忠告
遅くなりすみません
来た道を今度は戻って、3人は洞窟内を歩く。
襲ってくる魔物はゼノではなく、シグレが率先して狩っていた。どうやら彼に対する配慮らしいが、ヤヨイには全く疲れているように見えない。
たった一人で龍と殴り合ったのだから、多少なりとも疲労するはずだ。そう思ったが、来た時とちっとも変わらない澄まし顔で隣を歩いている。時折休憩を取ってはいるが、その様子を見るに、シグレとヤヨイのためなのだろう。
もはやヤヨイの頭には、こいつは本当に人間なのかという疑念しか残っていなかった。
洞窟を出た頃には、すでに夕方だった。
しかし、この調子なら日が完全に沈んでしまう前にラークルへ辿り着くことができるだろう。そう思って歩き出して、数分後。
ヤヨイ達の目の前に、それは現れた。
「————」
フード付きのローブで体の大半を覆っている、謎の集団が、重苦しい雰囲気を纏って、夕焼けに染まった森から出てくたのだ。
すでにゼノもシグレも臨戦態勢に入っている。
そんな一触即発の状況で、相手の集団からは、たった一人、おそらく女であろう、線の細い人物が歩み出て来た。
それはそっとフードを外し、短い赤髪と黒い瞳を露わにする。
「また会ったな」
女にしては少し低い、暗い声音。
彼女は、名前も知らない、反乱軍の一員だった。
ヤヨイ達の殺気が、さらに研ぎ澄まされていく。
しかし、その様子を見た彼女は、得物を取り出すでもなく、魔法の準備を始めるでもない。
ただ、どこか呆れたように微笑むだけだった。
「そう慌てるな。付いて来い。話がある」
誰かに見られたらろくなことにならない。
そう言って、彼女達反乱軍は、森の中へと入っていった。
ヤヨイ達が辿り着いたのは、森に隠された地下室だった。
おそらく土の魔法で作り出したのだろう、人の手ではこうはならないほど角が整った、綺麗な広間だった。
最も、家具などは殆ど無いので、急拵えの避難所ではあるが。
そんな殺風景な場所で、未だ警戒を緩めないままに、改めて二つの集団は対峙していた。
しかし、先ほどのように睨み合っているわけではなく、動向を把握しているだけだ。考えてみればすぐに思い至るが、互いに敵対しているわけではない。
逆にいえば、味方でもない。
「どうやって暮らしてるんだ」
「狩った魔物の肉を食ってる」
ヤヨイの独り言にも、どうやら何の抵抗もないようで、反乱軍の女は、さも当然のように言葉を返してきた。
普通の動物ならば、死骸は自然と土に還る。だが、魔物はその生まれ方故に、特殊な最期を迎えるのだ。少しずつ体が朽ち果てていくように、魔力へと変化して消えていく。
それ故に、乱獲しても時間さえ経てば何の痕跡も残らないのだ。潜伏中の食料源としては、最適だろう。
最も、ヤヨイにとってはそんな状況に陥ることだけは、絶対にしたくないものである。
「お前たち、あの女神に会ったのか?」
そんなことを考えていると、彼女は、聞き捨てならない質問を、世間話でもするかのように平然と言ってきた。
多少心がざわつくが、ヤヨイも、可能な限り普通に言葉を返すため、落ち着かせる。今、彼らに弱みを見せられるわけにはいかない。エイアが、自分にとって重要な証人であることを、知られてはならない。
彼女は敵でも、味方でもない。
つまり、これから敵対する可能性が残っているのだ。
「なんで答える必要がある」
「あんた達と私達の立場は、そう変わらない。敵の敵は味方、とも言うだろう?」
だが彼女は、お互いに気を許さないこの状況を、あっさり否定した。
「それに、こっちとしちゃあ、助けてもらった恩義ってもんがある。あの影を倒してくれなかったら、私達はあの場で一人残らずやられていた。——だから、忠告だけでもしとこうと思ってな」
恩義。彼女は確かにそう言った。
シグレ達に聞いていた話とは全く違う様子を見せる彼女は、ふと真剣な表情で、ヤヨイを見つめる。まるで射抜くような視線だが、それに敵対の意思が含まれていないため、素直に話を聞くことにした。
「忠告だと?」
「あの女神とは、今後関わるな。別に、あの女神が悪いと決まったわけじゃないが……」
どこか言い淀む彼女に、今度はシグレが話しかけた。
「あなた達に手を貸していた何者か、が関係してるの?」
「……ああ、そうだ」
反乱軍に手を貸している者がいる。
果たしてどこでそんな情報を手に入れたのかヤヨイは知らないが、女はゆっくり頷いた。
「そいつと連絡が取れない状況でな。緊急時の待機場所にここを選んだのと、あの女神とは、決して無関係じゃないはずだ」
少しだけ苛立ちを見せながら、彼女は毒づく。
