限界
今日は何事もなく出せた……多分
「父さん!」
荒れ果てた教会が、少年たちの住処だった。
しかし、もはやその壁は跡形もなく吹き飛ばされ、外から中の様子が丸見えになっていた。いつ倒壊するかもわからないそんな我が家に、少年は転がっていて、目を覚ましたと同時に、大切な者の名を呼んだのだった。
「下がっていなさい」
その返事は、どこか怒気を帯びていた。声のした方を見れば、見慣れた後ろ姿が目に入る。一般的なそれとは違う、色彩ある神父服。その背中からは、とてつもない緊張感が感じられた。
俺も戦うと、その時までは言うつもりでいた。
だがそのただならぬ気配に、少年は本能的に従ってしまう。
それは、正しかったのだろう。まだ未熟な少年では、勝機など微塵もない。
「さてと。訪ねてくるのなら、玄関から入ってほしかったのだがな」
「…………」
フードを深くかぶった人だった。
男か、女か、少年はしばし逡巡する。
「あれからずっと疎遠だったというのに、ずいぶんな反応だな。まあ、それもそのはずだが」
あれからというのは、いったいいつからだというのか。
詳しく聞いたことはなかったが、父親はそれほど年を取っていない。むしろ若いだろう。
「……なぜ、ここにいる」
「こちらとしても、こんなところに住んでいるのは不本意だ。見逃しては━━くれまいな」
先ほどの緊張感に、明らかな殺気が加わった。
戦いになるらしい。隙あらば、今度こそ自分も援護しようと少年は心に決めた。
「やるのか?」
「やるしかなかろう」
けれども、その瞬間始まったものは、想定していた戦場とはかけ離れたものだった。
魔力のようなものが嵐のように狂って、身動き一つとれなくなる。動けなくとも魔法は使えるはずだが、そもそも対象を見極めることすらできない。
(あれが、防御魔法!)
父親の周囲には、半透明な青い障壁が複数展開されていた。感覚で、なんとなく少年にもわかるのだ。それに対し、フードの人物は紫か黒か、とにかく不気味に光るオーラを男に向けてはなっていた。
凄まじい速さの攻撃と、それを完全に見切る防御。次々と教会は崩れていき、周辺の木々はなぎ倒される。次第にその衝突は苛烈さを増していき、それは延々と続くかのように見えた。
が。
完全な防御が、なぜか押し切られる。
「え?」
何が起こったのか、少年には理解できなかった。
ただ、目の前で、大切な人が。
父親が、闇色の刃に貫かれている。
「父さん!」
決して信じたくはなかったが、突如現れた静寂が、決着がついたことを意味していた。
だからこそ、駆け寄って。だからこそ、彼の傷口を押さえ。
近寄ってきたフードの人物の前に、立つことができたのだ。
「もうやめてくれよ!」
両手を広げて、涙を流しながら抗議する。
「なんでダメなんだよ!俺たちは、誰にも迷惑なんかかけてない!」
自分の世界には、いつだって父親以外いなかった。見ることがあっても、遠くから眺めるだけだ。
「なんで━━」
しかし、そこで少年の意識はぼんやりとしていった。
倒れそうになって、抱きしめられるような感覚がする。
「ありがとうな、ヤヨイ」
そんな言葉が、耳元で聞こえて。
(なんで、普通の親子みたいに、暮らせないんだよ——)
❄︎
大小さまざまな魔方陣がヤヨイを取り囲む中、宮廷魔導師達は一斉に魔法を放ってきた。明らかに、何らkの大技を発動させようとしているのだ。この隙を突けば、魔法を奪って防御に利用する暇などない。
しかし、それはあくまでも、ヤヨイが支配魔法を使っていなければの話だった。
彼が作り出していた魔方陣すべてが、光の粉となって消えていく。
「剥奪」
わずかに出遅れたその魔法は、本来間に合うはずがないものだった。
だが。
「なっ!?」
魔方陣が構築されたその瞬間、すべての魔法が停止した。
そう、すべてだ。炎も、水も、属性など介さず支配下に置いのだ。
絶対支配は、ある種の強化魔法に近い。
一言でいうならば、人間の体では決して越えられない限界を消す魔法だ。一種のりみったを外した状態と言えるだろう。たとえば魔法でいえば、魔法記憶容量という概念そのものがなくなる。余裕ができた分、魔法がより扱いやすくなったのだ。
要は、脳の処理速度を跳ね上げたということになる。もちろん、その分代償も大きい。強化魔法は最悪使いすぎてもひどい筋肉痛で済むが、この魔法の代償はいまだにわからない。この魔法が使えるようになったのはつい先日、シグレと出会う前のことだった。ただでさえ危険な魔法を、容易に使うわけにもいかない。
だが、このままでは勝ち目などないに等しい。だったら、命よりもまずは勝つことを優先すべきだろう。
