偶然
少し遅くなりました。
日も暮れて野宿の準備が整う頃。
ヤヨイ達は焚き火を囲んで、今後の予定について話し合っていた。
「父親、か」
何か思うところがあるのか、ゼノはそう呟いて沈黙した。
対して、シグレはヤヨイに話の続きを聞く。
「本当に、まだ捕縛されているの?」
「ああ」
まっすぐシグレを見て、断言する。その様子に、彼女は感心した。
彼はまだ諦めていない、それが伝わったからだ。
「ごめんなさい。でも、私が覚えている限り、刑務所のようなところは存在しないの。この国には、そもそも罪人なんて現れないから」
「なら、お前達は何と戦っていたんだ?」
「革命軍」
その単語を聞いて、ヤヨイは思い出した。
先日、宮廷魔導師が戦っていた集団を。
あの時、影を名乗る上官の力により劣勢を強いられていた彼らが、恐らくそうなのだろう。
「彼らは、まあ、何というか。自分達を、国外からやってきた救世主だと考えているの。この国では、国民の自由はほとんど無い。だから、自分達が彼らに自由を与えようって」
「……それはまた」
何ともお節介な話である。
確かにヤヨイも、この国を嫌っている。
人から自由を奪い、人生という名のレールを進むだけの存在にしているこの国を、それを強要している法皇を許せない。
しかし、それでも一概に彼らが悪いとは言えないのだ。
「法皇様は、私たち国民の暮らしを豊かにしてくれている。例え裏でどんなに非道なことをしていようと、その事実は変わらない。だから、これが私たちの生き方なんだって思っている人も、大勢いる。間違ってはいないの」
「例えそれすらも誘導されているのだとしても、か?」
悲しげな声で尋ねるヤヨイに、半ば諦めた表情でシグレは頷き返した。
争いを生まないため。
人と人とが協力するため。
そのために、教会は人の心すらも操った。ヤヨイの前世の世界では決して為し得ることのできなかった、理想郷を作るために。
しかし、それでも。
「それでも、それを強要したら、何の意味もない」
「…………」
自分達の意志で、自分達の力で、それを為し得る。
それこそ、最も大切なことだとヤヨイは思った。沈黙でもって肯定した、彼女も。
「話を戻そう」
どうやら黄昏ていたわけではないらしいゼノが、口を開く。
「とりあえず、目的地を決める必要があるだろう。俺はまず、王都へと向かうべきだと思うが」
「私も。情報収集ならあそこが適任だし」
「本当に良いのか?」
やや不安そうに、ヤヨイは尋ねた。
今自分達が教会にどう捉えられているかはわからないが、少なくとも無罪放免とはいかないだろう。敵地へと潜り込むのはいささか危険だと考えた。
「別に、教会を襲撃するわけでもない。情報収集程度なら問題はないと思うが」
「お前達、顔割れてるだろう。検問か何かがあれば終わりだぞ」
先程よりも心配そうにそうこぼす。
だが、ゼノ達は驚愕の新事実を提示した。
「それなんだけど」
シグレは首にかけられたペンダントを外して、ヤヨイに手渡す。
「これは?」
「認識阻害の魔道具」
「……は?」
ヤヨイはあっけに取られた。
そんな物があれば、潜入捜査がし放題になるからだ。
「最も、誰にでも通用するわけではない。一定以上の交友関係を持つものには効果がないからな」
「ちなみにどの程度なんだ?」
「そうだな。毎日顔を合わせる程度なら問題ない」
「…………」
それでも十分な効力と言えるだろう。
王都に行くとはいえ、そう簡単に知り合いに会うというわけでもない。宮廷魔導師団は、存在こそ知られているものの、それほど有名なわけではないのだから。
「まあ、それがどこまで通用するかはわからないから、できる限り慎重に行こう。何だったら、支配魔法でスパイみたいなこともできるしな」
「スパイ?」
「……諜報員みたいなものだ」
へえ、とシグレは感心した様にヤヨイを見た。
その様子に、やはり自分と同じ状況には無いのだと分かり、残念と思う一方、安堵を覚えていた。
転生者。
自分と同じ故郷を持つシグレもそうなのではないかと、少しだけ期待していた部分があったのだ。
この閉ざされた国では、自分と同じ境遇にある存在を探すことなどできない。できることといえば、あの白髪混じりの黒髪が特徴的な、人智を超えた存在——女神であるサリアから聞くくらいだろう。
あの事件の後、バルトレアにて彼女の姿を探してみたのだが、どこにも見当たらなかった。神である以上、姿を隠すなど造作もないのかもしれないし、空間転移などお手の物なのかもしれない。彼女に関する情報を、自分は何一つ知らないのだ。
そんなことを考えていたヤヨイは、ふと視線を感じた。
俯いていた顔を上げてみれば、ゼノがこちらを凝視している。どうしたのかと眉根を寄せていると、何でもない、と誤魔化された。
何かあるとしか思えないのでジト目を向けていると、
「いや、お前は難しい言葉を知っているのだなと、そう思っただけだ」
どうやらシグレと同じく感心しただけらしい。
「もしかして、故郷の言葉だったりする?」
「いや、本で覚えた知識だよ」
適当にはぐらかして、食事の準備を始めるヤヨイであった。
❄︎
森の中、灯も消えて月光だけが辺りを照らす中、ゼノはヤヨイ達から離れて満月を眺めていた。
「……スパイ」
どこかで、その言葉を聞いた気がした。
最も、それほど重要なことではないと感じている。こんな時間に目を覚ましたのが、もっと別の理由によるものであることは理解していた。
ヤヨイとシグレ。
魔法に対する適正が高いのは分かっているが、彼らの実力はそれだけに限るものではない。
幼い時から努力を重ね身につけた武器、それが魔法だ。
