番外編 支配魔法と緊急クエスト 後編
大変お待たせしました
薄暗い森の中を、ガレアは歩いていた。
その背に身の丈を越える大剣を背負うその姿を見れば、明らかに人並外れた強さを持つ者だと気づくだろう。
バルトレアから徒歩で半日ほどすれば着く小さな町、ラークル。
人口は千人に満たない、山奥に位置するその場所は、アイレーン法国の山々を越えていくのに便利な中継地点として有名だ。といっても、せいぜい一休みというくらいで、警備自体も大それたものではなく、一番近いバルトレアの冒険者ギルドの管轄になっている。
「さて、あいつらは……」
そんなラークルから少しばかり離れた森の中。
そこはまさに、ガレアのギルドが生態調査を依頼されていた場所であった。
(それにしても、本当に何もいねぇ)
既に到着してから1時間以上経過しているが、茂みの裏にも、木々の上にも、草食獣どころか鳥一匹見当たらない。目視できないだけでなく、鳴き声も、強いては風もあまり吹かないので葉が掠る音すら聞こえない。
だが。
(何かいるな)
視覚も聴覚もほとんど意味をなさない中、それでもガレアの第六感は、得体の知れない何かを感知していた。
ガレアはその強さ故に、冒険者として隣国に派遣されることもあった。
アイレーン法国の隣にはフラキオ共和国があり、地図で見て両国の下に帝国が存在する。これらの国が三大勢力と呼ばれているのがこの大陸の特徴なのだが、もちろん小国も存在するのだ。そしてそれらの国では、強力な魔物が発生した時に対抗する術がない。そのため、彼らは大国にその対処を、多額の費用を投資して頼み込むのだ。
当時から見たら、足の傷もあり半分の実力も発揮できはしないだろう。しかし、それでも、この程度の相手ならばどうにかなるとガレアは思ったが、
(どうだろうな……相手が普通の肉食獣ならば、体格差が2、3倍程度ならやれるが)
魔物が相手となれば、話は別だ。
ガレアは確かに強いが、魔法に対処する術はほとんど持っていない。せいぜい防御魔法が込められた魔石を使うくらいで、そらも相性によっては効果がないのだ。
「ふむ」
一向に、謎のそれは襲ってこない。
先に来た5人とは違った気配から、警戒されているのか。
既に位置を特定されているのは困るが、それでも、先に彼らを探し出すことができるのは良いことだろう。
ガレアは、さらにしばらく歩き続ける。
すると、目の前に大きな壁が現れた。
(崖、か。ん?)
岩肌には、なぜか所々傷があった。
まるで八つ当たり気味に何かが突進したり、爪か何かで引っ掻いたようなそれは、ある一点に集中していた。
2、3メートル程の穴だ。しかし、元々は小さな穴だったのか、その縁はここ最近砕かれたようになっている。まるで、何か大きな物が無理矢理ここを通ろうとしたような。
そして、その側には僅かだが、血が固まっているのに気がつく。
これを見たガレアは、瞬時に得物に手をかざす。
すると。
「グラゥァッ」
想定通り、それは現れた。
崖の上に見えたのは、大きな翼と、長い尻尾。
今までの戦いでも一度くらいしか見たことのない、龍が、そこにいた。
(ヤベェ)
目を血走らせ、明らかに怒っている。
果たしていつからここにいたのか。そして、恐らく龍はとても飢えていた。
目の前にのこのこと出て来た餌に、翼を広げて飛びかかってくる。
その凶悪な爪は容赦無く首を撥ねようとするが、しかし空からの攻撃にもガレアは難なく対処する。
引き抜いた剣を盾のように構えながら、前転。
躱そうとする獲物を追いかけようと無理やり腕を伸ばしてくるが、それは頑丈な武器によって防いだ。
だが、避けるだけでは終わらない。
地に足が着いたその瞬間、力を込め、急降下した龍の上へと飛び上がる。
「オラァッ!」
先ほどとは逆に、ガレアの大剣が龍の首めがけて振り下ろされた。
が、龍は突然自身の足元に、体を覆うほどの魔法陣を創り出す。
甲高い金属音と、凄まじい衝撃波が、一帯を震わせた。
折れたのだ。
魔法を弾く性質を持つこの大剣は、今まで幾度となく主人の命を救って来た。だが、ここ数年使ってこなかった上、相手の強力な魔力に、その刀身が砕け散る。
(何がっ!?)
