番外編 支配魔法と緊急クエスト 前編
初めての番外編です!
「……」
掲示板の前で、そこに貼られた羊皮紙をじっと見つめている、大男がいた。畑を荒らす魔物の討伐、川の流れが弱くなったことによる調査、木こりの手伝い、子供の落し物の捜索。大きなものから、小さなものまで、全て合わせれば掲示板が埋め尽くされるくらいある。
「……」
待てども、待てども、誰1人としてこない。
1時間か、2時間か。祭り事などないというのに、お祭りのように騒いでいるこの建物内は、もはやただの飲み屋だろう。
別に、働かないから違法だとか、そういう事を言うわけではない。
これが、この国における冒険者の実態なのだ。
「……うーむ」
いわゆる何でも屋、金さえ払ってくれるなら、どんな仕事でも引き受けると言うものだ。3割くらいは、外国でも見られる魔物の討伐や、遺跡の調査などそんな仕事もあることにはある。
……誰1人として、仕事を受けようとしないだけで。
「……ああ」
いつまで、自分はこうして待たなければならないのだろうか。威圧感を出しているつもりだが、どうやら今までにも同じ事をしすぎて、皆慣れてしまったらしい。
別に、働かなければいけないわけではない。だが、こんな風に飲んだくれるなら、まともに働いて貯金なりなんなりした方がいいだろう。
「……おい、お前ら」
最初から、こうするべきだったのかもしれない。
わざわざ目の前でだらけるくらいだ。きっとそのうち仕事をするのだろう。などと、よく淡い希望を抱けたものである。
「いい加減に、仕事をしろ!!!!!!」
ギルド中に響き渡る声で、叫んだ。
一瞬で、辺りはしんと静まり返る。何人かは酔いも覚めたようで、そそくさと出ていくものもいた。
「なあ、なんで働く必要が——あるんですか?」
気軽に声をかけてきたので、殺意を込めて一睨みすると、一瞬で敬語に変わる。
「なぜ、か」
男は、握り締められた拳に力を込めていきながら、
「お前らは、何でここに仕事がやってくるのか、分かってるのか」
「へ?」
「俺たち以外に、やれる奴がいないからだよ!」
その声は、どちらかといえば泣き叫んでいる方に近い。
「だと言うのに、お前らは最低限だけ働いて、酒飲んで、酔っ払って遊んでやがる!いい加減にしろよ!せめて働けよ!魔物討伐とか特にいけよ!」
魔物に限らず、肉食動物の討伐まである。魔物は結界によって生まれにくくはなっているが、魔力など関係ない普通の動物はそんな事お構い無しに増える。
「嫌っすよー、だって、危ないじゃないですか?」
「ああ、はい、ツェルグとか特に、ちょっとでも攻撃すれば群れごと襲いかかって来やがるし」
冒険者達は、魔物の魔法に
「ならせめてもっと簡単な仕事をしろ!」
「でも、それってしばらくすると、消えてますよね。俺たち必要ないんじゃないすか?」
これが事実だと言わんばかりに尋ねてくる。
が、そんな事で怯むことはない。いや、怯むはずがない。なぜならば、
「それは、お前らがあまりにも役立たずで、なかなか自分達で処理してるからだよ」
「……!」
そう、そういった仕事は、働いている民達にはやる暇のない仕事だからこそ発生しているのだ。確かに大したものではないし、報酬だってそう多くはないが、逆に言えば、それすらできない役立たずだと冒険者達は思われる。
「このギルドが何て呼ばれてるか、お前ら知ってるか?酒場だよ!ただの酒場だよ!クズの溜まり場だよ!俺のギルドが、そんな不名誉な名前で呼ばれてるんだよ!さっさと仕事行きやがれ!」
再び、先ほどより強く殺気を出せば、冒険者達は走り去っていった。……誰1人、掲示板を見ることもなく。
「あの、これいいですか?」
「はい……でも、大丈夫ですか?魔物討伐ですけど」
その声に、ハッとして振り向いた。
どうやら、気づかないうちに更生したものもいたらしい。
そうして、受付嬢と話している人物を見て、また男はため息をついた。
「大丈夫ですよ。俺、こう見えて戦えるので」
