出発
大変遅くなりました。
「どうやら本当らしいな」
「……うん」
町のあちらこちらを眺めて、2人はそう言葉を交わした。
エイアの言った通り、この町ではある病が流行っているらしい。
今まで見た町と比較するとわずかに活気がないのもそのせいだろう。というより、現に怯えた住人達の間では、そんな会話がされていた。
「神薬、作れると思う?」
突然、シグレはそんな疑問を口にした。
それは言い換えれば、エイアは本当に神なのか、という問いでもあったのだろう。
ちょうど同じことを思っていたヤヨイは、先ほど彼女と交わした取引を思い浮かべ、少しばかり投げやりに言う。
「帰ったら教えてくれるだろ」
「……どうでもよさそう」
そんな反応に、シグレは訝しむような目を向けて来た。
しかし、そんな目を向けられるいわれはない。
そう思い、ヤヨイは彼女の弱みにつけ込むことにした。
「だって、そうだろう?そもそもこの話に乗ったのだって、お前が言い出したことなんだし。だいたい——」
「…………」
したのだが、彼女は物凄く不機嫌な様子で、後で何か仕返しでもされそうなオーラが背後から滲み出ている。
先日の一件を思い出し、冷や汗をかきながら慌てて言い直した。
「つ、作れるとは思うが、それをこのために使うかどうかは、分からないな」
すると、今度は何かを思い出したように表情を変えて、その頭に疑問符を浮かべてくる。
そんなコロコロ変わる仕草に、シグレという少女の心が、なんとなく、少しだけ分かってきた気がした。
「……ねえ、ヤヨイ。あの後、彼女と何を話してたの?」
なんだかのんびりした会話に持ち込まれるとばかり思っていたヤヨイは、まあこうなるよなと心の中で愚痴をこぼして、曖昧に答えた。
「まあ、色々とな」
❄︎
「受けるとは言ったが、その代わり、条件があるんだ」
夕食も済ませて、3人で改めて話を終えた後のこと。
ヤヨイは一人で、エイアと対峙していた。
「条件、ですか?」
先ほどまで出てくることのなかったその単語を、不思議に思ったらしい。
それもそのはずだ。
たったひとりで、誰にも相談することなく、まだ未成年の少年が神にそれを持ちかけたのだ。
「ある女神について、教えて欲しい」
しかし、その条件の内容を聞いて、エイアは目の色を変えた。
神のことを尋ねるのなら、神に。
伝説などを調べるよりも、知っている者に聞いた方が遥かに早い。
この国では情報を得るには本を読むしかない上、それがそのまま個人情報になるとも到底思えない。となると、やはりこうなるだろう。
「それくらいなら構いませんが、神名は何というのですか?」
「あいつ自身は——」
一瞬、口にしてもいいものか、迷った。
何かを隠していたあの白黒の髪をした少女にとって、この神物は敵か、味方か。それが躊躇した原因だった。
だが、ただ、聞くだけだ。
何も問題などないはずだ。
「サリアって、名乗ってた」
そう思ってその名を口にして、そしてヤヨイは後悔する。
目の前の神の瞳に、何かよく分からない感情の色が見えたのだ。
敵か味方か以前に、何も判別できない。ただ、その名を知っていることだけは理解できた。
「そう。生きてたんだ」
ヤヨイにはギリギリ聞き取れない声で、エイアは独りごちた。
まるで、一切の感情を持たない機械のような表情で、底冷えした声色で、言ったのだ。
今、心の底から感じ取った。
彼女は、神なのだ。自分達とは全く別物の、格上の、人間の常識から外れた存在なのだ。
「何を知ってる?」
畏怖の念を抱きながら、それでも果敢に問いかける。
「話して欲しければ、クエストを達成してください。戻ってきたなら、あなたの知りたいことを全て、教えます」
次の瞬間には、悲しそうに、哀れむような目を向けられた、そう告げられた。
