忠誠
お待たせしました
反乱軍、そしてヤヨイとシグレ。
彼らがいる結界付近から、少し離れた、森の中。
いや、森だったはずの場所で、火花が散る。
一合。また一合。それぞれの武器が、瞬きの間に何度も重なる。
言葉を交わすことはなかった。ただ、今まで止まっていた時間が動き出したように、自然と戦いを始めていた。
「…………」
「くっ」
ゼノの眼前を、剣先が横切る。もう何度、この危険を乗り越えたのか定かではない。開戦からまだ5分も経っていないにもかかわらず、だ。
それでも、若い騎士は、その手を緩めない。
「っ!」
彼は大量の魔力を脚に纏って、地を蹴った。すると、相手もまた、同じ動きでもって追いついてくる。
突風が木の葉を飛ばす。彼らが地を踏みしめるたび、災害と見間違うほどの土煙が上がる。
嵐のような怒涛の勢いで、2人は何度も鍔迫り合いを重ねた。時間の感覚がズレている。そうとしか考えられなかった。本来、人間はこれほど速く行動することはできない。
数秒の間に、幾重にも渡って爆音が鳴る。
その衝撃が風を生み、ついに木々は土からその根を別けた。
彼らの一つ一つの動作が、地形を、さらには生態を変えてしまう。それが、この国の騎士団の実力だ。
団長が強烈な一撃を放ち、若い騎士がそれを受け止める。何度も、何度も、周囲を省みることなく、全身全霊で持って迎え撃つ。
だが、ある時を境に、その戦況は崩れ去った。
若い騎士——ゼノが、悟ったのだ。
(もう、十分だ)
仲間2人の、気配が、感じられなくなった。
そう。ゼノが戦闘中防御に徹していたのは、実力の差というのもあるが、下手に彼の注意を自分から外せば、彼らにそれが向くからだ。
時間を稼ぐこと。それが、ゼノの目的だ。
目の前の男でも、今から彼らを見つけ出すのは、相当骨が折れるはずだ。その危険は去った。
もう、守りに徹する必要はない。
そう考えた時だった。
「がはっ」
腹部に途方もない一撃が、もろに入る。
そのあまりの重さに、鎧は破損し、その持ち主も吹き飛ばされた。
一瞬の変化に、脳が追いつかない。
景色が次々と変わって行く。木が、川が、花々が、視界の端に捉えられ、そして瞬く間にそれはまた違ったものへと姿を変えた。
「ぐっ」
そして、今度は背中から、全身に痛みが広がる。
意識を手放しそうになるのを、唇を噛んで耐えながら、ゼノは今の状況に困惑していた。自分に何が起こったのか、理解が追いつかなかった。
「!」
辺りを見渡して、気がつく。
そう、ここは、先程までいた、荒れ果てた森ではない。
そこは、林だった。針葉樹が所狭しと乱立し、陽の光がほとんど立ち入ることの叶わない、そんな場所だ。
「まさか!」
そう、ゼノは理解してしまった。あの街の近くに、こんな場所は存在しない。
そう。それはつまり、ゼノは気づいたのだ。自分が、数百メートルもの距離を、ただ一直線に飛んだことに。
まずい。そう思い、すぐさま立ち上がる。
彼が飛ばされた方向は、ヤヨイ達とは真逆の方向だ。あの男が彼らを探し出せば、すぐにでも蹴りがつくだろう。ここからでは、彼を足止めすることが出来ない。
あの時点で、あとは自分がしぶとく戦えていれば、それで足りたはずだ。
ゼノはヤヨイの実力を認めていないわけではない。ただ、彼のそれは、あくまで魔導師としてのそれだった。決して、剣士相手に通用するものではない。おそらく、一瞬で決着するだろう。
「早、く」
シグレも同様だ。前のように死の魔法を使うことが出来たなら、牽制の役割として活用できた。だが、今の彼女には、付加による援護攻撃くらいしか、戦いに加わる術がない。
軋む足を無理矢理にでも動かして、歩き出す。
少しでも早く、走り出せば、まだ、間に合うはずだ。
そう、考えた時、それは現れた。
「ったく、舐めた真似しやがって」
呆然と遠くへやった視線の先に、自分と同じ服を着崩した、敵がいた。
「っ!何故わざわざ!」
自分を追ってきたのか。
団長が全力を出せば、恐らくもう少し早く到着できたはずだ。
警戒しつつ、心を落ち着け、ゼノは構えを取った。
「そういう態度が、気に入らねぇ」
そんな彼を眺める団長は、何故か苛立ったように、そう吐き捨てる。
