理想
どこかの騎士の過去編です。
……あれ、過去編って言い方あってるかな?
幼い頃の記憶は、微かだが、覚えている。
名前も、場所もわかりはしない。
ある村の、ある農家の、ある少年。
それが、自分だったことだけは、覚えている。
「━━━、朝ごはん出来たわよ」
「はーい」
父と母。
彼ら2人との生活が、少年の日常だった。
畑を耕し、家畜に餌をやる。そんな日常は、のんびりとしていて、退屈で、少年は変化を求めた。
ああ、そうだ。その頃、ある本を読んでいた。
『カッコいい騎士』たちが登場する、英雄譚だ。空想か、実話かは定かではない。ただ、その物語は、確かに少年の心をつき動かし、少年にある願いを思い描かせた。
自分もこの騎士のように、英雄になりたいと。
だが、少年の世界は狭かった。
生きるために、ただひたすらに働く他ない。
自分がまだ幼い子供であるがゆえ、それを目指すことが難しいということことを自覚していた。
しかし、夢は終わらなかった。
必死に働いて、子供ながらも修行のようなものをして、両親に怒られて。
いつか騎士になるのだと、そんなふうに思いを馳せて、自分の日常を歩く。
そんなある日、少年の人生を変える出来事が━━事件が起こった。
いや、起こってしまった。
村は炎に焼かれていた。
小屋も、畑も、家も燃やされ、今後の生活ができなくなる。だが、少年の脳裏には、ある一つの可能性が浮かんでいた。
ここからまた、始められる。
自分の人生を、新しい道を歩むことが出来る。
果たしてそれは、ただひたすらに前向きだったのか。それとも、絶望から目をそらしただけなのか。
少年は、家族を恨んではいなかったはずだ。
それなのに、なぜ少年は、そんなに心に余裕を持っていたのだろうか。
目の前で、人が、喰われているというのに。
「た、助け、て」
それが誰かもわからない。
ただ、呻きが聞こえた。男の声だった。
「━━━、逃げなさい、あなただけでも逃げて」
「おかあ、さん?」
母親の声だけは、分かった。
その声を聞いた瞬間に、少年は気づいた。
戦う力が必要だと。
騎士になって、自分は何を守りたかったのか。
ただ、武勲をあげ、名のある騎士としてあり続けたかっただけなのか。
違う。ただ、守れるものだけでも守りたかった。自分の知る人を、愛する人たちを守りたい。
武器を探そう。
剣でも、斧でも、木の枝でも、何でもいい。
戦う意思を持てるなら、戦うことができるなら、もう、なんでもいい。
「やめなさい!」
転がっていた鍬を手に取り、少年は、母達を襲う獣━━魔物の、その群れへと走り出した。
思い返せば、なんと滑稽なことだろう。
少年はあの時、自分が何を思っているのか、理解していたのだろうか。
絶望に打ちひしがれて、無理やり希望を見出して、戦って。
そうして、無力な少年に、一体何ができたのだろうか。
そう。何も、出来なかった。
血が飛び散る。
振り下ろした鍬の先で、僅かだけれど、傷ができる。熊のような大きな体を持つ、その得体の知れない魔物は、苦しむ母親からこちらへと視線を向けた。
その時少年は、ただ、恐怖を感じた。
殺気に当てられたのだ。
魔物の一挙一動が、少年の心を蝕んでいく。紛い物の勇気を、砕いて粉々にすり潰していく。
一歩。また一歩。後退りをして。
足に、何かが当たった。
「ぇ?」
それは、死体だった。
先程まで呻いていた、村人の死体だった。
ああ、見たことがある。確か、馬を育てていた人だ。前に、子馬に乗せてもらった。これで槍でも何でも武器を持てたなら、騎士みたいだとはしゃいでいた。
もう、彼は微塵も動かない。
そして、それはつまり、彼を襲っていた魔物が、別の存在に気が行ったということになる。
そう、まだ息のある、少年に。
「あ」
気づけば、辺りにいた魔物達は、全てこちらを見ていた。
獲物らしい獲物が、自分しかいなかったのだろう。
こうなったのは何故か。そこで気づいた。彼らは、幼い少年を庇ったのだ。無力な自分を守ろうとしたのだ。
「ぇ、ぁ」
何も出来なかったどころか、周りを犠牲にした。
自分のせいで、皆が死んだ。嫌でも、間違っていると言われても、そう考えてしまう。
その時、明るい光が自分を覆った。
魔物が魔法を、放とうとしている。
