追憶
ここは、天界に存在する都市の中でも、さらに一回り大きい都市の、その通り。
ちょっとした市場にもなっている道で、ヒュギエイアは1人で街を探索していた。
「今日は、あれが食べたいかなぁ」
神々は、基本的に人間と同じ生活をしている。
食べ物を食べ、働いて社会を循環させ、同じように睡眠も取る。違うとすればそれは、終わりがないということだろうか。
神々は、人々の信仰心から存在が確立される。たとえ今は無名であろうと、過去に誰かが広めたのなら、それは神として天界に顕現する。そして、何年経とうと、何千年、何万年経とうと、その寿命が尽きることはない。
いや、そもそも寿命という概念があるのかすら定かではない。
たとえ神話で死んだとしても、天界では生き長らえている。そんな神は山ほどいる。
具体的なところは、ただ神薬を創り出せるだけのヒュギエイアには分からないが。
同時に、分からなくても良いと、確かに思っている。
「あれは」
そんな彼女は、人混みの中に、ふと特徴的な色が見えた。白と黒が互いの存在感を拮抗させている、特徴的な髪色が。
その持ち主は、なぜか似合う神父服を纏って、ヒュギエイアの方へと歩いてきた。
神名をサリアという、今の時代では無名の、神々すら何者か知り得ない、女神だ。
ヒュギエイアはサリアと知り合いでしかなかったが、何度か見かけたり、時には話したことがある間柄だった。
「あ、エイア。こんにちは」
「こんにちは、サリア」
見かければ、挨拶くらいは当然する。
では、なぜ話しかけることができないのか。それは決して、彼女が神の中でも高位な存在だから——ではなかった。
「サリア、実は今度パーティーがあるのだが!ぜひ一緒に——」
「あいにくその日は仕事があるので」
「そこを何とか!?」
この、名前も知らない、灰色の髪色の男神が、常に彼女のそばにいるからである。鬱陶しそうに、煙たがられているように見える。にもかかわらず、どこかからの存在を許しているように見受けられるのは、ヒュギエイアの目がおかしいからではないだろう。
サリアは残念そうにため息をついて、
「すみません、エイア。今日は……というより今日も、失礼します」
申し訳なさそうに、謝罪をしてきた。
だが、いつものことだ。人目をはばかることなく求愛してくるそこの神には白い目を向ける他ないが、サリアのせいではない。
「大変ね。なら、今度お茶でもしましょう」
「それは良いですね!」
彼女は紅茶がとても好きなようで、社交辞令であろうとなかろうと、お茶会の誘いには食いついてくる。最も、これまたあの男神のせいか、それとも単純に忙しいのか、2、3度誘って一回来れる程度でしかない。
しかしそれでも、彼女の様子にヒュギエイア笑みを浮かべて、なんならいつも、それが叶うのを楽しみにしていた。サリアは自分の素性を話そうとはしないが、おそらく戦闘能力というよりも、文系の力があるのだとヒュギエイアは考えている。
何せ、以前お茶会で話していた内容が、常人では知り得ないような事柄ばかりなのだ。神々の裏事情、人類史、それらを、なぜここまで知っているのか、不自然なほどに知り尽くしている。
情報を引き出すという意味ではなく、そんな彼女と話をするのがとても楽しみなのだ。
と、そんな彼女たちを通りの陰から遠巻きに眺めていた、どこの誰とも知れない神達は。
サリアのことを胡散臭そうに眺めていた。
それから数日が経った、ある日のこと。
それは丁度、あの灰色の神がに誘い、サリアが多忙であるが故即断していたパーティーの日の、翌日だった。
「え」
ある友人から聞いた情報に、耳を疑う。
だが、何度聞いても、それが訂正されることもなく、ヒュギエイアだけでなく、皆も困惑していた。
サリアが、天戒を破ったというのだ。
人類では法律や憲法と呼ぶそれに、違反したというのだ。
前代未聞の大事件だった。今まで、神が生まれてから、天界で神々が生活するようになってから、初めて起こった出来事だった。
「詳しく、聞かないと!」
ヒュギエイアは、彼女が裁判までいると伝えられた場所——天獄へと、向かった。
その場所には、神々達がごった返していた。
皆、この度起こった事件に戸惑い、居ても立っても居られなかなったのだろうか。そんなことを考えていると、ヒュギエイアの視界に、またも見知った色合いが垣間見える。
「サリア!」
人混みをかき分けて、彼女の元へと近づこうと試みる。
なんとか彼女の姿が見える位置に辿り着いたヒュギエイアは、もう一度その名を呼んだ。
「サリア!」
今度はしっかり届いたようで、彼女はゆっくりとこちらを向いた。
サリアは、これから牢へと閉じ込められるところであった。
「何で。何で、こんなことに?」
せめて訳を聞こうとそう尋ねるが、しかし彼女を連れてきた者は、まるで余計なことを話させないように、彼女の背中を押し進むことを強要した。
が、声には出てこなくても、その口の形で、彼女の言葉を読み取る。
たった一言。けれどその言葉に、今回の事件は彼女のせいではないのだとヒュギエイアは考えた。
————大丈夫。
そう言った時、サリアは、真剣な表情だったのだ。
まだ、諦めていないかのように。
彼女を信じよう。
そう思ったヒュギエイアは、情報を集めるべく、まずはそこから離れよとして、その言葉を聞いた。
「やっと化けの皮を剥がしたか」
「え?」
何を言っているのか、分からなかった。
誰のことを言っているのか。
どのことを言っているのか。
ただ、さらに周りから聞こえる言葉の数々に、ヒュギエイアは恐怖を覚えた。
「神の形をした悪魔め」
「これを機に、もう姿を見せないで欲しいな」
「一生出てくるな」
サリアに対する、恨み言。
それが、ポツポツと、しかし確かに、周りの神々が呟いている。
サリアが監獄された理由。
それは彼女が、人類に関わるという規則を破ったからだった。具体的なところは、まだ調査中とのことらしい。
なぜヒュギエイアがそれらを知ることができたのか、それは。
「彼女が自分の正体を明かさないのは、それをほとんどの神が信じないと、上層部が判断したからだ」
神話において、ヒュギエイアの祖父にあたる、アポロン。ゼウスの子と名高い彼が、この事件のせいもあり多忙でありながらも、彼女の謁見に応え、今彼女に説明をしていたからだ。
「上層部が?」
「まあ、彼女自身も、それによって余計に扱いが酷くなると分かっていたからだろう」
一体彼女は何者だというのだろうか。
ますます気になったヒュギエイアだが、そこまで重要な機密事項ならば、自分がそれを聞くことは不可能だということもわかっている。
「最も、彼女が無実である保証はない。私が彼女のためにできることは、ほぼ無いだろう」
「お祖父様でも?」
確かにアポロンはオリュンポス十二神の1人で、ゼウスの息子だ。しかし、だからと言って立場が高いわけではない。
あくまでも、彼女に罰を下すのは、もっと高位の神々達だ。
「まあ、私としても、彼女の無実を祈っているよ。これでも、彼女は私にとってとても尊敬できる女神だからな」
「それは、一体?」
「すまない、私にも話せないことがあるのだ。エイア」
失言だったと、謝罪してくる。
気になりはしたが、やはり彼女の無実を信じるしかないと、当時エイアは思っていた。
そして、それから数日後。
彼女は、サリアが天獄から脱走したと、報告を受けた。
神の知識があってるのか不安で書きづらい……もっと知らなければ!
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