ヤヨイは奪った魔法を別々に凝縮して、自分の周りに待機させる。
「下がっていろ」
その様子を少し離れたところから見ていた影は、戸惑う魔導師達にそう指示した。
良い判断だと言えるだろう。もう一切、彼らの魔法はヤヨイに通用しない。下手に魔法を与えて戦力を与えるのは得策ではないと考えたのだ。それに対し、影の闇は支配下に置かれなかった前例がある。
だが、影の目的はそれだけではない。
「お前が、なぜそれを」
「教えると思うか?」
先ほど言われた言葉を、そっくりそのまま返す。
「いい度胸だが、たったそれだけの魔力が込められただけの魔法で、勝てるとでも——」
「十分だよ」
瞬間、ヤヨイの姿は搔き消える。
「!?」
背後に回って、そのまま殴りつけた。
属性が込められたわけでも、武器を装備しているわけでもない、ただの拳だ。
支配魔法によって限度を超えた、強化魔法を除いて。
しかし、影の闇の速度はそれにも順応していた。それによって、吹き飛ばされながらも体制を立て直す。そこに続いて叩き込まれた連撃も、難なく防がれた。
が、そこで影は何かに気づいたようだった。
そう。先ほどから、ヤヨイの拳は直接闇へと触れている。にもかかわらず、それによって何のダメージも負っていないのだ。
(気づかれたところで、どうでもいい)
どちらにしろ、対処する暇など与えない。
この、文字通りの魔法がどこまで続くかはわからない。いつ命が潰えるかもわからない。
だから、初めから終わりまで、全力で持って、ヤヨイは影を叩き潰すのだ。
「はあっ!」
更に追撃を試みるヤヨイに、影もついに本気になった。過去に目の前で見たあの濃密な闇が、影の周りを覆い尽くす。
衝撃で吹き飛ばされかけたヤヨイだが、すぐに体制を立て直して着地し、自分の周りに浮いたままの魔力を掴んだ。
「七天抜刀」
あまりの力に、地面が砕ける。
駆け出したヤヨイの手に握られていたのは、紅く燃える炎の方刃の剣——刀だった。
見たこともない魔法に動揺する様子もなく、影は闇を刃に変えて飛ばしてくる。
「常炎!」
次の瞬間、それは全て燃え尽きた。
ヤヨイは駆けている間も更に魔力を注ぎ込んで、大きく振り下ろしたのだ。
炎属性の剣魔法、常炎。
大地が割れ、斬撃が巨大な炎の波のように影に迫る。
が、しかし。余裕で闇を纏って、その姿を消した。
空間魔法。
それに近い技を、闇でもって体現したのだ。
突然のことでそれほど時間をかけられなかったのだろう、影は10メートルだけ離れた上空に姿を現す。
「常氷!」
そして、即座に氷山が地面から生まれ、影を閉じ込めた。
基本的に、ヤヨイの剣魔法には属性が込められている。剣を振りながら、それを自由に発生させられるのだ。
(俺の感知能力をなめるな!)
今のヤヨイの五感は、魔力やそのほかのエネルギーまで判別できるほど研ぎ澄まされている。
だから、影が氷を切り裂く瞬間も、すでに準備を終えていた。
別の魔力を刀に変えて、地面へと突き刺す。
「常地!」
地中から、大量の岩石が姿を現す。軽々と浮遊したそれは、しかし重量はそのままで、影へ向けて飛ばされた。
少しばかり大掛かり過ぎる技の数々に、敵も回避を試みる。転移を使っている時間はないが、闇を使って全ての岩を斬り裂くくらいどうということはなかった。
「常雷!」
だが、動きを封じられていることには変わりない。
紫色の雷が、岩の隙間から影を貫いた。かに見えたが、闇で防がれる。
(あと、少し)
「常嵐!」
風の刃が、あまりの速さで雲まで切り裂きにかかる。
それはまるで、大気そのものが武器になったかのようで、影を地面へと落とすには十分だった。
「常光!」
光の柱が、影を包み込んだ。
陽動とともに動きを封じて、一気に敵を無力化する。
闇属性は確かにどんなものよりも存在そのものが強い。だが、光属性だけはそれを中和し、相殺することができる。
「はあっ!」
突き刺すように放たれた、最後の一刀。常闇。
影の闇すらも呑み込んで、そのまま森を横薙ぎに走る。
その後には、木々や土が消滅し、遥か遠くに見える水平線だけが残った。
(倒した)
そう認識すると同時に、ヤヨイの体は力を失う。
纏っていた魔力も霧散して、強化魔法の補助も無くなった。
だが、おかしい。いつものように激痛が走ることも、疲労感に苛まれることもなかった。ただ、体の感覚が、薄れるどころか無くなっている。
(やばい、まだ、シグレ達を)
助けなければならないのに。
その思考も途中で途切れ、ヤヨイは眠りについた。
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