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神様だからって許されると思うなよ!  作者: 有彩 朱雀
第2章 解き放たれし騎士
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訓練

大変お待たせしました。

 

 アイレーン法国の王都。議事堂や形ばかりの裁判所など、豪奢な建物が立ち並ぶその都に、それはあった。


 教会騎士団本部。

 百を超える精鋭達が、国を脅かす魔物や団体に対処するために待機する、この国で最も安全で、同時に最も危険な場所である。何故なら騎士団には、真っ当な騎士というものはほぼ壊滅的と言っていいほど、いないからだ。騎士とは名ばかりの、各々が相当に癖のある、人外の力を持つ集団。それが、教会騎士団だ。


 そんな中に、少年は放り込まれた。


「やあっ!」


 まだ十に満たない少年の、甲高い悲鳴に近い怒号が響く。

 トコトコと軽い足跡が響く中、突然、シュバッと鈍器が空を薙ぐような音が響き、カランカランと鉄パイプが転がるような音がした。


 そして。


「うぐっ」


 少年は、頭を抑えて涙ぐんでいる。


 この一連の表現では何が起こったのか理解できるはずもないので、簡単に説明すると、少年は訓練用の模擬剣を手にとって、数分間戸惑った挙句に訓練相手へと突っ込んで行き、そしてやられたのだ。

 額を指先で叩かれ、その痛さにうずくまったのだ。


 やはり、通じなかっただろうか。


「大丈夫?」


「っ、大丈夫です!!」


 桃色の髪をした先輩騎士に心配され、少年は思わず啖呵を切った。

 再び軽い足音をたてながら、武器を取りに行く。


「……何で、あんな子連れてきたの?団長」


「まあ、成り行きでな」


「?」


 そう返す男の反応からは疲労の色が感じられ、女騎士は小首を傾げた。

 少年と年の頃は近いが、その落ち着き払った気配はどこか大人びている。もしかすると、単に周りに興味がないだけなのかもしれない。


 そんな会話を遠巻きに眺めていた少年は、その手に握った剣を見つめる。模擬剣といえど、勢いよく振れば無傷では済まない。だからこそ、少年は躊躇したのだ。

 だが、それではダメだ。

 そんなことでは、強くなどなれない。


 先輩騎士の正面に立って、剣を構える。

 その構えは綺麗ではあったが、実践には不向きなもので、それはまるで決闘に用いられるそれであった。


「ちっ」


 少年は男の舌打ちに気づいていながら、何の反応も示さず斬りかかる。


 女騎士は、何の動揺も、反応も見せないまま、無造作に武器に選んだ細剣を振り回し、


「いてっ!?」


 武器を失った少年の額を、指先で、けれど本気で小突いた。




「…………」


 少年は、自室のベッドにぐったりと埋もれていた。


 ここは、騎士団本部にあった空き部屋を、騎士団長であった男が勝手に、もとい職権濫用をして少年のために用意された部屋だ。


 少年は、この国の出身ではない。とある任務で国外に渡っていた騎士団長が、運良く——彼にとっては運悪く——魔物の群れに出くわし、そこから救い出したというだけだ。この国に滞在する権利すらも、本来なら少年にはなかった。

 それすらも男は簡単に手に入れ、そして少年にやすやすと与えてしまった。


 この国に来たのが1週間前のことで、可能な限り早く、少年は騎士団の訓練に参加することとなった。結果は今の現状通り、惨敗である。今のところ、剣を握って斬りかかることしかしていない。他の騎士達はもう少しまともに斬り合えているのだが、相手が悪かった。

