人の体を二つに分けた。
続けて、仲間の名を叫ぶ。
「おい、ゼノ!」
「あぁっ!」
目の前の敵が倒れれば、理性を失った獣は、次の敵を求めるのだろう。
今の、彼のように。
ヤヨイは、殺意のこもった瞳で踊りかかってくる仲間の姿に——しかし動揺することなく、むしろフツフツと込み上げてくる感情に身を任せた。
「いい加減、目を——」
その拳に闇を宿して、振りかざす。
「覚ませぇ!」
切るでもなく、刺すでもなく。
ただ、殴った。
闇属性は、絶対的優先度を誇る。そしてそれは、何も刃としての強さに限らない。固体としての強度もまた、最優なのだ。
ゼノが理性を失っていたからこそ、届いた一撃。ヤヨイは知り得なかったが、それは先ほどまでのゼノとアレウスの死闘で起こった出来事と同じものだった。
地面へと叩き落とされたゼノは、ひび割れた土の中に埋もれた。
ヤヨイは魔人の腕から飛び降り、追いかける。
「お前、いい加減にしろよ!」
そして、起き上がり咳き込むゼノの胸倉を掴み、怒鳴りつけた。
「強ければいいってもんでもないだろ!騎士ならちゃんと意志を持て!最後まで守ろうとしろ!」
正気が戻ったかなど気にしていられない。
「守りたいなら、自分を捨てるなよ!お前が自分の力で守れ!じゃないと意味ないだろうが!」
ただ、感情のままに言葉を発する。
「こんな形でいいのか!こんな力でいいのか!お前が求めた理想はこんなものなのかよ!」
思ったことを並べ立てる。
伝わったとは到底思えないが、それでも続けた。
いつものように、面倒そうに言葉を返して欲しいと、ヤヨイは心から思った。その方が、楽だからだ。さっさと次に進めるからだ。
だが、ゼノはそれに応えない。
「俺は、ただ」
悔しそうなその声が、あの時のシグレの声と重なる。
『ゼノは、ただ、守る義務を果たしてるだけ』
そして、彼女は言った。
『忠誠を尽くして、護衛として側にいる。そうすることで、少しでも自分の理想に近づこうとしてるだけ。いい意味ではそうだけど、悪い意味では、なりきってるだけ。だから——私のためじゃない』
涙も流さず、ただ悲しそうに、目を伏せて。
だから、どんな言葉でもぶつけてしまいたくなった。
「護衛なら、シグレにあんな顔させるな!忠誠を尽くすなら、心から尽くせ!お前のそのこだわりが、どれだけあいつに不信を抱かせたか分かってるのか!」
シグレが誰からゼノの話を聞いたのかは分からない。
だが、結果疑ってしまった。悲しませてしまった。それに気づかないまま、何年も過ごしてしまった。
「俺は」
力なくそう呟く姿を見て、もう一発殴ってしまおうかと拳を握り締めようとしたが。
腹の底まで響くような震動が、その思考を止めた。
「説教は後だ。まずは、あれを倒すぞ」
「ああ」
「暴れ回るなよ」
「分かっている」
さて。
残るは、全ての元凶のみ。
「さあ、ぶっ潰すぞ」
千切れた体を強制的に繋ぎ合わせて、もはや人の形を成していない化け物は、だがはっきりと二人の姿を捉えている。
いや、それ以上に、背後にいる、この国随一の巫女の姿を、注視している。
「なるほど」
ゼノはその気配から、ヤヨイの考えを悟った。
「っ!」
息をする暇がない。
それほどに、シグレは意識を集中させていた。
(あと、少し)
魔法陣を描くことすらせず、ただ、感覚だけで操作し続ける。
両手を広げ、自分の意思を伝えるように、魔力を変化させていく。
付加術。
それも、今まで使っていた、ただ斬撃として利用するだけのものではない。
今まで試したことすらない方法だ。
「できた」
変質した周囲の魔力に、達成感を感じる。
「あとは、お願い」
細かい作戦のため少し言葉を交わした直後、ヤヨイは感じ取った。
準備ができた瞬間を。
『あとは、お願い』
そんな少女の声が、聞こえた気がした。
「再構築」
これ以上魔法を使うのは無理だと感じていた。だが、それでも、やらなければならない。例えこの後どんな代償を喰らおうとも。
辺りの魔力全てを対象とする魔法を、発動させる。
「これは」
「急ごしらえだけどな」
魔力が渦巻いて、ゼノの目の前に、一本の長剣が作り出される。
金属製ではない、魔力で作られた剣だ。
「後は、頼んだ」
魔法を使い続け、精神力を使い果たして、膝から崩れ落ちるヤヨイは、最後にそう付け加えた。
「…………」
浮かび上がった剣の柄を握り、残った魔力の全てを肉体の強化に回す。
『お前にしか出来ない』
ヤヨイは先ほど、こう言っていた。
そう。これは、ゼノにしか出来ないやり方だ。
理想を追い求め、ただひたすらに腕を磨いた彼だけが使える、今この国の騎士団に所属している誰もが、成し得ない技だ。
魔人の腕が伸びてくる。
愚直に、ただ伸びてくるその腕は、ただ魔力を求めていた。
「眠れ」
そらを拒絶するように、ゼノは剣を振りかざす。
紫紺の輝きは、一瞬でその体を覆い尽くした。
2章が終わったら次の章のために一週間ほど開けます。また、その間に1章、2章の修正も予定しています。
次回は月曜日に投稿します。今週中に2章が終わります。
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