薬師
踏み固められた一本道の先に、とうとう町の姿が現れた。
アイレーン法国内の貿易に多く利用されている町——ラークル。
人口が千人に満たないのは、山のふもとに位置していることが大きいだろう。宿や酒場、そして市場など、旅をする上で欠かせないものが、この街の住人たちの主な仕事だ。
そんな町で薬局をやっているという女性の後ろ姿にヤヨイ達はついてきたのだ。
「申し遅れましたが、私はエイアと言います」
「俺はヤヨイ」
「私はシグレです」
「ゼノという」
丁寧に自己紹介をしてくるエイアに3人も名乗れば、ふと彼女はどこか含みのある笑みを浮かべ、元気よく話し始めた。
彼女の家は山側にあるそうで、衛兵達の検問を受けてからもしばらく歩くらしい。
「何でも、人を探しているとか」
「へえ」
世間話を続けているうちに、ヤヨイ達はその検問の場に辿り着いた。
少しだが行列ができていて、それに並んで順番が回ってくるのを待つ。
「おお、エイアじゃないか。薬草は見つかったのか?」
おそらくよく知る仲なのだろう。エイアを見つけた衛士が、彼女に声をかけた。笑って尋ねてくる彼に対して、彼女はどこか寂しそうに答える。
「いいえ、残念ながら」
「そうか。今頼れるのはお前だけなのは変わらんが、そう気を落とさな。ん?そこの奴らは?」
「実は、困っていたところを彼らに助けてもらったんです」
顔見知りであるエイアを助けた。
だが、さすがにその事実だけでは、そう簡単に通すわけにもいかないらしく、彼はヤヨイ達を順にじっくり観察していた。
しかし、再びかかった声に、その厳しい視線は掻き消える。
「彼らは私のお客さんです。大丈夫ですよ」
そう微笑むエイアは、どこか呆れているようにも見える。そんな彼女を、ヤヨイはただ見つめていた。
エイアのその言葉に警戒を解いたのか、睨みつけていた衛士は、すまなかったと謝罪をしてくる。やはり、教会から頼まれた依頼によって、この検問は成り立っているらしい。
事故に巻き込まれ行方不明になった教会の人間とその護衛騎士を、彼らは探していた。
(幸か、不幸か)
ますます、ヤヨイの疑念は深まっていくばかりである。
「ここが、私のお店兼自宅です!」
検問を抜けて、十分ほど歩き続けで辿り着いた場所は、表面の模様にも手を加えられた、木造のお洒落な建物の前だった。
ハイテンションでそう言ったエイアは、ヤヨイたちをその中へと促した。
戸を開ければ来客を知らせるベルが鳴り、聞いたものをどこかワクワクさせる。最も、ここが薬局である以上、ほとんどの場合そう思うことはないのかもしれないが。
店内は木造で、ヤヨイが思ったよりも片付いていた。近くに大きな山はなかったが、彼が住んでいたのは明らかに田舎で、こういった店に入ったことなどもちろんない。
効能に応じて配置しているのか、それとも、単なる気まぐれなのかはわからない。しかし、ヤヨイの前世の知識にあった、大量の薬の山とは全く違っていた。様々な色の瓶が綺麗に並べられている。中に入っているのが、薬草などでなく小物だったとしても、何の違和感もないだろう。
「あ、今日はぜひうちに泊まっていってくださいね。二階にいくつか空き部屋がありますから」
「良いんですか?」
「もちろんですよ!」
戸惑うシグレに、しかしエイアは心の底から笑みを浮かべるように言う。出会ったばかりではあるが、状況も状況であんなに断ることもできない。
「それで」
それぞれの泊まる部屋の準備や風呂場などの位置を教えてもらって、シグレが手伝う中彼女が作った夕食を口に運んだ直後。
ヤヨイは、ずっと疑問に思っていたことを、問い詰めることにした。
「俺たちをここに足止めした理由、教えてもらえるか?」
「……」
「あの場所で偶然にも倒れていたのは本当だとしても、だからと言って、初対面の俺たちをこうもあっさり泊めるのは、いくら何でもおかしすぎる。検問の理由もわかっている口ぶりだったし、俺たちの正体も知ってるんだろう?」
それが、ヤヨイ達がここに留まることを余儀なくされた理由でもあった。教会がこうも堂々と仕掛けてくるとは思えないが、それでも、言う通りにしなければどうなるか予測がつかない。
シグレ達の視線を開けてもなお口を噤んでいたエイアだったが、ふと語り出した。
「……あなた達を匿ったのは、あなた達にしか頼めないお願いがあるからです」
