旅路
少し短いです。
アイレーン法国の、とある森にて。
「剥奪!」
何もない空中へ向けて、ヤヨイは魔法を放っていた。
一見、何をカッコつけているのかと笑われても文句を言えない光景だが、自分の命が危険に晒されていながら何もしない方がおかしいだろう。
支配魔法における、初級魔法。
その効果は、対象の魔法の主導権を奪う、というものだ。具体的にどう変化させるかによって重ね掛けが必要な場合もあるが、今ヤヨイに必要な改変はただ1つ。
(止まれっ!)
別に、頭の中で強く念じる必要はない。
だが、それほど強い覚悟を持たなければ、今頃ヤヨイの身体は引き裂かれていた。
かもしれない。
「お、お前っ!」
怒りを帯びているようにも、単に怯えているようにも聞こえるその声は、10メートルほど離れた場所からこちらに掌を向ける、一人の少女に向けられていた。
「使える魔法、回復魔法だけじゃなかったのか!?」
実際は、ただ単に焦りを感じていたのだ。
目の前の少女が、自分よりも遥かに強い魔導師であるかもしれないということに。
訴えられた少女、シグレは軽く呆れたように言葉を返す。
「……バカなの?」
「は?」
「逆転されていたとはいえ、あの魔法は生命力を根こそぎ奪う禁術だ。乱用でもしようものなら、命がいくつあっても足りん。……主に、俺たち護衛騎士の命が」
一定の距離を置いて傍観を決め込んでいたゼノが、哀愁を感じさせる声で代わりに答えた。
彼の様子を見るに、今までいくつもの死地をくぐり抜けてきたのだろう。他ならない仲間である、シグレが作り出した死地を。
そんな危険な手段を取らずに済むためには、彼女も他の魔法を覚える必要があったということだ。しかし、それでも、世にも珍しい回復魔法をシグレは習得しているのだ。他の魔法にも気を配る余裕があったという事実に、ヤヨイは驚きを禁じ得ない。
「あー」
と、そこで、最初にシグレの魔法を見た時の光景が浮かんだ。
慌てていたからと思っていたが、花瓶の花すら朽ち果てていたのは、どうやらそういうことらしい。
まさか、味方すら巻き込む殺戮魔法とは、ヤヨイも思っていなかった。影に操られた時も、無理矢理やらされていたのだと錯覚していたのである。
が、それと同時に、ヤヨイの脳裏には、あの時のシグレの姿が鮮明に——
「ッ!?剥奪!」
いつに無い殺気を感じて、慌てて魔法を発動させる。
対象は周囲一帯の魔力。
空気中に存在する魔力を全て支配することは不可能なので、彼女が魔法を放ってくる度にこちらも発動する必要があった。
しかし、どうやらわずかに遅れたらしく。
ヤヨイから五メートルほど離れた場所にある大木——そこに、大きな切れ込みが入った。ギシと耳障りな音を立てて、ドンと倒れる。
「いきなり攻撃するなよ!?」
「——でしょ」
咄嗟に非難するも、シグレはブツブツと何事か呟いていた。
ヤヨイは耳を澄まして、その声を聞き取ろうとする。
「今、考えたでしょ」
同時に、シグレが自分を睨みつけていることにも気がついた。よく見れば、耳元もほんのり赤い。
どうやら同じことを思い出していたらしい。
そう、ヤヨイは思った。思ってしまったのだ。
だから、図星を突かれて、動揺してしまった。
「え、い、いや、そんなこと——は!?」
再び攻撃を受け、ヤヨイは既の所で相殺する。
「忘れて」
「い、いやだから」
「いいから忘れなさいっ!」
誤魔化そうとするヤヨイを差し置き、稀にない怒声をあげながら、シグレは再び斬撃を放った。
目に見えない、魔力そのもので作られた斬撃が飛翔する。
今度は、全方位から、先ほどの数倍の量を同時に。
「ちょ!?」
慌てて相殺を試みるが、集中が足りなかったらしく、その内の一つが頰をわずかに切った。
以外にも深かったようで、血が伝って地面へと零れ落ちる。
「わ、わかった!?分かったから!ちょい待て死ぬ!死ぬからああああぁぁ!?」
さらにその数は上がっていく。
もはやお互いの実力を測るという目的も忘れ、ただ一方的に痛めつけるだけになってしまう。
