助言
また遅くなり、すみません。
「…………」
「…………」
どうしたものか。
今この瞬間、皆の気持ちは重なったことだろう。
ヤヨイたちが薬草を持ち帰ってから――すなわち、ヤヨイとヒュギエイアが対立してから、すでに二日が経過していた。語り終えた薬師は、ちょうど製薬の準備が整ったらしく、ヤヨイと意思の疎通を図ることもせず店の方へと引きこもってしまった。彼女が神であるが故か、どこぞの女神たちと同じく、やはり価値観が違うらしい。薬を作り終えてからも彼と積極的に言葉を交わそうとはしなかった。それが、また問題だった。
結論から言って、神薬は完成したといっていいのだろう。
町の住民に四人で手分けしてどうにか配り終えたのが、昨日のことだ。今朝訪ねてきたヒュギエイアの知り合いによれば、どうやら具合はよくなっているらしい。原因どころか具体的な病状すら何一つわからない、さらに言えば苦しむだけで死者が出ない病ではあったが、次第に皆町を出歩けるようになるはずだ。
そして、その間、ヒュギエイアは態度を変えないままヤヨイに接していた。
シグレがどうにか二人の仲介役を務めようと考えたのだが、片方がこれではどうしようもなかった。いや、そもそも彼女にも弥生にも落ち度は見られず、元凶となった張本人が姿を現すはずもない。たとえ話し合ったところで、平行線のまま進まないだろう。ヤヨイもどこか気を落としてはいるようだが、表面上はいつもとなんら変わらない。
雰囲気だけがぎくしゃくしたまま、ただ時間だけが流れていく。
その間、シグレたちは彼女の家で厄介になったままだ。町の端に建てられているため、住民たちと遭遇することもない。家主曰く、彼女はあくまでも『法皇に誘われてこの国に来ただけ』であり、ヤヨイたちと敵対することもなければ、味方になることもない。
彼女にとっては、ただ恩を返しているにすぎないのだ。
「シグレ」
庭で素振りをしていたゼノが、紅茶をいただいていたシグレへと声子かける。
「そろそろ、ここを出るべきではないか?」
「まあ、うん。私も思ってた」
心のうちでずっと考えていたことを、彼女も苦笑とともに零す。
この場所は、決して安全とは言えない。どういった形であれ、教会に関与しているのは事実なのだ。本来ならば今すぐにでも町を出るべきだろう。
三人が向かっているのは、ここからさらに離れた位置にある王都だ。そこで情報を集め、未だ監禁されたままであろう、シグレの父親を救い出す。それが最終目標だ。
「それに、今後のことも話し合っておきたい」
「え?」
「あいつの手助けをした、その先のことだ」
そこで、シグレは気が付いた。
確かに二人は、ヤヨイに手を貸すことから始めると、そう言った。だが、それが終わったとき、自分はどうするのか。
「うーん」
漠然とすら、浮かんでいない。
故郷に向けて旅をするでも構わない。けれど、その場合。
「なんだ」
この騎士は、はたしてその選択を、どう思うのだろうか。
「言いたいことがあるのなら、聞くが」
そして、どれを選ぶのだろうか。
おそらく、自分の希望を言えば、彼の道もまた決まるだろう。となれば、
「まだ、先でいいかな?」
「…………」
「決めるの、もう少し、待ってもらっていい?」
重ねて言うと、目の前の騎士は、少しばかりその眼に動揺を映し出し。
しかし、それでもその返事を告げる。
「わかった」
そのそっけない態度の後に、去っていく。その様を眺めたまま、ティーカップを持ち上げて紅茶をすすると――――
「これは厄介ね」
「ひゃっ!?」
耳元で急にあらわれた声と気配に、思わず悲鳴が上がる。飲み込んだ後でよかった。心の底からそう思いながら呼吸を落ちつけて、その主を睨み付ける。
もっとも、あまりそんなことをしないシグレのそれは、あまり効果をなさないのだが。
「ふふっ。ごめんなさい。少しいたずら心が」
やはりまだ笑ったままの女神、ヒュギエイアに、シグレは次第にあきれた視線を向けるようになった。
「でも、気を付けた方がいいわよ?」
しかし、次の瞬間には真剣な表情を見せた彼女に、思わず息が詰まりそうになる。
その助言は、自分よりもはるかに長命で、人生の先輩ともいえる相手からのものだ。神託ともいえるそれは、彼女の悩みを的確にさしていた。
「――――わかっています」
ならいいけれど。
そう言って、自分も紅茶を飲もうと準備をしながら、さらに続けた。
「ぶつかることも必要よ?」
「え」
自分がおそれていたことを、すべてお見通しとでも言うかのごとく、当ててくる。
「言いたいことがあるのなら、伝えたいことがあるのなら、言葉でも、詩でも、手紙でもいい。行動を起こして、まずは知ってもらうことから始めなさい」
「は、はあ」
驚愕のあまり、漠然と、しかしそれでいてスッと入ってきたその言葉に、何度も瞬きしながら、そんな反応を返すほかなくなる。
すると、また彼女は笑い出した。
今度は、微笑みが少し強くなっただけの、優しい笑顔で。
「な、なにか」
「いいえ。実は今の言葉、ある友人からの受け売りなんだけど、それを聞いた時の私の反応とうり二つで。まあ、当の本人からしたら、それができないから困っているのにね」
そんなことで笑われていたのか。そう考えていると、彼女はふと、どこか遠くを見つめて呟いた。
「こんな顔の私を見て笑ってたのかなぁ、あの子」
その言葉には、寂しさと、悲しさと、それから人匙のうれしさが感じ取れた。
まるで、今も口にしている紅茶のような。
「あの、エイアさん」
言っていいものか。
そんな不安が消えることのないまま、シグレは静かに――問いただした。
「もしかして、あなたは――――」
❄︎
「世話になったな」
「ありがとうございました」
ゼノも、コクリと頷く。
「いえ、お礼ですから」
表面上、いや、互いにそれほど気にしていないので、普通に丁寧に、挨拶を交わした。
そのまま、ヤヨイ達は彼女に背を向ける。
「あ」
「ん?」
「……いえ」
その時、背後から、何かを思い出したようにも、嘆くようにも聞こえる声がして、慌てて振り向く。
しかし、声を発した張本人は、何か思い詰めたような表情のまま、無理矢理笑みを作った。
「皆さん、気をつけて、くださいね」
それからしばらく、森を歩いて。
「もう少し、居ても良かったんじゃないの?」
シグレが、少しだけ悲しそうに、声をかけてきた。
「居たところで、どうにもならない」
「そっか」
それからまた、しばらく、皆黙ったまま、歩き続ける。
どこまで行っても、なんら変わらない景色。それでも、いつかこの風景にも終わりが来るのだろう。
本当は、話すべきだったのかもしれない。
後悔がこみ上げてきそうになりながら、ヤヨイは首を振ってその考えを排除した。
そうしていると。
「よう」
そんな中、通りかかった人物の声が、辺りに響く。
「誰だっ!?」
咄嗟に臨戦態勢をとったヤヨイだが、そこで気づいた。
シグレとゼノが、絶句したまま、動かないでいるのだ。
「おい、2人とも」
「——なぜ」
ヤヨイの呼びかけには答えないまま、シグレは黙ったままで。
ゼノは、きっと睨みつけて、恨み言のように呟く。
「なぜ、ここにいる」
次は昼に間に合うようにします!
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