(それに対し、俺は……)
宮廷魔導師の中でもトップクラスの実力を持つシグレに対し、ゼノはただの護衛だった。
幼い頃から剣を学んでいたものの、その実力は騎士団の中でも中の上といったところだろう。任務で離れることが多かったため、騎士団の序列戦に参加したことはあまりなかったが、稽古をつけてもらった師匠と呼べる者達に比べればまだまだ未熟だ。
これから先、教会に刃向かった大罪人として、かつての仲間と戦うことになるのだろう。そんな中、自身の実力がどこまで通用するかと思うと、気が気でない。
そう思う原因は、彼らを救ったヤヨイという少年だ。
紋章の影響を受けていたとはいえ、あの時ゼノは、ただ地に這い蹲ることしかできなかった。
適材適所と言われればそうなのだが、だからと言って目を逸らすべきではない。
もっと、強くならなければ。
覚悟を決めた騎士は、愛剣を手に素振りを始めた。
——翌朝、シグレに怒られることに、薄々感づいていながら。
❄︎
「全く、夜更かしして」
少し前を歩くシグレは、苛立ちを消化するためか、何事かぶつぶつと呟いている。
そんな彼女を、ヤヨイはあくびをしながらチラと見ていた。起きるのが少し遅かった彼は彼女の声で目を覚ましたのだが、それはどこからか戻ってきた彼女とゼノのものだった。
朝から2人で何をしていたのだろうか。
気にならないわけではないが、余計な詮索をするつもりもない。
あの様子から見るに、あの騎士がまた心配をかけるようなことをしたのだろう。
だが、ヤヨイにとっての心配の種はどう考えてもシグレだった。
おそらく、そろそろ何かしら起こる。そして、またもシグレは人助けをするのだ。悪いことではないが、先日から来る人拒まずといった様に、他人と関わりを持ちすぎていた。この国の数少ない敵対勢力の1つとなったのだから、下手をすれば見つかりかねない。
(こいつも、分かってるのか?)
隣を歩くゼノを横目で見て思う。彼は一度も、シグレの行動を止めようとしたことはないのだ。
この国の騎士団が纏っている衣装を未だ着ている彼は、シグレを凝視したまま歩いている。
まだ2日しか行動を共にしていないが、ヤヨイには一つ分かったことがあった。ゼノは基本的に、人と関わろうとしない。事務的な会話以外では無口を貫く。シグレの声にはいち早く反応するが、ヤヨイには何も答えない場合が少なからずある。
(確かに、まだ、信用できる仲間というわけじゃないだろうが)
それでも、もう少し知り合う機会はないだろうか。
ヤヨイは自身がそんなことを考えているのに気がついて、別のことを考えようとする。
そういえば、なぜ彼はそのシグレに対しても一定の距離を置いているのだろうか。前々から敬語を使ってはいた様だが、それは言葉使いという意味での距離であり、心の距離ではない。ヤヨイと違って正真正銘の幼馴染であるにも関わらず、だ。
まるで、自分のことを、ただの護衛としか捉えていないようにも見え——
「!」
そこまで考えた時、ふとゼノが立ち止まった。気配を伺うように、視線をあちらこちらに彷徨わせる。
「敵か?」
「いや、妙な気配がしているだけだ。まだ敵かどうかは」
しかし、今この場で誰かと遭遇するのは、明らかにおかしい。
付近には村など一切なく、元から魔物もいないのだ。見上げるほどの大きな山が左に見えるが、あの場所が法皇の結界から外れているのだとしても、ここまで魔物の気配が届くはずはない。
「……」
離れていたシグレも、こちらに歩いてきた。ゼノの様子に気がついたのだろう。一方彼は、目を閉じたまま懐に手を伸ばし、
「——そこか」
短刀を、離れた茂み目掛けて投げた。
サクッと地面に突き刺さる音がして、3人とも警戒したが、
「ひゃっ!?」
返ってきたのは、攻撃でもなんでもなく、か細い悲鳴であった。
「「「?」」」
恐る恐る近づいて、覗いてみれば。
そこにいたのは、水色の髪をした女性だった。自分たちとはそれほど年が離れていないように見える。
うつ伏せに倒れている彼女の目と鼻の先には、先ほどゼノが投げたナイフが突き刺さっていた。
「ご、ごめんなさい!怪しいものじゃないですから!だから殺さないで!」
突っ伏したまま、彼女は力なくそう叫ぶ。その様子に何かに気づいたようで、シグレはそっと声をかける。
「……大丈夫ですか?」
「え、ええ、まあ。ちょっと間違えて痺れ薬を飲んでしまって、動けないだけです」
「…………」
じっとヤヨイとゼノを見てくるシグレ。
はあとため息をついてヤヨイはどうぞと手を出して、ゼノは頷いた。
「ありがとうございます!あのままではどうなっていたことか」
シグレの回復魔法で起き上がれるようになった女性は、ヤヨイ達に目をキラキラさせながらお礼を言う。
「ご無事で良かったです。あなたは、なぜこんなところに?」
「薬草を探していたら、森で迷ってしまって。やっと道に戻ってこれたと安心して水を飲んだら……」
「痺れ薬を間違えたのか。ていうかなんでそんなものを?」
そう、先ほどから気になっていたのだ。痺れ薬など、普通の人は持ち歩いていない。
「実は私、この先の町で薬剤師をしているんです」
そう言われて気がついた。彼女は、ヤヨイ達が向かっていた町、ラークルの住民なのだろう。
王都へ向かうためには重要な中継地点で、そこで食料などを調達する予定だったのだ。
「あ、そうだ。良かったらいらしてください。お礼もしたいですし」
手を合わせて笑顔を見せる彼女に、三人は顔を見合わせた。
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