木々が粉々に吹き飛ぶのを眺めて、お悔やみをと心中で思いながら、ゼノは呟いた。
「やれやれ」
「付加?」
あてもない三人の旅路。
先ほどの修行、もとい断罪による怪我を機嫌を直したシグレに治療された後、ヤヨイは尋ねた。
彼女はコクリと頷いて、いつものように静かな声で解説を始める。
「私たちの魔法は、魔力を動力源に、魔法陣に刻まれた事象を引き起こす、というものでしょう?」
「ああ」
「それに対して付加。まあ、私がそう呼んでるだけなんだけど。それは魔力そのものに性質を持たせているの。……分かる?」
「まあ、何と無くは」
ヤヨイは前世の知識で理解を試みる。
魔法は謂わば機械で、電気の代わりに魔力を動力源としている。魔法陣に描かれた魔法文字、つまり回路に魔力を流しこむことで、その事象を体現することができるのだ。
それに対し、付加は言ってしまえば異能力なのだ。
機械を用いることなく、電気そのものを武器として扱う。魔力そのものに一定の性質を持たせることによって、魔法陣によるある程度決められた事象ではなく、ナイフや剣などといった武器にしているのだ。
シグレの場合は、魔力そのものに斬撃の概念を与えて、見えない刃を無尽蔵に発生させるというものらしい。
(ああ、なんだこのチート)
自らが扱う、魔力そのものを支配下に置いて操る支配魔法。ヤヨイはそれですら、前世の知識上はチートの部類に入るものだと思っていた。
が、最早勝ち目などないと言える。
先程の状況での対処法といえば、魔力感知で全ての斬撃を見切り、それら全てに支配魔法をかけるというものだ。
しかし、現実はそう甘くない。
同属性で、しかも複雑な現象ではないため複数でも対処できるものの、少しでも集中を怠れば蜂の巣になるだろう。
そう考えてヤヨイが意気消沈していると、肩にポンと手を置かれた。
「みk……シグレに勝てるとでも思ったのか?だが、お前は俺たちとは違って、戦場以外でも有用な魔法が使えるだろう。そう落ち込むな」
「お前今、巫女様って言いかけただろう?」
「断じて言ってない!笑うな!」
ヤヨイは励まされているのがなんだか癪に触ったので、ゼノをからかってみた。すると、こちらを見ていたシグレがクスリと笑みをこぼす。
「本当に、仲良くなったみたいで良かった」
その言葉に、二人揃って口を噤み、揃ってそっぽを向いた。
だが、ふと話題を逸らそうとして、話したいことを思い出す。
「そういえばシグレ。俺にもその付加ってやつ教えてくれよ」
「……無理」
「へ?」
気軽に言ったつもりが、今度は逆にシグレが微妙な顔で答える。あまりに露骨なので、ヤヨイは素頓狂な声を上げてしまった。
少しして、おずおずと彼女は話し出す。
「この技は、もともとなんとなく出来たもので、今まで何度も宮廷魔導師のみんなに教えたんだけど、誰も出来なかったの」
「そういえば、テイラ辺りがぼやいていたな。あの才能の塊めなどと」
「いやそれ恨み言だから。……あれ」
と、ヤヨイはそこで気がついた。
物心つく前から親元を離れて暮らして来たのは、自分もシグレも変わらない。同郷出身であるのに、なぜ自分には出来ないのだろうか。
そういえばと、昔、父が魔法を使うヤヨイを見て言った言葉を思い出す。彼は、なぜこれができないんだ、と首を傾げていたが。
「俺ってまさか、魔法の才能、ないのか?」
確かに支配魔法に比べれば、回復魔法の方が認知度は高く、そして高評価を得るだろう。傷を癒すなどそう簡単にできることではない。
だが、彼自身は知らないが、ヤヨイの支配魔法は、認知度も全くない、忘れ去られた魔法である。古代魔法といっても良いその魔法の難易度は、他の魔法のそれをはるかに上回るのだ。
「…………」
悲嘆に暮れるヤヨイの姿を、シグレは気づかれないようにじっと見ていた。
次回は土曜日に投稿します。
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