先日入ったばかりの、隣国から出稼ぎに来た、ヤヨイとかいう金髪の少年である。雰囲気も体格も少しはあるが、まだまだ子供だ。
この国に出稼ぎというのは、そう良い話ではない。そのため、おそらく何らかの事情があるのだろう。
「では、行ってきます」
「気をつけてくださいね」
少年は、急ぎ足で駆け出した。
こんな風に働いてくれるやつが、あの中から少しでも出てきてくれればと、そんな事を思いながらまたため息をつく。
男の名は、ガレア=フェルディム。このギルドの長、すなわち、ギルドマスターである。
「何やってるんですか、ガレアさん」
受付嬢としてこのギルドで働いている女性、レイナ=ローベルは心底呆れたように零す。
「そんなに怒ったって、どうにもなりませんよ」
「だがな、前は逆に怒鳴らなかったら、相手にさらされなかっただろう」
それどころか、一緒に飲みませんかなどと彼らは誘ってきたのだ。これで叫ばずにいられるだろうか。
「あの子みたいに、ちゃんと働いてくれる人も……少しだけ、ほんの少しだけいますし」
「あいつらみたいなのがいたら、いつまで経ってもそんな努力は無意味だ。まあ、助かってる人もいるにはいるんだろうが」
せいぜい、依頼の達成率は3割か4割といったところだろう。
このままでは、そのうち目に見えて事件か何かが起こるに違いない。そう思ってしまい、ガレアはさらに脱力するのだった。
それから数日が経った、ある日のこと。
「あのー、これ、受けたいんですけど」
「!?はい!かしこまりました!」
レイナの嬉しそうな声につられて、書類仕事に追われていたガレアは、受付へと様子を見にいった。
何とそこには、以前彼に怒鳴り散らされていた冒険者——その内の5人の姿があるのだ。
「どうした?」
「あ、この間はすみません。俺たち、街歩いてたら陰でコソコソ言われてるのに気がついて、これはまずいなと思ったんです」
どうやら罪悪感に苛まれてのことらしいが、それでも働いてくれるのなら何の問題もない。
依頼内容は、森の生態調査。最近草食獣の姿が見られなくなったらしく、何やらおかしな音がするときもあるらしいので、様子を見て欲しいとのことだ。守衛もろくにいない山奥の小さい町なので、ここまで依頼が回ってきたのだろう。
「そうか、そうか。よし、頑張ってこいよ」
「はい!」
依頼を受けた彼らは、まずは準備だと言い出してギルドを出ていった。
「……先に準備しろよ」
「ええ、まあ……そうですね」
ガレアとレイナは、大丈夫だろうかと少し心配になった。
そして、その心配は、悪くも的中する。
「何だと?まだ帰ってきてないのか?」
彼らが依頼を受けてから、1週間近く経過している。
ただの調査にしてはどう考えても時間がかかり過ぎていた。
「どうしますか?と言っても、今ここにいる人は、ほとんど酔い潰れてますけど」
ギルドマスターの機嫌が良かったこともあり、一部の冒険者はまたここで騒いでいたようだ。ガレアは後で引っ叩こうと決めながら、
「いや、俺が出てくる。あの人数で誰1人戻ってこないとなれば、何かあるに違いない。念のため、教会にも連絡を取っておいてくれるか?」
「分かりました」
レイナにそう頼んで、ガレアは準備に取り掛かる。
実のところ、彼はあまり戦うことはできない。向かった冒険者が束になってかかっても勝てるかどうかという強さではあるが、数年前仕事で負傷をする前に比べれば、半分の強さもないだろう。
だが、それでもギルドの戦力としては最強と言っていい。
そんなガレアがギルドを後にして、町を大急ぎで出て行くとき。
「……」
彼は、金髪の少年が自分の姿を見ていたことに、気がつかなかった。
時間軸としては、ヤヨイが旅立つ3ヶ月前です。
どこかの金髪の少年は、どうするんでしょうね。
え、タイトルがネタバレ?気のせいではないでしょうか(苦笑)。
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