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
しかし、龍の肌を見てすぐに気づく。
硬質化。
龍はその魔法を使って、魔力を切ることのできるこの大剣を上回るほどに、その身を硬くしたのだ。
嘲笑うかのように鳴く龍は、そのまま翼を大きく振って、回転し、ガレアの体を尻尾で薙ぎ飛ばす。
「っ!?」
空中では避けることすら出来ないまま、その体は岩壁へとぶつかって、落下した。
「ぐあっ!」
衝撃で、肋骨が数本折れたようで、体が痛む。
(失敗ったな——)
「ガレアさん!」
こんな状況でありながら自嘲の笑みを浮かべていると、突然横から声がかかる。
視線だけ向けてみれば、行方不明だった冒険者の姿があった。
彼らは、辛うじて先ほどの洞穴まで逃げ延びていたのだ。龍の様子を見るに、ここ最近は何も食べていないと見える。怪我は負っているようだが、彼らも無事らしい。
(バカ、出てくるなよ)
やられるだろう。
そう思うのと、龍が再び襲ってくるのは同時だった。
魔法を発動させ、自身の身体を、爪を硬質化させながらの突進。その威力ならおそらく洞窟ごと破壊することもできるが、彼らが崩落に巻き込まれるためやらなかったのだろう。
避けようと、立ち上がろうとするが、しかしなかなか上手くいかない。
(大分、鈍ったな)
その一撃は、ガレアの体を貫いた。
かに見えたが。
「!?」
空気が僅かに震え、目の前を大きな影が通り過ぎていく。
そして、何かが落下するような音が響いた。
「なっ!?」
何が起こったのか。
右手の方を見れば、龍が地に足をついている。それほどダメージは受けていないようだが、なぜ、そこにいるのだろう。
ガレアそう思うのと、誰かが側に着地するのは同時だった。
「お前!?」
そこにいたのは、隣国フラキオから先日やって来たとされる、冒険者。確かヤヨイという名前の少年だ。
「なぜ、ここにいる!?」
「ちょっとクエストで」
クエストという聞いたことのない単語に一瞬疑問符が浮かぶが、ヤヨイはすぐに依頼と訂正してくる。
「クエストって」
「レイナさんが丁度紙を書いていたので、それを取って来ました」
「それは多分教会への手紙だなっ!」
受付嬢のレイナに頼んでおいた報告書だろう。
そして、絶対に、わざと間違えたわけではない。
「だが、何故こんなところに来た」
「決まってるでしょう、助けに」
当然のように言うヤヨイに、ガレアは怒鳴る。
「お前みたいなガキに、できるわけが——ッ!?」
そして、気がついた。
ヤヨイの右足が、先ほどの龍の鱗のように、その色を変えている。
「魔法を使えるのは、魔物だけじゃないでしょう?」
そう言って、少年は駆け出した。
起き上がった龍は、ヤヨイに向けてその足で駆け出し、爪を振り牙を剥く。
「強化」
直後、たった一度の激突で、その勝敗は決した。
❄︎
「ヤヨイさん、道理でいつも仕事が早いと思ったら、そんなにすごい魔法を使っていたんですね」
「ええ、まあ」
レイナとヤヨイの会話を近くのテーブルに腰掛けながら、ガレアは居心地悪そうにしていた。
先に救出に向かった自分が何も出来ず、武器を壊し、そしてさらには少年に助けられたのだ。
身体能力ではガレアの方が上だろうが、魔法を加えればヤヨイの方が強いだろう。
「……」
だが、それはそれでいい。
ギルドの戦力が上がったのだから、問題はない。
問題はないのだが、ギルドマスターの面目というものが、あるのだ。
「もう、マスター?いつまでそんなに臍を曲げているんですか?」
「なんか、すみません」
「謝るな、ヤヨイ。お、お前はやれることをやっただけだろ。……俺は何も出来なかったが」
「そんな事ないですよ。それに、マスターが時間稼いでくれなかったら、間に合いませんでしたし」
おかげで、あの人たちも助かったでしょう。
そう言うヤヨイは、ほらと遠くの席を指差した。
怪我を負って包帯で腕を固定している冒険者と、その仲間たちの姿。
「そうですよ!マスターの仕事は、見守る事でしょう。もう引退してるんですから、あなたはあなたの仕事をちゃんとこなしてください!」
励ましてくれるヤヨイとレイナの姿に、ガレアは涙を流しそうになる。
ギルドマスターの執務室にて。
「と言うわけで、ここ数日分の書類、明日までに片付けてくださいね」
山積みの書類が、机に置かれた。
「……はあ」
そうしてガレアは、またため息をつくのだった。
次回から2章で、投稿は2、3日後です。
気にいりましたらブックマークや評価等、よろしくお願いします!
アドバイスや感想等あれば、ぜひ聞かせてください!




