因縁
こんな時間になり、すみません。
少し長めなので、どうかお許しを!(土下座)
「随分と派手に暴れましたね」
はるか遠くに見える森から魔力の余波を感じて、少女はふと呟いた。白髪混じりの黒髪が風に揺れ、彼女の周りにだけ別世界のような雰囲気を醸し出している。
「……でも、あの子の元気な姿が見れて、よかった」
例え、あの青年の記憶が消えて、もう願いを叶えてあげることができないのだとしても、自分の手で奪い、そうして生まれた命なのだ。
自分にはまだまだやるべきことがある。彼の励ましを無下にするわけにはいかない。
「さて、そろそろ——」
そうサリアは意気込んで、その場を立ち去ろうとした。
その時、空間がわずかに揺らぐのを感じて、近くの茂みへと視線を向ける。
サリアがいるのは、バルトレアを一望できる山の上。神ですら完治することが難しい距離に自分はいるはずなので、誰かが意図的にこの場所に来ることはまずない。
偶然とは怖いものだと思っていると、姿を現したのは、フードを深く被った人物だった。
「あなただったんですね」
一目でとはいかないが、少しの時間があれば、サリアにはその正体に気づくことができた。
「ゼアラ。いえ、今は法皇というのでしょうか」
本来であればここにいるはずのない、この国のトップの名を呼ぶ。すると、目の前の人物はそっとフードに手をかけて、その夜色の髪を露わにした。
その顔は、友好的に微笑んでいるように見える。
「あら、サリアじゃない。何でこんな所に?」
知っていたのか、知らなかったのか。余裕にそう言う彼女の様子に、サリアは困惑する。
しかし、嘘を言う必要など、微塵もなかった。
「大切な人を見守りに、とでも言えば伝わりますか?」
「ふうん、そうなの」
少し含みのある返事をした法皇は、そっと振り返ってはるか遠くの森を見た。先ほどとは違う、それこそ神聖な魔力が解き放たれているのを、肌で感じたのだ。
大きなその反応は、次第に薄れていく。
その時、サリアには彼女の表情を見ることができなかったが、なぜかその背中には哀愁が漂っていた。
まるで、今まで大事に抱えていた宝物が、突然目の前から消えたような。サリアも一度味わったことがあるからこそ、その様子から気づくことができた。
(皮肉なものですね)
その原因を作ったものが、同じような状況にあるのを目にするのは、何とも釈然としない気持ちだった。
「それにしても、あなたと会うのは何年振りかしら」
誤魔化すかのように、突然そんなことを尋ねてくる。見えるようになったその表情は先ほどと全く変わらないもので、なぜだかサリアは少しだけ寂しく感じた。
「そうですね、もう何万年も昔のことなので、思い出せません」
人間ではないからこそ言える本音からのその言葉を、法皇は懐かしそうに聞いて、ふと笑った。
「そんなに前だった?私としては、それほど昔のこととも思えないのだけれど」
またも言外に何か伝えようとするような言い方をして、ゼアラはサリアを軽く睨みつける。当の本人はといえば、あははと誤魔化すように笑う他なかった。
「でもそうね。とても懐かしいわ。天界で過ごす時間も、そう悪くなかった」
そんな言葉に、サリアは絶句する。
あの法皇が——ゼアラが、そんな口にするのも恥ずかしいことを、さりげなく言ったのだ。
何も言うことができなかったサリアの様子に、彼女は今度は残念そうに笑った。
「まあ、いいわ。それよりも聞きたいことがあるのよ」
「なんでしょう?」
「あれ、何?」
急に真剣な表情をした法皇は、どれとも指さずに疑問をぶつけた。
彼女が言いたいことは分かっているのだが、サリアは伝えるべきか否か、迷ってしまう。
「あんな力を、ただの人間が持っていられるはずがない。いえ、そもそも持つ資格すらない。この場所にあなたがいたのは、そういうことでしょう?」
「私が彼に与えた力だと、そう言いたいのですか?」
「ええ」
疑ってかかってくるにもかかわらず、悪びれることもなく彼女はそう口にした。
しかし、サリアはその返事を聞いても尚、目をパチクリさせている。