「お願い?」
「あなた達は、冒険者として旅をしているのですよね?」
その通りだと、ヤヨイは素直に答える。
別に、どんな方法を使ったかを話すわけではないのだから、気兼ねする必要はない。
「クエストを、受けていただけませんか?」
「…………」
無言で続きを促され、エイアは説明する。
「内容は、ここラークルの近くにある山、その頂上付近にのみ発生する、特定の薬草——その回収です」
「わざわざ俺たちに頼む理由は?」
「色々と事情があって、今の私は、教会を——法皇を頼れない。あなた達しかいないんです」
「悪いが、受けるわけには行かない」
「ヤヨイ」
「シグレ、これが罠じゃないと言い切れるのか?それに、俺達が仕事を受けるメリットは、いや、利点はあるか?」
もしかすると、時間を稼いでいる間に、教会から派遣された部隊がやってくるかもしれない。なぜか教会と繋がっているこの薬剤師は、敵である可能性が高いのだ。
しかし、どうやらシグレも、それは理解しているらしかった。
「話を、聞いてからにしたい」
「……分かった」
「理由を、教えてもらえますか?」
真剣な表情で、エイアに問う。すると、彼女は少し悲しそうに、告白した。
「この町の住人達は今、謎の病に侵されています」
「?」
「具体的な症状も、原因も、何1つわかりません。もう、その薬草に頼るしかないんです」
深刻にそう話すエイアの表情に、嘘は見られない。
だが、それが余計にヤヨイを困惑させた。
「ちょっと待て、対処法も分からないのにか?そんな万能薬があるはずが……」
「それは、私の正体にも、そして、あなた達が仕事を引き受ける理由にも直結します」
しかし、そんな彼とは反対に、エイアは真剣な表情を崩さないまま、衝撃の事実を告げた。
「私の本名は——神名は、ヒュギエイア。私が創ることのできる神薬だけが、彼らの命を救う唯一の方法なのです」
この国を数百年間の間統治し続けている法皇や、おそらく3人の中でヤヨイだけが知っている黒と白の髪色の少女。彼女たちと同じ、遥か昔にこの地に降りてきたとされ、今も世界中に住み着いていると言われる神。
自分もその一人であると、この町の住人たちと何ら変わらない目の前の女性が、打ち明けたのだ。
「……あなたが、神?」
「…………」
「法皇から聞いています。あなた方は、いえ、少なくともヤヨイさんは、神について少なからず知りたいことがあるはずです」
長年法皇に仕えてきた2人が、それぞれ驚くのをヤヨイは感じた。
そして彼自身もまた、その急激な展開に動揺を隠せない。つい先日再会した——いや、ヤヨイ自身が初めて出会った少女の口調や仕草が脳裏に浮かぶ。
「サリア」
「私はあくまで、釘を刺されただけです。あなた達がここに来たことに、法皇は気づいていません」
エイアの教会との繋がりに、予想していたはずの事実に、ますます疑問が湧いてきた。
この国に神は味方しているというのか。
あと何人神がいるというのか。
自分たちは、神を相手にこの先生き残ることができるのか。
「お断りされても、あなた達のことを話すつもりはありません。ですが、もう他に頼れるものもいないのです。多くの人々の命が、かかっています」
しばし、沈黙が流れる。
誰も言葉を発さないまま、そしてヤヨイがその状況に苛立ち、少し席を外そうとした時だった。
「受けよう」
強い決意が込められた一言と共に、少女の鋭い瞳がエイアに向けられた。
「シグレ」
「お人好しでも何でも、私一人でも、行くから」
形振り構わず、子供が駄々をこねるようにも、一度決めた道を突き進む勇気を持っているようにも見える。
「……俺がお前を置いていくとでも?」
ずっと無言を貫いていたゼノが口を開けば、シグレはいたずらに成功したかのように微笑む。
残された一人は、この状況で反対するわけにもいかない。
「分かったよ」
呆れ半分、清々しさ半分。
複雑な気持ちのまま、やっぱり思った通りになったと心の中で愚痴をこぼしつつ、ヤヨイは高らかに、投げやりに宣言した。
「ヒュギエイア。お前の依頼、俺たちが引き受けた」
大変お待たせしました。
朝からいろいろあって、こんな時間になってしまいました。ごめんなさい。
次回は6月9日に投稿します。
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