村を焼いた炎を、自分へと向けている。
空腹を満たしたのか、一匹も噛み付いては来ない。だが、魔法を喰らえば一溜りもないだろう。
囲まれているため、逃げ出すことも出来ない。
ただ恐れ、腰を抜かし、せめて泣き声を上げないように耐えることしか出来ない。
男なら泣くなと、父は言っていた。
だから、泣かない。例え死ぬのだとしても。
魔物が詠唱を終えるのを、ただ目をつぶって待ち続ける。
すると、声が聞こえた。
「伏せろっ、くそガキ!」
その怒号は、少年が無意識に従ってしまうほどに、強い意志を帯びていた。
地に這いつくばりながら、音が止むのを待つ。
金属音に、何かが零れる音。そして、断末魔の叫び。
目を開けば見えてしまう惨状から目を背け、ただ時が過ぎるのを待つ。
「怪我はないか」
永遠にも思えるほどの長い時間━━いや、もしかすると、ほんの数秒の時間を乗り越えてた時、そんな声が耳に届き、目を開いた。
そこに立っていたのは、白銀の鎧を纏った、騎士だった。
無精髭に、青黒い短髪。そして何より、実際はそれほどではないのだが、身の丈を超えるような存在感を放つ大剣。
そして彼の周りには、魔物の死骸が、文字通り散らばっていた。
「おい」
どうやら、自分の返事を、長々と待ってくれたらしい。
「は、はい」
返事を聞いて安心したのか、騎士はほっと息を吐いて、あたりを見回し、そして毒づく。
「こりゃ、ひでぇな」
それは、彼らが殺した魔物に対してのものではない。
魔物が食い散らかした、人だったもの。原型をとどめていながら、苦しみが具現化したような、無残な最後を迎えた人の姿。
その中には、もちろんだが、少年の母親もいた。
立ち上がり、おぼつかない足取りで、近づく。
飛び散った肉塊を踏まないように、できる限り気を付け、失敗しながら、謝りながら、少年は辿り着いた。
「おかあさん」
抑えていたはずの涙声でそう呟いた時、近くで誰かが、息を呑むような気配がした。
「おいガキ、行く宛はあるのか?」
再び話しかけられる。
振り向くこともせず、ただ亡き母の骸に触れることもしないまま眺めながら、慌てて首を振れば、騎士が舌打ちをした音が聞こえた。
随分と騎士らしくないなと少年は思った。
物語に出てきたような騎士は、私利私欲のためではなく、主に忠誠を誓い、騎士道に準じて行動していた。それに比べ、彼はどこか人間らしさに塗れている。
ここに来たのも、偶然通りかかり、見過ごすわけにもいかなかった、と言われれば、簡単にそうなのだと落胆してしまいそうだ。
父の姿を見てはいないが、恐らくもう、魔物に喰われてしまっているだろう。先程まで、村のあちこちから、人々の必死の叫びが聞こえていたが、それももう、途絶えてしまったのだから。
「お前は、どうするつもりだ?」
その問いかけは、先程少年が思った考えの、裏付けでもあった。だが、当然といえば当然だ。
物語に出てきたような騎士は、この世にはいない。
父も母も、おそらく気づいていながら、言わなかった。子供に夢を見させてあげたかったのだろう。
目の前の騎士も、そうだ。理由はどうあれ、彼は自分を、絶望の淵に追いやるような真似は、したくなかったのだろう。
守られている。
だから。
「弟子に、してください」
それでも、騎士になりたかった。
清廉で、忠誠心を持ち、決して裏切ることなどない、強者になりたかった。
ただの理想だ。叶えられるかどうかは、これからの自分にかかっている。今までの自分を捨てて、どこまで変われるかが、結果を変える。
その道に至るための一言を、少年は口にしたのだ。
暫く、風の音と、それで木の幹が揺れる音だけが、鼓膜に響いていた。
まるで、今ここにいるのは、自分だけだとでも言うように。いや、もう、自分すらも、空気に溶けて、消えてしまったかのように。
だが、たった一言、されどきっかけとなった一言が、少年の意識を取り戻させる。
「……勝手にしろ」
男はただ、面倒そうに少年を眺め、そして投げやりに言い放った。
すみません、次の投稿は一日遅れます
少しずつ、自分で腑に落ちないところを直していきます。どうかアドバイスや感想があれば聞かせてください!
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