思っていた反応と違ったようで、ゼアラは首を傾げるが、ふとその場に笑い声が響いた。
「ふふっ。はははっ」
「何がおかしいの?」
苛立ちを滲ませて彼女が問えば、今にも笑い転げそうだったサリアは笑みを浮かべたまま答える。
「あの子には、そんなものいりません」
「?」
「一から攻略する世界に、チートなんて、要らないでしょう?」
彼はこの世界を楽しむと言ったのだ。最初から何でも知っているのは、ゲームバランスに関わると言ったのだ。なら、自分もそれを尊重する他ない。彼をこの世界へと導いたのは、サリアなのだ。
最も、偶然手に入れてしまったものは、仕方がないとしか言えないのだが。
「自分の力で、この世界を生きていく。彼はまさにそれです」
あの青年が描いていた世界も、その主人公も、そんなものだった。簡単な道はつまらない。回り道をすることで、より楽しくなる世界だった。
すでに日付が変わっているので、昨日のことだ。当時のことを思い出しながら、今度は自然と微笑んでいると、ふと、ゼアラが笑みを消していることに気づいた。
「そう。そうなのね」
「ゼアラ?」
「つまりあの子は——そうなのね」
瞬間、ゼアラの気配が変わる。欲望を隠しすらしないほど口元を歪ませて、一人つぶやいた。
「あの子が、私の求めた——」
「そういえば、一つ聞いておきたかったことがあったんです」
彼女の言葉を遮って、サリアは静かに言い放つ。
先ほどまで和やかな空気だったはずのこの場所は、いつしか神気に満ち溢れていた。
「彼は——フェルクは、どこですか?」
その問いに、法皇は少しばかり目を見開く。
そして、口元の笑みが少しだけ弱くなりながら、こう返した。
「私がそれを、答えるとでも?」
すると、サリアは法皇を睨みつけて、再び言葉をぶつける。
「答えてください」
「答えなかったら?どうするの?」
「無理矢理にでも、吐かせます」
❄︎
「あの善神から、随分と物騒な言葉が聞こえた気がするのだけれど」
笑ったまま、法皇は心配するようにそう声をかける。
「もう、なりふり構っている暇などありません。この案件は最優先です」
返ってきたのは、そんな真剣なものだ。
だが、法皇からしてみれば、良いことを聞いた。
「今の言葉をあの男が聞いたら、どれほど歓喜することでしょうねぇ」
「旧友の心配をして、何が悪いのですか?」
当然のように言ってのけるサリアだが、法皇にはそれは、誤魔化しているようにしか見えない 。
ふと、ある情報が脳裏に浮かんだ。
「そういえば、天界の中でもあなた達は有名人だったわね。主にそういう意味で」
「彼が一方的につきまとっていただけです」
うんざりするように言っているが、やはり違和感を感じる。
「その割には、満更でもなかったようだけど?」
そうやって話題を変えるのは、話を逸らそうとしているのではない。
少しでも、彼女から冷静さを奪うことが狙いだった。
「ゼアラ、私は出来ることならば、あなたと戦いたくはありません」
「あら、そうなの。私はむしろその逆よ」
「!?」
法皇の返事に、サリアはとても驚いたらしい。
「天界でもあなたの存在は最古から続くと言われていた。けれど誰も、あなたの本気というものを見たことがない」
ずっと知りたかったのだ。
なぜサリアが、ゼウスやブラフマーと仲が良かったのか。古くからの知り合いというだけではない。彼女の力を、少なくともその一端を、彼らは知っていた。だからこそ、一部の者たちは——強大な力を持つ神々達は、彼女を認めていた。
法皇は、ずっとそれが気になっていたのだ。
(これは、彼女の力を知ることができる、絶好の機会)
だからこそ、このチャンスを不意にするわけにはいかない。
「なら、仕方ありませんね」
そう呟き、サリアはそっと手を出した。
それと同時に、離れた位置にいた法皇も、手を差し出し、互いの力をぶつけようとする。
生み出された闇は、弾丸のように小さく、そして鋭くその形状を変えて、放たれた。
だが、サリアは何一つ行動を起こそうとしない。