 騎士団にある序列制度。その上位陣で手が空いている者が、率先して訓練相手になるという、他の騎士達がああはなりたくないと揃って口にするスペシャルコースである。


 その結果、死んでしまった骸のように動かなくなった少年は、そのまま夕食の時間まで休憩に神経を注ごうとしたのだが。


「よう、入るぞガキ」


 その安らぎの時間は、始まって30秒という破格のスピードで終わりを告げた。


「……なん、ですか」


 僅かにかすれた声で抵抗の意思を示そうとしたが、見事にスルーされたまま男はベッドの脇に立つ。


「喜べ。さらに早く強くなれる方法があるぞ」


「……?」


 恐る恐る、寝転がったまま首だけを彼の方へ向ければ、彼はいたずらの笑みでこう言った。


「さあ、自主練の時間だ」


 少年の顔は、さらに真っ青になった。




 少年は、農家でのびのびと育った。

 確かに、山を走り回ることがあれば、木登りだったしたことはある。川で魚を取ったこともあるし、親と一緒に大きな町に行ったこともある。

 だがさすがに、動かなくなるまで走り続けた経験はなかった。


「ぁ…………ぁぁ」


 もはや呼吸にすらなっておらず、歩くスピードより遅くなりながら、ついに倒れる。


「なんだ、もう終わりか」


 時間にして、30分に満たない。だが、少年の体力では十分長いと言えるだろう。

 にもかかわらず、また子供にしては良くやった方だと褒めることなく、この言いようである。まさしく鬼教官ここにあり。


「ほれ、終わったなら帰るぞ」


「ぅ、ぅぐ」


「仕方がないな」


 ふと、無理やり持ち上げようとしていた体が軽くなった。

 騎士団長が、少年を背負ったのだ。


「少しやりすぎたか。加減がわからんな」


 ギュッとしがみついていると、その大きな背中に、ある姿が重なった。

 もうこの世にいないだろう、父の姿だ。まだずっと幼い頃、森で転んで歩けなくなった少年を、父は負ぶって家まで連れて行ってくれた。その背中は心地よくて、時々ねだったりもした。

 それは、もう繰り返されることのない、失われてしまった、過去の記憶だ。


 だんだん、動悸が激しくなった。


 叱られると分かっていながら、それでも、勝手に涙が溢れてくる。さらには声を上げてしまうが、なぜか、苛立った舌打ちも、バカにするような声も、少年の耳に届くことはなかった。


 少年に与えられたのは、リズム良く揺れる心地いい背中の感触と、離さないという意志が込められたかのような腕の力だけだった。



「はっ」


「うん、今のは良かったよ」


 お馴染みの先輩騎士は、僅かに弾んだ声音でそう評価してくれた。

 あれから一年、初めは身体がついて行かなかった訓練にも大分慣れ、もうすぐ実戦形式の訓練に移ることができるだろう。


「…………」


 しかし、少年は気づいていた。

 時折訓練の様子を眺めに来ては、どこか悲しそうに、そして怒りを押さえ込むように表情を曇らせている。

 なぜなのか、当時の少年には全くわからなかった。

 なぜそんな風に、呆れているのか。

 どうして、褒めてくれないのか。


 しかし、それはほんの少しだけの希望であり、願いでしかなかった。そんなものは、強くなるという目標を叶えることに比べたら、些細なことにしか感じられなかった。


 だが、今ならわかるのだ。少年にとってそれは、大切なことだったと。


 今の自分は、まるで機械だ。

 機械のように、目的を果たすだけだ。

 機械は、意志を持たない。心から叫ばない。それは正しく、自分ではないかと。


 型にはまった動き。それは、すでに過去に追いやったはずの理想が、無意識に具現化した姿であった。恐らくそれを、団長は危惧したのだろう。純粋な力も、魔力操作も、並みの相手では到底及ばない。だが、いずれ来る強敵相手に、それが通用することなどあり得ない。


 何度も矯正されそうになりながら、しかし気づいてすらいない少年は、男が気づいた頃には元に戻っていた。常にそばにいることもできない。まだ弱い少年には、気づかせてやることもできない。


 そんな偶像を追い求め続けた、騎士とは呼べない騎士。


 それがゼノ=フラヴィスであった。



次回の投稿は、日曜日になります!


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