「利用するのか、利用されるのか、敵なのか、味方なのか。少なくとも、場合によって私達は、あんた達の敵に回ることもある」
そう告げる彼女は、何故か、残念そうだった。
少し考えて、ヤヨイは答えた。
「悪いが、その忠告は聞けないな」
エイアから、サリアの話を聞く必要がある。
例え、多少の危険を犯すことになっても。
「そうか。なら、警戒だけは怠るなよ」
そう言って、彼女は手を軽く振った。
用は済んだとばかりにこちらを追いやる姿に、苛立ちを覚えながら、ヤヨイは2人を率いて出口の階段へ向けて歩き出す。
「ああ、そうだ。そこの巫女」
だが、彼女の最後の呼びかけに、シグレの足が止まった。
「何?」
すぐ聞き返したシグレだが、女はしばらく口を開かなかった。
葛藤しているのか、その拳は、強く握りしめられたままで。彼女を見守る仲間達も、どこか息を飲む様子で。
「アキラを、知らないか?」
そして、ポツリと。
その名を、口にした。
「名前?……聞いたことは、無いけど」
「……そうか」
くたびれたように、女は地面を見つめる。
「悪い、おかしな事を、聞いたな」
後ろ髪引かれる思いを必死に引き剥がすように、ヤヨイ達は、階段を上る。
❄︎
森を突っ切るように作られた道は、既に闇に満ちていた。
そんな中、シグレは考え込むようにしながら、ヤヨイに尋ねる。
「ねえ、ヤヨイは、聞いたことないの?」
彼女の脳裏には、一つの可能性が浮かんでいた。
初めてあの女性が自分の姿を確認した時、彼女は明らかに動揺していた。そして、今回も、ヤヨイでもゼノでもなく、自分に聞いてきた。
きっと、関係があるのだ。
その特徴的な名前と、黒い髪は。
「無いな」
今は金色に染めている一応は幼馴染の少年は、即答した。だが、考えてみれば当然のことだ。ヤヨイは、シグレしか知らないと、前にも言っていた。この国に家族と呼べる者は、シグレと父親の2人しかいないと。
「そう」
未だちらつく可能性に苦しみながら、とぼとぼと歩き続ける。
そして、しばらくしてから、少年はある事を打ち明けてきた。
「実は、エイアの前にも、女神に会ったことがあるんだ」
❄︎
「これがその薬草で合ってるか?」
玄関で出迎えた時からずっと不安げな薬剤師は、ポーチから取り出した青い花を見て、笑顔咲かせる。
「はい、間違いありません。ありがとうございます!これで、あの子達を苦しめる病を、治すことができる」
念のため、教会の者と偽ってシグレの回復魔法を試してみたのだが、何の効果も無かった。
彼女の魔法が病気には効果が無いものなのか、それとも、この病気が特殊なものなのか。定かではないが、これでその病も無くなる。
「薬を作り終わったら、サリアの話、聞かせてくれるか?」
2人きりの時ではなく、シグレとゼノも同伴しているこの瞬間に、それを尋ねた。そのことにわずかに動揺したようだが、同じ様子を見せるはずの2人の姿をチラと見て、納得したように目を細める。
「どちらにしろ、調合には時間がかかりますから、配れるのは明朝になるでしょう」
それはつまり、すぐにでも報酬を支払うという事だ。
「約束は約束です。後悔しないでくださいね」
覚悟を決めろと、そう言っているのだ。
これからする話は、ヤヨイ達が聞いていい者ではないと。
無理をしても仕方ないので先に食事を済ませ、食器を片付け、そのまま椅子に座る。
戻ってきたエイアは、自分も覚悟を決めていたのか、それとも休んでいただけなのか、
「昔、ある神が存在しました」
長い時間をかけてから、どこか遠くの景色を見るように、話し始めた。
「彼女は、私が生まれるずっと前から、天界にいました。神々は、人々の信仰の念によって、存在が確立します。しかし、誰も彼女のことを知らなかった。天界にある資料には、何も記されていなかったのです」
懐かしむように、口元が少しだけ歪んでいる。
「何を司るのか、何が彼女を生み出したのか。そんな正体不明の神は、ある日、大きな事件を引き起こしました」
彼女の声が、少しだけ、震え始めた。
「天界とは別の、人々が生きる世界に足を踏み入れ、そして、彼らを殺し始めたのです」
その言葉に、2人の気配に動揺が混ざったのを、ヤヨイは感じ取っていた。しかし、それ以上に、この後紡がれる言葉が、真実ではないことを、心の底から祈る。
だが。
「神名を、サリア。彼女は、私達が天界から堕ちる原因を作り出した、悪魔なのです」
そんな希望は、あっけなく途絶えた。
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