(どういうこと?彼女の能力は、まさか戦闘には不向きの——)
と、そんな法皇の疑念も、すぐに晴れた。
サリアが何もしなかったのは、わざわざ対処する必要がなかったからだ。
彼女の正面、いや、周りには、正方形型の障壁がいくつも、彼女を取り囲むように展開されていた。
「そう、あの男の障壁か。本当に仲がいいのね」
笑みを浮かべたまま、嘲笑うように呟き、
「もう会えないのが、残念だわ」
そんなことを、告げてみる。
「それは、どういう——」
「どちらにしろ、あなたにそんな機会はないということよ」
すると、サリアの表情から、感情と呼べるものが消えた。
「あら、怒ったの?」
それでも尚笑みを絶やさず、法皇は挑発を続ける。
「あなたは」
「そんなに、死にたいのですか」
放たれた殺気に、驚きを隠せなかった。
あの戦いを嫌う善神が、いつもそんなことを言わなかった彼女が、今、見たこともないほど激怒している。
「神々への賛歌」
彼女のその一言で、なぜか法皇には、世界から色が失われたように見えた。
(何、これ)
当然発動したサリアの能力に驚愕しながらも、法皇はその足に闇を纏った。なんとなく選択したその技は、空中を自由に移動することができるものだが、その選択が彼女の命を先延ばしにした。
サリアは静かに、詠いはじめる。
「アグニよ、邪術師の皮膚を破れ。殺傷する電撃は激烈なる力をもって彼を殺せ」
次の瞬間、ゼアラの周囲に紅く輝く落雷が生まれる。
空を翔けることができなければ、避けることすら叶わなかったその攻撃は、しかし一撃だけ法皇に命中した。
だが、なんの対策もないわけではない。
その身は、まるで鎧のように闇で覆われている。扱いにくい分、属性上絶対的優先度を誇るその闇には、光属性以外どんな攻撃も通用しないはずだった。
そんな鎧を、神鳴りは文字通り砕いたのだ。
驚くべき破壊力に目を見張りながら、ヤヨイとの戦闘では一切使わなかった能力を発動する。
闇を発生させ、あたり一面全てを破壊するものだ。時間がかかる上に簡単に防ぐことのできるものだが、サリアの視界から外れることが彼女の狙いだった。
(今はとにかく、離れないと——)
だが、そんな彼女の策略は、一つの詩に阻まれる。
「アグニよ、その眼を歌人に授けよ、それにより汝が家畜の蹄を傷つける邪術師を見破るところの。アタルヴァンのごとく、天的光明をもって、真理を歪曲し・理解なき者を焼き滅ぼせ」
突如、世界は炎に包まれた。
何の予兆もなく生まれたそれは、法皇が生み出した闇全てを焼き尽くす。
「なっ!!!」
何が起こっているのか、彼女の能力が何なのか、少しも理解できなかった。
ただ分かるのは、彼女の詩が、現象そのものを具現化しているということだけだ。
「アグニよ、今日一対の人々が詛うこと、歌人たちが発する言葉の有害なる部分」
このままではまずい。
そう考えて転移を始めた瞬間、サリアは詩を詠い終えた。
「心中の憤怒より生ずる矢の射出、それをもって邪術師どもの心臓を貫け」
無表情のまま、冷徹に言葉を紡いだサリアの願いは。
法皇が居る場所を、数えきれない火矢が襲うことで叶った。
❄︎
「私も少し、やり過ぎましたか」
綺麗な山が、炎に焼かれボロボロになっている。
人間達に気づかれていないと良いと思いながら、サリアは木々達にすまないと、心の底から思っていた。
今の戦いによるものか、先の戦いによるものか。
それともただの偶然か、いつの間にか、月が顔を出している。
「また、会えますように」
それを眺めながら、少女はそう呟いた。
月を見て思いふける詩人のその姿は、見る者がいれば、きっとその心を奪ったことだろう。
サリアはこのシリーズの裏のヒロイン?みたいなものです(自分で言っているのによく分からない)。1日1話投稿も、当初の予定通り一章とともに終わります。
すみません、記載遅くなりました。
9時過ぎに投稿予定になりますm(_ _)m
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