❄︎
「ふうん」
はぐらかして何も話してくれないヤヨイに、シグレはそう反応して、
「でも、いつかは、教えてくれる?」
「何でそんなに聞きたがる?」
「だって、家族だから」
「……分かった」
ゼノが買い出しから戻って来たのは、隣の少女からそんな気恥ずかしいセリフを聞いて、ヤヨイが頷いたすぐ後だった。
「この地図によると、どうやら洞窟——ダンジョンが近くにあるらしい。そこから向かえば、数時間で着くそうだ」
「ダンジョンか」
「つまり、魔物が出る、ってことだよね」
シグレは少しばかり緊張した面持ちで、そう呟く。
結界が張られている以上、ダンジョンから魔物が出てくることはない。しかし、その分中にはわんさかいることだろう。たった3人でそれを攻略するとなれば、負担も大きいはずだ。
あくまでも、並みのパーティーであれば、ではあるが。
「精神力の関係上、道中では援護くらいしかできないけど、頼むな」
「問題ない。いつもとやることは変わらないからな」
ゼノは前回魔物を掃討した時と同じように、シグレ、それに加えてヤヨイの2人を護衛すればいいだけだ。前回と比べれば魔導士2人に騎士1人というアンバランスな構成だが、ゼノは全く気にした素振りを見せなかった。
ヤヨイ達は、無尽蔵に魔法を発動できるわけではない。
体を動かせば体力に限界がくるように、魔法を使えば精神に限界がくるものだ。だからこそ、できる限り消耗は避けたい。
しかし、それでも。
「…………」
嫌味の1つもないゼノの様子に、またしてもヤヨイは違和感を感じざるを得ない。
けれど、何も言えないまま、3人はダンジョンへ向けて出発するのだった。
ヤヨイ達は、ダンジョンに辿り着いてすぐに突入した。
特に準備がなかったのもあるが、子供達を救うための薬であるため、できる限り早く済ませたいのが理由だろう。
「ふっ!」
中にいたコウモリやコウモリの魔物が次々とヤヨイ達に、いや、ゼノに殺到する。
別に魔物を引き寄せる魔法を使っているというわけではなく、単純に持ち物の関係だ。しかし、これも魔物寄せのアイテムの影響というわけでもなく。
体の至る所を覆う鎧に、引き寄せるためにわざと松明の影響だ。
光輝く鎧が、松明の灯りに照らされてキラキラと輝き、ヤヨイやシグレに比べて明らかに悪目立ちしているのだ。
いや、ヤヨイ達からしてみれば、むしろ良い意味で目立っているのだけれども。
「なあ、シグレ」
こうしてゼノが魔物に気を取られているうちに、あたりを警戒しつつも、ヤヨイはシグレに声をかけた。
暗い場所でも全然怖がる様子がない彼女は、首を傾げて質問を促してくる。
「お前とゼノってさ、どういう関係?」
「…………」
が、静かに隣を歩いていた彼女は、なぜかヤヨイの質問に動揺し、縮こまり、俯いた。
暗がりでその顔まではよく見えないが、なぜか前にも見たような表情をしている気がする。
そう思ったヤヨイは、なんとなく、視線を逸らして言った。
「あ、別に、変な意味じゃなくてな」
「……そう」
「あいつって、昔からあんなに従順だったのかなって」
聞きたかったことを、もう一度書き直す。
すると、彼女は少しだけ驚いたようで、
「ゼノのこと、気になるの?」
また、少し嬉しそうに、にやけたように、微笑んでくる。
「だってさ——」
言うのが恥ずかしかったが、ヤヨイはそれでも、今が言うべき時だと思った。
「仲間だろ?」
沈黙が始まった。
その言葉には、否定も肯定もなく、むしろ返事すらないままだったが、その無言こそ答えなのだとヤヨイは勝手に感じ取った。
「あれは、まだ、ゼノが私の騎士になって、1ヶ月の頃かな」
シグレは、ゼノを見やりながら、どこか遠くを見るように目を細めた。
次回は日曜の午前中に投稿します。