そして、すぐにその表情は、不敵な笑みへと変わった。
「おお、そうだ」
ちょっとした冗談を言うように。
「あいつらなら、どうせ結界の中だろう」
その事実を口にした。
「!?」
可能性はあった。しかし、目を背けていた。
こんな、下手をすれば法皇の次に名前が上がる危険人物が近くにいるのに、異変の調査に赴くはずがないと。
「まさか、信じなかったのか?」
だが、ゼノは知っている。自分の主人が、自分の知る中でも1番のお人好しであることを。
ゼノは、そうあって欲しくなかった。
彼らだけは、生きていて欲しかった。
彼女の未来を、彼に託したかった。
「ほれ、俺を倒さないと、あいつらも死んじまうぞ?」
馬鹿にしたような、どこか呆れたような瞳で、両手を広げて隙を見せる。いや、隙など無い。彼ならば、その隙を突こうと突撃した瞬間に、一瞬で構え、断ち切るだろう。
だが、それでも。
「っ!」
その挑戦に、乗る他なかった。
空気中の魔力を、自らの体へと込める。
強化魔法とは違った肉体強化の術が、今まで何度も行使し慣れて来たはずの身体に、痛みを走らせる。
まずは、正面から。
「さあ、来い」
笑を消し、大剣を持ち上げる、悪魔の元へとひた走る。
一瞬で距離が詰まり、剣が激突し、そして。
「ぬ?」
大剣を往なし、走り抜けた。
逃げ出した怒りで額に血管を浮き立たせながら、団長は振り向く。
そして、
「ほう」
感心したような声を上げた。
ゼノの姿は、既にそこにはない。そして、逃げた訳でも無い。
「はあ!」
右斜め後ろ、上方から、剣先を突き立てる。
だが、まるで分かっていたかのように、高速で、相当な重量の愛剣を振るってくる。
触れ合った瞬間、重心移動を利用して勢いを残したまま、大剣を蹴り、飛び上がる。針葉樹にその足をつけ、再び敵へと舞い戻った。
頭上からの攻撃。魔力で強化していなければ、到底てぎないその技で、風を超える速度で空をかける。
正面から、背後から、頭上から、速度を維持したまま斬りかかる。
「…………」
けれど、届かない。
どれほど疾く走ろうと、如何に欺こうと、目の前の男性——騎士団長は、それを物ともせず防ぐ。
そして、同時に反撃も受けていた。
斬撃ではなく、武器な重量を利用した一撃は、次第にゼノの動きを鈍くしていく。すでに体の数カ所の骨には、ヒビが入っているだろう。
だが、止まるわけにはいかない。
止まれば自分の命が潰えると、ゼノは気づいているのだから。
そうして、さらに何度も衝突を繰り返した。
しかし、騎士団団長は、元部下のその技に翻弄される様子もなく、ただ、冷たく一言放つ。
「緩い」
ゼノの目にも捉えられないほどの速度で、剣が振られた。構えも、何もない、ただ振り回しただけのそれは。
ゼノの武器の寿命を、一気に削った。
愛剣が、根元から折れる。それほど強く握り締めていた。シグレの護衛の任に就いてから、ずっと肌身離さず装備していた武器が、その役割を失う。
それはつまり、ゼノにとって、騎士として戦う術が消え失せた瞬間だった。
「がっ」
そのまま左拳で顔面を殴打され、吹き飛ぶ。
何とか足から着地して、地を砕きながらも停止した。
ついに、膝をついてしまう。
隣には、何年もの時を共にした、もう生きていない、ただの刃が転がっている。
「あ」
「お前には、もう、必要ないからな」
それは一体、何を意味するというのか。
ゼノには理解し難かった。いや、理解したくなかった。
ただ、
「あ、あぁ」
「騎士道ごっこは、いい加減卒業しろ」
諭すような、静かなその声に、否定を叫びたくなるが、視界が黒く染まるような感覚に加えて脳がぐらつくように痛み、呻くような声しか出てこない。
「失望したぞ」
男が何をしているのか、彼には気配でわかった。
首筋に刃を当てられても、冷たい目を向けられても、ゼノの口からは、言葉どころか、ついに呻きも、悲鳴も、出てこない。
「騎士としてのお前は、これで終わりだ」
その一言を聞いて。
ゼノの視界は、唐突に純白に染まった。
少し出来が……え、いつものこと?申し訳ない(._.`)
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